5-11.人魚を殺して王になれ
ヘンルーダは意識を取り戻したヘルベナを見て、安堵したように微笑んだ。
「よかった。気が付いたか」
「……ローテムお兄様は?」
起き上がったヘルベナは、視界に入ったシャーケードの死体を見て青ざめる。しかし気丈にも呼吸を整えて、再び同じ問いを投げかけた。
「兵士たちに追われている。まだ捕まってはいないようだけどね」
「そうですか。お父様は?」
「女王が何処かに連れて行ったよ。お前も安全なところに身を隠して……」
ヘルベナは首を左右に振り、その提案を退けた。
「国の一大事に寝ているわけにはいきませんわ。ローテムお兄様を探しに行きます」
「捕まえるため、じゃなさそうだね」
「あの怠惰で自堕落でどうしようもないお兄様が、必死に逃げ回るなんて只事ではないと思います。プライドなんて欠片もない方ですもの。「僕は悪魔に惑わされただけです」ってみっともなく命乞いぐらいするはずです」
そのローテムが悪魔と一緒に逃げている。それがヘルベナには非常に不自然に見えたし、同時にジーラ達への不信に繋がっていた。
「だから見極めるために行きますわ」
「では、僕も同行しよう」
立ち上がったヘンルーダは、いつもの勿体ぶった仕草で妹の手を取る。
「人魚がいなくても、僕達には国を守る義務があるのだから」
二人は何が起こっているのか、詳しいことは何も知らない。だが、この国が一つの分岐点にいることを肌で感じていた。
「どうするの、ローテム」
「どうするって?」
突然の質問に戸惑うローテムに、リリィが言葉を重ねる。
「逃げるなら今のうちだよ。この天使に頭でも下げれば、何処かに逃がしてくれる。此処にずっと隠れてても、いつかは見つかっちゃうし、ジーラはきっとお前を殺そうとする」
現状の羅列のみで、それ以上の言葉は紡がれない。それが何を意味しているのか悟ったローテムは、憔悴した声を吐き出した。
「僕が決めるの?」
「お前が決めるんだよ、人間。だって此処は人間の国だもん。人魚の国なんかじゃない」
リリィはローテムを見据えて、何処か怒ったような口調で言った。
「リリィは人間が好きなの。醜く嫉妬して絶望して足掻いて、それでも自分で道を決められるのはお前達だけなんだよ。人魚の言いなりの人間なんかつまんない」
悪魔の熱弁を、天使は楽しそうに聞いていた。それは口に出さずとも、同意を示しているかのようだった。
「だから、お前が決めなきゃ駄目だよ」
「……逃げてもいいってこと?」
「逃げようと死のうと、好きにしなよ。どっちでもいいよ。お前の意志ならね」
ローテムは城の周囲に目を向ける。どこまでも続く空。綺麗な海。城下町では市場でも開いているのか、賑やかな音楽が微かに聞こえる。
この国が人魚によって作られたものでも、其処に生きているのは人間であり、それを見るローテムも人間だった。
「……僕が心臓をあげたら、マリティウムを殺してくれる?」
「いいの? あんなに嫌がってたのに」
ローテムは一度だけ頷いた。
「例えそれで国が揺らいだなら、僕達人間の力で建て直せばいい。人魚に支配されて生きるなんて、絶対に嫌だ」
決意の固さを悟ったリリィは、表情を明るくするとその場で一回転する。
「この場で心臓抉るのは勘弁してあげるよ。リリィもこの国が人魚から解放されるのを見たいしね」
だから、と悪魔は常と変わらない笑顔を見せてローテムに告げた。
「人魚を殺して王になれ」
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