迷宮の正体

 彼らはこの迷宮洞窟の真実を教えてくれた。


「この洞窟に出口なんか存在しない。そもそも洞窟ではないからな」


「洞窟ではない? どういう……」


「まぁ、初めてなら戸惑うのは当然だよな」冒険家と名乗る彼らは子どもに物語を読み聞かせるように話す。


 正直、理解は追いついていないが何とか話に食らいつく。


「壁面がこんな真っ白な洞窟があるか?」


 そう言うと冒険家は徐に壁面に腕を突っ込む。


 そのままゴソゴソと腕を動かし、引き抜く。手には壁面と同じ白いモノが握られていた。


 手の中で自在に形を変えるそれを暫くこねていると一つの塊と化し、見るからに硬度を増したのが判る。


「これは一体?」


「食えばわかる」


 差し出された塊を恐る恐る受け取る。


 本当に食えるものなのかと不安に襲われるが好奇心の方が勝ったのか、さして戸惑うこともなく塊を口へと運んだ。


「あっ、意外とおいしい」


「だろ?」


 冒険家は得意気な顔で言う。


 この洞窟(と思っていたもの)は掘り進めるものではなく食うための場所なのだと彼らは言う。


「この壁面、食い放題だぜ」


 楽しげに笑う冒険家たちの中に狂気を見た気がした。


 黙って話を聞いていたリーダーが声を上げる。


「この壁面が食えるだとか、そんなことはどうでもいい。話が脱線しすぎだ。端的に言え。ここはどこなんだ?」


「わからん」


「わからないだと?」


 リーダーは冒険家ににじり寄ると息を荒げる。


 落ち着くよう促してはみるものの意味はなかった。


 険しい目つきに拍車が掛かり今にも彼らに飛び掛かり危害を加えそうな勢いである。


 弾力性を有した地面を踏みつけるが込めた力の分だけ沈み込み衝撃をすべて吸収してしまう。


 募る苛立ちとは裏腹にゆったりとした時間が流れている。冒険家たちのいる安心感の御蔭だろうか、リーダーと冒険家の間に流れるピリピリひりつく空気感を除けば快適な空間である。


「リーダー落ち着いてください」


 私はピリついた空気の中へと割り込む。


「私たちはどこにいるのですか?」


「何所と言われてもわからないよ。ここが日本なのかすら怪しい」


 まあ、と一拍置いて「日本だろうけど」と付け加える。


 日本生まれ日本育ちである私は海外への渡航経験などなく、それこそ自分の生まれ育った町からも出たことはなかった。


 もしかしたら自分はとんでもない大冒険をしているのではないだろうか、と胸を躍らせた。


 しかし現実とは虚しいもので私の空想など虚構でしかなかった。全て夢物語で、現実はもっと単純で夢の欠片もなかった。


「俺たち皆仲良く出荷されたんだよ」


 出荷? 言葉の真意を測りかねていると、冒険家はようやく理解できたかと言った風な見当違いな表情を向けて、


「そう、つまり俺たちがいるこの洞窟は酵母菌が発散した気泡からできたモノだ」


「つまり、それは――」


 言葉を失った。


 私たちの迷い込んだ洞窟の正体はパンだったのだ。

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