焦燥Ⅲ

 冒険家は、宥めるつもりで言ったのだろうが、返した言葉は怒りという火に油を注いだだけだった。


 更に歩調を速めたリーダーの背中が小さくなる。


 完全に孤立して逸れてしまうのは拙い。

 今すぐ追えば追い付くのにそう時間はかからないだろう。


 会話は途中だったがリーダーを連れ戻すことを最優先事項と考え飛び出す。

 止まれと、焦燥を帯びた声が私を引き留めた。


 今まで軽妙な空気が流れていた冒険家たちの空気感が一変した。


 緊張が伝わってくる。


 身を屈めて戻ると、どうかしたのかと尋ねる。


 誰一人として答えることはない。


 荒くなる冒険家たちの息遣いが状況の深刻さを物語っている。


 微かに吹いた風に乗ってリーダーの声が私たちの下まで届く。


 経験したことのない空気感に緊張が一気に高まる。そのような中でも堅忍不抜といった様の冒険家たちには脱帽である。


「来るぞ」


 警戒レベルがさらに一段、引き上げられる。


 天井からパン屑という名の細かく砕けた壁面が降ってくる。


 パラパラと降り注ぐそれは季節外れの雪を連想させた。


 一面真っ白な世界ということもあって雪国にいるかのような錯覚すら覚えた。


 パン屑の雪に当たったところで痛みはない。

 だからと言って気を緩めてしまう程私は楽天的ではない。


 何より事態は好転などしていない。むしろ悪化の一途を辿っているように思えてならない。


 よくよく見ると天井が徐々に迫ってきている。


「下がれ!」


 尖った声が飛ぶ。


 語気の強い言葉は怒りからではなく、極度の緊張から来るものだろう。


 先程までの軽妙な会話が嘘のようだ。


 迫りくる天井が裂け、光が差し込む。


 煌々とした光に目が眩んだ一瞬のうちに世界は一変していた。広がる世界の全てが未知であった。


 黒い魔法の箱の中では小人たちがなにやら小難しいことを語り、季節を無視した冷たい風を生み出す魔法の箱があり、円柱の魔法の箱からは蒸気が噴き出していた。

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