冒険家

 私たちは壁面を掘って進んだ。しかし、一向に脱出できる気配はない。


 さすがにリーダーの顔にも疲れの色が見える。私はまだいいとして他二名は肉体的にも精神的にも疲弊していた。


 この様子では全員での脱出などできない。見捨てるという選択肢もあるが、なるべく罪悪感を抱きたくないという私的な理由で選択肢を絞っていく。


 休息を取って体力の回復を待つ他ないか……。


「リーダー、休息を取った後、出発した方が良いかと」


 不快感を露わにするリーダー。


「……」


「……」


 他二名の様子を確認し、「仕方ないか」と溜息交じりに承諾した。


 休息中に変化は起こった。僅かな弾力性を持った壁面が明らかに自然の法則を無視した形で動いたのである。


 何事かと目を見開く、警戒心を強めながら動く壁面から一歩二歩と後退する。


「リーダー。俺たちはどうしたらいい?」


「早く指示を!」


 自ら考えることを放棄した二名を前にリーダーは目の前で起きている変化を見逃すことの無いよう目を凝らしている。


 ゆっくりと盛り上がる壁面。まるで内側から押されているような動きを見せている。


 押し出され薄く透けた壁面に影が映る。


 誰かいるのか? 想像していなかった分、衝撃も大きくい。天地が逆転したかと錯覚するほどの衝撃だ。


 あまりの衝撃によろけた私の身体を受け止めるように壁面が形を変え体重をかけた分だけ沈み込む。


 ひぃ、と短い悲鳴を上げる。


 私の声にリーダーは訝しむような視線を向ける。加えて恐怖に塗りつぶされた四つの目玉が私とリーダーの間を行ったり来たり忙しなく動いている。


 現状を整理するためにも説明しようと私が言葉を発するよりも先に状況が一変した。


 盛り上がった壁面から腕が突き出たのだ。


 これにはさすがに私だけでなくその場にいた全員が反応を示した。最早悲鳴を上げるどころか慄き、声に出せない驚きと恐怖が完全に私たちを支配していた。


「なんだよ、アレ!?」


「俺が知るわけないだろ!」


「落ち着け!」


 最初に言葉を発したのは運悪く臆病者だった。


 臆病者たちの会話に意識を引き戻してもらったリーダーはその場を収めようとする。喚き声に交じって籠った声が微かに聞こえる。


 私は壁面から突き出した腕へと歩み寄り、何が起こっているのか観察する。


 突き出した腕の根元には我々同様に顔があるらしく微かに漏れ聞こえる声の主は腕の持ち主らしかった。この洞窟で亡くなった者の亡霊という訳でもないようだ。


 私は大きく息を吐くと突き出した腕を掴む。


 一瞬空気が凍りつくのを感じた。


 私の行動を凝視しているであろう視線に構うことなく壁面の向こう側へと語りかける。


「引っ張りましょうか?」


 返答を待つが細部まで聞き取れず判断しかねていた。引っ張ってもいいのだろうか? それとも反対に押してあげた方がいいのか、わからない。


 思考を巡らせたところで答えなどでない。すると、もう一本の腕が突き出てきた。それと同時に壁面が大きく波打ち剥がれ落ちる。


 壁面の向こうには我々同様のグループがいた。


「そっちからも掘ってくれって頼んだのに」と私が掴んでいる腕の持ち主が言う。


「それは失礼しました。よく聞こえなかったもので」と弁明する。


 私たちとは違い、壁面の向こうにいたグループは皆精悍な顔つきで、誰一人として脅えた様子はない。


 この状況が彼らにとっての日常だと言わんばかりの悠然とした態度を誇っている。


 明らかに我々よりも力ある存在の出現に待ったをかけたのがリーダーである。


「お前たちは何者だ? 名乗れ」


 集団トップの座を守らんとするその姿はとても醜く、私を悲しい気持ちにさせた。


 目に見える敵意を前にしても表情一つ崩すことなく彼らは淡々と告げる。


「俺たちは冒険家だよ」

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