回想
私たちは緑の深い山中に住んでいた。
そんな人里離れた見渡す限り緑の生茂る場所に彼らはやってきた。
木々を伐採し、地面を掘り返す。数日のうちに獣道は人が歩けるように舗装され、獣も避けて通るようになった。
『○×ベーカリー生産工場建設予定地』と書かれた看板が建てられた元獣道を何台ものトラックが資材を載せて私たちの住まいを我が物顔で疾走した。
巻き上げたられた砂埃が視界を塞ぐ。
テールパイプから吐き出される二酸化炭素の暗い灰色をした煙が道端に咲いた名前も知らない花に黒い煤を付着させる。心なしか草花の元気がないようだ。
草花が完全に草臥れた頃には運ばれた資材で建てられた工場がその存在を誇示していた。先日まで大挙していたトラックは姿を消し、代わりに色とりどりの個性をはき違えた光沢あるボディを持つ車が並ぶ。
どの車もトラックのように汚れてはおらず不自然な輝きを放っていた。
暫くすると私たちの関心ごとは、工場の内部へと移っていた。
あの場所で人間は何を作っているのだろうか? そんなことを皆が口にしだした。そんな中、リーダーが工場潜入計画を打ち出したのである。
好奇心に負けた多くの者たちはリーダーの計画に乗った。
作戦決行当日想定外の事態が起きた。
作業服にマスクを装着した工場の人間たちが私たちに死を齎す劇薬を散布しにやってきたのだ。
霧状に噴射された液体が降り注ぎ仲間の身体を濡らす。
人間たちは、「うわぁ、無茶苦茶虫いるじゃないですか!」とマスクで隠れていてもわかるほどに大口を開けて笑い混じりに話している。
仲間たちの悲鳴と、それを掻き消す人間の品のない笑い声とを交互に耳にしながら私は走る。
次第に仲間たちの声はその数を減らしていき、人間たちの笑い声だけになった。
私は人間たちの作業着に飛びつく。
そのまま息を潜めて工場内へと潜入する。
人間たちも自分たちに対しては劇薬を使用しないようである。
人間たちは作業着を私ごと脱ぎ捨てると汗を拭いながら新たな作業着へと袖を通す。
誰もいなくなった部屋には換気扇のプロペラが規則的に風を切り、永続的に空気を入れ替えている。
プロペラを回転させるモーター音だけが室内に響いている。
ヴゥーンとモーター音が途切れるのと時を同じくして私は深い眠りに落ちた。
その後に起きた出来事に関しては何一つ覚えていない。気付いた時には周囲を真っ白な壁面が囲んでいたのだ。
時には周囲を真っ白な壁面が囲んでいたのだ。
…………
……
…
想起しよと試みてはみたものの、手繰り寄せた記憶の断片は肝心な部分がきれいさっぱり抜け落ちていた。
冒険家はそんな私に、
「あぁ、分かるわぁ」と遠い過去の出来事を懐かしむように何もない宙を見つめながら呟く。
達観した冒険家たちに完膚なきまでへし折られた自尊心を抱きかかえ、リーダーは自分について来いと虚構でしかない威厳を漂わせている。
背後で誰かが舌打ちした。
振り返ると冒険家が首を竦める。
表情には、何かあったか? 気のせいだろ? と聞き流してくれと言わんばかりの作られた笑みを浮かべていた。
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