5:冷たい器

 外は夜だった。体感時間としては昼だったのだが、あの場所は地下で窓もないのだから、分からなくても当然だろう。

 良く晴れた空を見上げながら、フォイユは荷物よろしく運ばれている。腰に巻き付けられた命綱のロープだけで。

 触れただけでミロワールが勝手に暴発するし、近くに居ても魔力を使えばそれに反応するから、他に方法がないので仕方ない。ただ、寒い。洗って干していたスーツを着たが、上着なんてものは持っていなかった。

 地上はかなり遠く、家々の明かりが点々と見えるくらいで、人が通っていても分からないし、通っているとしても、向こうからこちらを見ることはまず無理だろう。

 そして彼女たちは自分よりも上空を悠々と飛んでいる。ただし、フォイユの体に負担がかからない速度だ。何しろ最初はフルスピードを出されて胴体が切り離されるかと思った為、悲鳴を上げてリュイに滅茶苦茶怒られ、そのリュイもシャルに怒られている。

 そして現在はシャルが先導し、リュイがフォイユを運び、そしてその後ろをティフが飛んでいる形だ。

 なのでフォイユは絶対に暴れないし何も言わない。うっかりで手を離されたら死ぬ。

 昔から何故か、死ぬのだけは嫌だな、と思って生きて来た。正直、理由なんてフォイユ自身にも分からない。

 ただ、孤児院の院長からは何度も「お前がエレジーだと分かっていたら、捨て置いたものを」と言われている。エレジーかどうかを判断するには、近くにレクシオが居て、かつ魔力を使わなければいけない。人間にはどうやったって分かるものではないのだが。

 とはいえフォイユの場合、拾われた時に一枚の手紙といくばくかのお金が入っていたそうなので、仮にそのまま捨て置いたら、多分別の問題が発生していたのではなかろうか、とは思っている。

(俺の母親らしき人間が、唯一、俺に与えたもの……か)


 ――フォイユ・エトワールという名は、孤児院に捨てられた時から決まっていた名前らしい。


 何を思ったのか、何故捨てたのか、詳細は未だ知らないままだし、恐らく母親を探しても見つからないだろう。院長もエレジーなど置いておきたくないとエトワール家を探したが、該当する人間は存在しなかったという。

 何とも奇妙なこの話は、今まで誰に話した事もないし、誰も触れなかった。何となく思い出したが、フォイユはやはり「母親に会いたい」などとは思わないままである。

 他の子供達からは「お前の母親はレクシオなんじゃないのか」とも言われた事がある。やっぱりどうでもいいな、と思いつつ、半月の浮かぶ夜空をわずかに見上げた。

(満月だったら、もっと明るいんだろうな)

 野宿を体験していた頃は、寝る前に星や月をぼーっと眺める事も多く、そのまま寝入って風邪を引いた事もある。悪化しなかったのは丈夫だからか、運がいいのか。

「……い……」

 声が聞こえた気がする。しかし冷たい風の音にかき消されて、誰の声か分からない。

 何だか眠くなってきたかもしれないので、頬を軽くつねる。これがなかなか痛いので、眠気覚ましにはいい。

 過去を思い返すなんて、よほど暇だったのだろう。思い返すと、いじめられている時にミロワールが暴走した事が多かった。レクシオは案外、ミロワール持ちに親切なのだろうか。

「……おい、貴公!」

「…………あれ? リュイ?」

 さっきから呼んでいるのはリュイか、とぼんやりした頭で思った。これから仕事だというのに、どうにも頭が働かない。手足の感覚が少し無いような気もしている。

 そこにティフの声が響いた。

「ねえねえ、リュイ! フォイユがちょっと変だわ!」

「こいつが変なのはもう分かっている! それより、大事な話をしているというのに――」

 大事な話なんて、全く聞こえてこなかった。風に遮られたか、距離で届かなかったかだろう。


「……ああ、なるほど。死にかけているのか」


 シャルの声が届いて、その中身にフォイユは怪訝になった。

 死にかけてるのだろうか。だとしたら割と穏やかな死を迎えるという事になるかもしれない。

「キミがあんまり大人しいから、平気なのかと思っていたよ。人間にしては冷たいくらいだ」

「ちぃっ! 勝手に死ぬんじゃない! 僕に死体を運ばせる気か!!」

(それはむしろ、手間が省けたと喜ぶところだと思うんだけど)

「これから仕事だというのに、先が思いやられるね。ほらフォイユ、起きて」

 優しく囁く声と共に、体に熱が戻っていく。恐らく、シャルがフォイユの体温を操作しているのだろう。

 温度を感じながら、意識がだんだんはっきりしていくのが分かる。今は空中で止まっているところだったようだ。

「……うん、このくらいかな?」

「フォイユ、大丈夫!? 生きてる!? 生きてる!?」

「大丈夫……全然気づかなかった」

「死にたくないんじゃなかったのか?」

 絶対零度の声がリュイから投げつけられる。死にたくはないが、死をむやみやたらに避けるような器用さは、フォイユには無い。が、言い返すと怒られるので黙っておく。

「やっぱりティフが運ぶわ!!」

「ミロワールが常に暴走した状態でかい? ボクは反対だよ。巻き添えを喰らうのは困るからね」

「ティフには腕力は無いだろう。僕がドワーフ族だから運べるというだけだ。こんな棒きれ同然の人間でも、それなりの重さはある」

「でも、このままじゃフォイユまた危ないの!!」

「……面倒にも程がある。たかが人間を扱うのに、何故僕らが気を遣わなければならない?」

「リュイ。そのたかが人間を上手く扱えないと、永遠にあの場所だ。……やっと来てくれたんだし、もう少し愛想は必要じゃないかな?」

 そうだろうな、とは何となくフォイユも思っている。愛想は特に要らないが。

 ただ、フォイユ自身に打開策が無いので口を閉じていると。

「そもそも、貴公が何一つ不満を言わないのも腹が立つ。それでいて死にかけたのすら気付かないだと? この手からロープを離してやれば、少しは命乞いでもするか?」

 相変わらず敵意に満ちた言葉と声が、リュイから放られた。ついでに軽くロープを揺らされて、ブランコのように体が左右へ動いたまま、フォイユは一応の命乞いをする。

「……あ、いや、それは出来れば止めて欲しいかな。多分ショック死するし」

「だったら、生き延びる為に必死になったらどうだ」

 殴りたそうに見ているリュイの言葉には同意するが、いかんせん感情がついていかない。

 フォイユは死にたくないだけであって、目的があって生き延びたいとか、そういうものが無いのである。

「でも、命乞いしたら怒って殺されるんじゃなかったか?」

「そうなの。助けてくれ、って泣いて土下座した人たちは、みんな殺されたわ」

「……ティフ、貴公がこいつを庇いたいのは分かるが、何で苛立たないんだ? 初日に言った通り、こいつなんて殺す価値すらない。一番腹が立つのは、こいつは自然のままで『死ぬことも受け入れている』ということだ!」

「まあ、リュイの怒りは単直に言うと、生きる事を諦めないのに死ぬ時を怖れない、というフォイユの在り様が理解出来ないから、なんだけどね。死生観ってやつかな?」

 致命的に合わないみたいだね、とあっけらかんとして言うシャルを、リュイは苦い顔で見やる。

 フォイユは首を傾げた。そんな事は普段から考えていないし、いざ言われても明確に言葉や文に出来る気がしない。

 ただ、シャルの言葉自体に違和感は無かった。恐らく合っているんだろう。

「俺は、死にたくないだけだよ」

「分かるわ。フォイユは生きていたいだけなのよ」

「……ティフ。まだ、駄目だよ」

「! ……わ、分かってるの……シャル」

 二人の会話に、何だろう、とフォイユは思ったが、「さて」と仕切り直しを始めるシャルの言葉に耳を傾ける事にした。大事な話をしていたはずなのだが、フォイユは何一つ聞こえていないままだったのだ。

「改めて説明しようか。ボク達はこれから、敵の組織「セルクル」の潜む場所へ向かう。フォイユ、キミはセルクルを知っているかい?」

「いや……聞いた事無いな」

 そもそも、敵対している組織が居る事に驚いた。どこでどう恨みを買ったのだろう。

「キミのようなエレジーや、行き場を失ったレクシオを集めている。そして、この世界をレクシオとの共存の為に作り替えようとしているんだ」

「ただし、無力な人間を奴隷化する方向性でだがな」

「酷い事をするのは確かに普通の人間だけど……それはちょっとおかしいの」

 なるほど、とフォイユは納得する。フォイユの考え方はどちらかと言えば特殊であり、他のミロワール持ちを見た事はもちろんあるが、彼らは一様に普通の人間に恨みを持ち、或いは姿を現さないレクシオに怒りを抱き、ひたすらに消耗し続けて生きていた。

 傍目から見てそれは辛そうで、何より疲弊と摩耗を感じて、フォイユはその生き方を選べなかった。どうしても、恨みや怒りを抱く気になれなかったのだ。

「共存の為に一番邪魔なのは、この世界で最も数が多く、そして排他的な『普通の人間』だもんな」

「そんな言い方も出来るとはな。実は怒りや憎しみを持ってるんじゃないのか?」

「いや、持ってないよ。どうでもいいから何となくそう見てただけだ」

「でもフォイユの言う通りだ。彼らにとって一番邪魔なのは、無力な人間。彼らさえ淘汰すれば、この世界はもっと住みよく、そして美しくなると信じている」

「美しく……か」

 人間が生み出した建造物や文明の利器が一つ残らず破壊されて、深い緑や広い青に覆われた自然そのままの世界に戻る、という事だろうか。

 フォイユはそこまで想像して、首を傾げた。

「無理じゃないか?」

「……どうして、フォイユはそう思うの?」

「何となく。そこまで普通の人間を憎んだ状態で美しい世界になるの、怖くないか?」

「ふん、少しは頭が回るようだな。その通りだ。人間がエレジーになるのは、全くのランダム。つまり、貴公らエレジーだけで繁殖したところで――」


「生まれて来た子供が無力な人間なら、その子供は迫害……いや、殺されるだろうね」


 ぞっとした。今とは全く逆の、だが変わらない世界でしかないという事に気付いて。

 フォイユは軽く頭を抱えた。同じ穴の狢、とはこういうことか。

「……それで、君達はどうしてセルクルと対立しているんだ? その理念は確かにおかしいけど、君達が女王候補っていうのは、関係ないんだろう?」

「関係は大ありだよ。集まったのはボク達だけだと思った? 当時は、もっと多くのレクシオが集められた。そして――互いに殺し合ったんだ」

「!?」

「もちろん、戦いを嫌がって逃げたレクシオも多数いた。それらは女王の資格無し、とされたけれど……王の判断であって、女王の判断じゃない。逃げおおせた彼らもまた、女王としての素質はあるままだ」

「……なるほど、逃げたレクシオがそのまま敵対したのか。泥沼なんだな」

 女王になる為に必要なのは、新しい王との契約。だがそれは、あくまでも彼女たちへの命令であって、敵対するレクシオへの命令は別にあるのかもしれない。

 そう考えると、彼らが組織化しているのも当然といえば当然だろう。

「となると、敵対するセルクルには、普通の人間に恨みを持つエレジーと、王であるあの社長に恨みを持つレクシオで構成されてるってわけか」

「その通りなの! だから、女王様の敵でもあるのよ! 王様か女王様を殺して、新しい女王様にするつもりなの!」

 正直、死ななければどっちが勝ちでもいいのだが、恐らくこちら側に居る時点で、その組織からは殺される対象となるだろう。そうなると、死なないようにするには、シャルが言ったように「ミロワールとしての役目を果たす」しかなさそうだ。

「分かった。とりあえずそのセルクルって敵は、倒す事になっているんだな」

「そう。さて、大体分かったところでそろそろ向かわないと。今回の任務は、とある潜伏場所に侵入して、そこを潰してしまうことだ」

「その為に僕が来たんだろう。……本来なら荷物持ちでもさせるところだがな」

 再び荷物のように運ばれながら、フォイユはさっきより寒くない事に気付いた。恐らく、シャルがフォイユの周辺の温度を変えてくれているのだろう。だが、そんなに魔力を使って大丈夫なのか。

「フォイユのミロワールを使えるようにならないといけないからね。こちらがコントロールすれば、ある程度は上手くいくみたいだよ」

「シャルはそういうの、上手なの……うらやましいの……」

「ティフとリュイは、感情に左右されやすいから、難しそうだね。……特にリュイ。フォイユを気に入らないあまりに、壊さないようにね?」

「……分かってる!」

 どうやら、ミロワールは壊れるらしい。壊れたら人間の方も壊れるのだろうか。

 些細な疑問に気付いたのか、リュイがわざわざ説明してくれた。

「ミロワールは器だ。器に見合った魔力でなければ、溢れて壊れ、人間の魂ごとボロボロになる。……それさえも、今の人間は忘れたようだな」

「まあ、持ち主が壊れるって、よっぽどすごい力だったんだろうなと思うよ」

「他人事のように!!」

「フォイユなら大丈夫だと思うの……」

 幸先は未だ不安だが、目的地が見えて来たらしく、高度が下がり出す。

 向かう先はただの空き地のようだ。ここに建物や隠れ場があるようには思えないのだが。

 怪訝なフォイユの目に、だが一瞬で信じがたいものが映った。


「え!? 館!?」


 いきなり目の前に館が見えたら、誰だってびっくりする。だが、彼女たちは一向に動じていない。

 それどころか、優雅に降り立って周囲を見回している。

 フォイユはというと、驚愕で受け身を取る事も忘れた上、先に彼女たちが降り立った事で支えが失われ、そのまま地面に落ちた。

「ぶっ」

「あっ、フォイユ! 大丈夫!?」

「鈍くさいな」

「結界のせいで、館が見えていなかったみたいだからね。そっちに気を取られてしまったんじゃないかな?」

 謎の結界が張られていたのか、とそこで納得する。起き上がって顔を袖で拭うと、フォイユは改めて館を見上げた。

 何というか、廃墟、の一言に相応しい様相である。

「ここ、人が住めるような場所じゃないような……」

 窓ガラスは見た限りあちこち割れているし、扉も鍵が外れて、風のせいか小さく開閉していた。さらに、上の階の窓からはみ出しているのは、ボロボロのカーテン。見る人が見れば、幽霊の影と勘違いするだろう。

「念には念を、って感じだね。ほら、行くよ」

「大丈夫なの! フォイユは守ってあげるの!」

「とっとと歩け、愚図」

 腰のロープをリュイに引っ張られて、犬よろしく付いて行く。これでうっかり「わん」とか言ったら、その場で殴られそうだ。

「今、非常に腹立たしい事を考えなかったか?」

 ぎろりとリュイに睨まれ、フォイユは首を左右に振る。せめて考えるくらいは見逃して欲しい。

「次は首につけてやりたいが……死亡率が上がるだけだろうからな」

「……さりげなく、事故死させようとしてる?」

「貴公が死ねば困るのは他の面々だから、あえて手を下していない」

「律儀なんだな」

 勝手に殺しても、彼女たちなら怒らないだろうに。そしてまた、次の生け贄を待つだけなのだから。

 半開きの扉を開けたシャルは、火を生み出した。途端に、フォイユの周囲にも火がふわふわといくつか灯る。

「うわっ」

「あれ、呼応しちゃったか。まあ、触らなければ無害だから」

「勝手に触って火傷しても知らないからな」

「でも、フォイユに近すぎるの。ちょっとだけ離すわ……えいっ」

 ふわぁっ、と浮かんでいた火が、フォイユから遠ざかり、そして――遠ざかり過ぎて、近くの壁にぶつかった。

「あ」

「あ」

「……あ――っ!?」

 ティフの悲鳴が響く。それはそうだろう。周囲は一気に明るく、そして暖かく……否、熱くなった。

「おやおや……早速やらかしちゃったかな」

 どう見ても火事である。この廃墟ではあっという間に焼け落ちてしまうだろう。

「ちぃっ……貴公は疫病神か!! 仕事をしろ!!」

「え、あ……!?」

 がっ、と首根っこを掴まれたフォイユから水の網が飛び出し、壁に張り付いて火を次々消し始める。

 あっという間に黒い煙が周囲を覆う中、フォイユの首根っこをぎりぎりと掴んだまま、リュイが呪詛のような声で言った。

「貴公の器は穴の開いた水がめだと言ったはずだな……? 呼応、増幅、相乗、それらを加味して制御出来ない貴公が、安易に魔力を受け入れようとするんじゃない!!」

「ご、ごめんなさい……あたしが悪いの……!」

「ティフ、もうこいつを手助けするな! ろくな結果になりやしない!!」

「でもでも、フォイユは要らない子じゃないって教えたいの。その為には、ミロワールの事を信じられなきゃと思って……」

「え……?」

 フォイユはティフの言葉に違和感を抱いた。そんな事を話した覚えは特にないはずなのだが。

「俺、別にそんな事、言われてないよ。いやまあ、社会的には要らないだろうけど、何で?」

「えっ、あ……その……」

「ふん、そう見えたんだろう。全く、敵地でこんな派手に失敗するなんてな!」

 フォイユの疑問はどうでもいいらしいリュイが憤慨していると。


「そうですよ。危うく、皆丸焼きになるかと思いました」


 全く知らない声が響いて、空気が一瞬で張り詰めた。

「……だから言ったじゃないか。ろくな事にならない」

「おや、ドワーフ族の次の長ではありませんか。相変わらず趣味の悪い指輪を付けておいでですが、もう一つ悪い趣味が増えましたか?」

「これか? 躾のなってない犬を押し付けられて困っているところだ」

「駄目だよ、リュイ。彼は犬じゃない。……セルクルの過激派、ナンバーツーがこんな所に居るとはね。もう隠居かい?」

「これはこれは、サラマンダー族の族長の一人娘もいらっしゃる。随分派手な服装をしておりますね。お父上がお嘆きになりますよ」

「ボクの趣味に口を出すほど、父上も心が狭くないよ。人間が始めたファッションというやつは、認めてもいい」

 知り合いだろうか、と思ったが、間の空気が冷たい上に緊張感に満ちていて、とても親しそうには見えない。

 そしてフォイユは行き場がない状態で、妙な感覚を抱いていた。

(近くに何か居る……。気のせいかな……)

「ところでそちらに隠れているのは……エルフの風属性の長ですね? 随分可愛らしいお姿になっておりますが、呪われましたか?」

「違うもん。呪いなんて、エルフにはかからないわ。そして呪いなんてかけるのは、人間だけよ。……あなたたちのような!」

「ティフ。挑発に乗るな」

「悪いレクシオは嫌い。でも、そのレクシオを悪くした人間は、もっともっと嫌い!!」

 フォイユは内心驚いていた。あのティフがここまで敵意を示すのを、初めて見たからだ。

 まだ言い合いそうな彼女たちはともかく、フォイユは周囲を見回す。さっきの火事の余韻でほとんど何も分からないが、気配がまだあるのだ。

「……ところで、そちらの青年はもしや、人間……それも、エレジーでは?」

「だったら何?」

「あなた方がエレジーを? どういう風の吹き回しでしょうか。あなた方は、エレジーを餌にしているではありませんか」

「役に立たない奴らが餌になっただけだ」

「あ、あれは……リュイやミーヌちゃん達を怒らせたから……」

「怒らせた! それだけの理由で? あの王に仕えているだけありますね。あなた方には心が無い。我々セルクルの元に集う者は、人間もレクシオも、心を通わせる事を第一としているのに」

 内情は知っているが、他所から見たらそう思われてもおかしくないのだろう。いくらエレジーでも、いきなり行方不明になったらそれはそれで噂になる。

「何が心だ。人間とレクシオは共存なんて出来やしない。出来るとしたら、利害関係だけだ」

「そのような考え方ですから、その青年の扱いもその程度なのですね。縄で繋がれているなど、気の毒に」

 いきなり話を振られ、周囲を見回すのを止めて、フォイユは腰に巻かれたままのロープを指さして首を傾げた。

「……え、これですか? まあ、他に措置もなかったので、別に」

「何と嘆かわしい。それに慣れる程、酷い扱いの中を生きて来たのでしょう……ですが、もうそのように卑下せずとも良いのです。こちらへ来れば、人間としての尊厳を取り戻せます!」

「人間としての、尊厳……?」

「そうです。エレジーは皆、迫害を受け、虐げられてきました。王はそんな彼らを捕らえ、そちらのレクシオ達の餌としているのです! あなたもじきにそうなってしまう前に! こちらへ!」

 さあ、と手を差し伸べられても、フォイユは取る気にならない。首を横に振って拒否する。

「裏切ると殺されるんで、止めときます」

「なっ!?」

「……その通りだが、貴公に言われると腹立たしいな」

 とりあえずの理由で拒否したが、何となく嫌だっただけだ。それ以上の理由は特にないが、十分ではなかろうかとフォイユは内心で思った。

「命を盾にそのような……! 人間を人間とも思わない所業です! であれば、そのような鎖、我々が断ち切ってみせましょう!!」

 ぱちん、と男の指が両手で鳴る。途端に彼らは姿を現した。


「はぁい、このラピにお任せあれ!」

「アガット、命に従います」


 二人の女性。そして恐らくはレクシオだ。真っ暗な空間のどこから出て来たのかは知らないが、ぼんやりと淡く青白い光を纏って、ふわふわと男の傍に侍る。

「目標はあの青年を奪う事。殺してはいけません。……ああ、他のレクシオは殺しても構いませんよ」

 淡々と命令を発する青年の言葉に、フォイユは困惑した。何故、こんな事で殺し合いになっているのか、全く理解出来ないからだ。


「さあ、お行きなさい。我が器を満たす者達よ」


 それでも、戦いは始まる。フォイユを標的にして。

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