5-7.衣装比べ

「女王陛下、この度はご即位ならびにご成婚のこと、誠におめでとうございます」


 ヘンルーダは極めて模範的な挨拶をしたが、その格好は普段よりも派手だった。青いマントの裾には金色の房が並び、白い上着には貝殻から作られた飾りや留め具が使われている。ブーツは黒だが、それに通された紐は多種多様な糸で編みまれ、まるで夜闇を照らす虹のようだった。


「ヘンルーダ王子は相変わらずだな。この衣装比べも貴方の提案だろう? あの北の国の祭りと同じだ」

「流石は陛下。慧眼です」

「やめてくれ。小さかった頃のボクに外国のことを知見すべきだと言ったのは貴方じゃないか」


 奇抜とも言える服装を、ヘンルーダは見事に着こなしていた。長い茶髪はいつものように下ろしたままで、それがマントにかかって淡い陰影を生み出している。

 使われている素材は全て国内で生産されたものであり、特に虹色の紐はある村で最近作られ出したばかりだった。伝統技術と新しい技術を合わせた服は、王族の着るものとして相応しい。


「良い服だな。ウナはどう思う?」


 シャルハは自分の頭上に向けて声を掛けた。銀髪の頭の上に、一人の少女が腰を下ろしていた。長い金髪に金眼、真っ白なドレスを身に纏った姿は愛らしい。


「あの虹色の紐が綺麗」

「天使様が気に入ったのであれば、後日贈りましょう」


 ヘンルーダは恭しく腰を折る。

 女王の頭を踏みつけにして平然としているその存在こそ、守護天使であるウナだった。城の外で手に入れたらしい、焼き菓子の詰め合わせを抱え込み、次々と口の中に入れている。だが不思議なことに、食べカス一つ落ちていなかった。


「そなたが第一王子だね。派手好きって有名な」

「はい。王位継承権は失いましたが、長子として本日は場をお任せ頂きたいと思います」

「他の人間の衣装も期待していいのかな?」

「無論です。是非とも天使様に一番良い衣装を決めて頂きたい」


 ヘンルーダが饒舌に喋る間に、ジーラがホールに現れた。人魚のマリティウムを伴い、ゆっくりとした足取りで女王達の前へ進む。


「女王陛下、先日は貴国にお招き頂きありがとうございました」

「あまり相手も出来ずに申し訳なかった。ちょっとあの時は、色々あったものだから」

「いえ、こちらも直ぐに退席してしまいましたので」


 ジーラが体を動かすと、金属の音がホールに響く。それは身に纏っている略式の鎧のためだった。白銀の胸当てに小手、脛当て。戦用ではなく芸術品に近い装いをしており、脛当てに細やかに彫られた人魚の彫刻が床に映り込んでいた。

 涼し気な顔立ちをしたジーラに、その格好はよく似合っている。まるで騎士のようだと、シャルハが小さく零した。


「ボクも軽装鎧は身に着けるが、その鎧は細工が見事だな」


 敢えて普通の衣服ではなく鎧を選んだジーラも、ヘンルーダ同様に国内の技術に着目していた。極限まで薄く、しかし強度を保った鎧は鍛冶師の努力の結晶であり、その上に刻まれた人魚の彫刻は、国内でも最高の腕を持つと言われる職人の手に因るものである。


「陛下と並ぶと見劣りいたしますが、この国を守る王族として鎧を選びました」

「そんなに褒められるとくすぐったいな。しかし鎧もそうだが、そちらの人魚も美しい」


 マリティウムの鱗の色が、鎧の表面に反射していた。動きに合わせて反射する場所も色も変わるので、それが鎧を一層美しく見せている。


「ミルトス王の人魚は何度か拝見したが、負けず劣らずの美しさだな。ウナもそう思うだろう?」

「あー、髪型はシャルハに似てるね」


 興味無さそうに答えたウナに、シャルハは細い肩を竦めた。


「お菓子を取り上げようとしたから拗ねているようだ。気を悪くしないで欲しい」

「天使様には人間の衣類の話は退屈かもしれません。俺も普段は服装にはさほど拘りませんから」

「理解のある王子で助かる。次は第三王子だろうか?」

「あぁ、いえ」


 ジーラは表情を暗くする。


「ナルドは昨日から具合が悪く、臥せっておりまして」

「それは残念だ。お加減は悪いのか?」

「いえ、陛下の心配には及びません。本来は共にご挨拶が出来ればよかったのですが」

「第三王子にもよろしく伝えてほしい」


 シャルハが労わる言葉をかけ、ジーラはそれを受け入れる。少し落ち込んだ空気を和ますためか、ヘンルーダが威勢の良い声で割り行った。


「男二人が続きましたので、次は第一王女にいたしましょう。まぁ実際は、妹に「シャルハ女王様に早く会わせて」と泣きつかれたからですが」

「ヘルベナ姫とは何度か会食をしたことがある。そんな風に思ってくれていたとは嬉しい限りだ」


 その語尾に重なるようにして、軽やかな鈴の音が近付いてきた。


「シャルハ様、お久しぶりでございます」


 姿を見せたヘルベナは、異様に丈の長いドレスを身につけていた。袖が無いピンク色のドレスは、胸と腰を強調する仕立てで、それが足首まで続いている。平素であればヘルベナはスカートの下にパニエやクリノリンなどの、所謂スカートを膨らませる装具を使うが、今日はそのどちらも無い。

 スカートは足首で終わらず、踵の方に裾を大きく広げていた。裾の形を損なわぬために各所に縫い付けられた鈴が、先ほどから聞こえる音の正体だった。


「面白いね」


 ウナがヘルベナのドレスを見て口を開く。


「人魚みたい」

「はい、天使様。人魚をイメージして作りましたわ」


 ヘルベナはその場でゆっくりと回転してみせる。ドレスの裾は人魚の尾鰭のように形成されていて、上から重ねられたレースが鱗模様を表現していた。

 上の兄達が国産の素材で勝負することを予想したヘルベナは、国の象徴である人魚をモチーフにする作戦に早々に切り替えた。凝ったドレスが二週間程度で間に合ったのは、その先見の明に他ならない。


「シャルハ様に会えるのが待ち遠しくて。先ほどもヘンルーダ兄様とご到着の様子を見ておりましたの」

「あぁ、遠くにいたね。ボクも会うのを楽しみにしていたよ」


 嬉しそうなシャルハの頭上で、天使が大袈裟に肩を竦めて首を振った。


「そなたは本当に可愛い女の子に弱いね」

「いいじゃないか、別に」

「それでいて人を見る目が一切ないんだから」

「伴侶は見つけたぞ」

「あれはユスランに見る目があっただけー。シャルハの功績じゃありません」


 凛々しい女王が天使にやり込められる姿を見て、ヘルベナは目を丸くする。


「流石のシャルハ様も天使様には敵いませんのね」

「残念ながら。まぁ今後とも見守っていてくれると助かるよ」

「よかったな、妹よ。憧れの陛下にお会いできて」


 幸せそうな妹の姿に、ヘンルーダが祝福の言葉を贈る。ヘルベナはいつもより膨らみの足らないスカートを持ち上げて、ゆっくり頭を下げた。


「では最後は、えーっと……」


 口ごもったヘンルーダに、ヘルベナが小声で囁く。


「ローテムお兄様ですわ」

「最後は第四王子のローテムです。少々地味な者ですから、着飾っても僕の半分にも及ぶかどうか。まぁ努力だけは買っていただきたい」

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