5-3.魔物退治・共闘
青黒い粘膜の下で、血管が動いている。浜辺に現れたその魔物は実に醜悪な形をしていた。
「これはまた大きいな」
「はい、今まで見た中で一番大きいかもしれません」
二人の王子は、それぞれハシバミ色と翡翠色の瞳を魔物に向ける。マリティウムとリリィも宙に浮かんで、その魔物を見つめていた。
これまでは大抵が中型犬から大型犬程度の大きさであったのに対して、成人男性並みの体長かつ、木の幹のように太い体を持っている。青黒い肌は体内の臓器が動いているのか、所々が盛り上がったりくぼんだりしていた。
身体は細長い球体のような形状で、足が四本生えているが、その長さは全て異なるため歩行の度に体が大きく揺れる。首はないが、身体の先に大きく裂けた口がついていて、何故かそこだけ口紅でも塗っているかのように赤かった。
「リリィが先に行ってもいい?」
マリティウムはリリィの言葉に頷く。
「気を付けろよ。危なかったらすぐ助けに行くから」
「うん!」
リリィは宙を蹴って、魔物の方に急降下する。魔物は左右によろめきながら頭を振っていたが、リリィの姿を捉えると口を大きく開いた。
青い喉から醜い濁音混じりの声が上がり、体液が辺りに飛散する。砂浜に落ちた体液が音を立てて白い煙を立てたのを見て、リリィはすぐに真横に軌道変更した。
魔物の喉奥から、丸まった体液が吐き出される。リリィが先ほどまでいた場所を通過して、血の混じった体液は岩場に落ちた。その途端に岩が音を立てて溶け始め、瞬く間にその姿を失っていく。
「強酸かぁ。リリィのおうちの小鳥さん思い出すなぁ」
リリィは懐かしそうに言いながら、尾鰭を振る。黒い風が宙を切り裂いて、魔物の体を切り裂こうとした。これまで数多の魔物を殺してきた一撃は、しかしその目的を果たすことはなかった。
青黒い粘膜が攻撃を包み込むかのように大きく蠢き、衝撃も威力も全て封じてしまった。魔物は裂けた口から笑い声と体液を吐き出し、リリィの方に体を向ける。
「あれー? 止められちゃった」
「身体が柔らかすぎるんだろうな。アタシが岩で押しつぶしてやろうか」
マリティウムがリリィより上空から声を掛ける。
「ううん。リリィの攻撃で傷がつかないから岩で潰してもダメージはないだろうし、それにあの体液でドロドロにされちゃうよ」
「あ、そうか。んじゃ困ったな」
「困ったね」
一見のんびりとした会話だが、二匹は緊張感を保ったままだった。そのため、魔物も吠えたり叫んだりはするが、積極的に間合いに入っては来ない。
「リリィ、悪いけどもう一度攻撃してみてくれないか」
「何か思いついたの?」
「ちょっとな」
リリィは素直にそれに従い、もう一度尾鰭を払う。先ほどよりも大きな風切り音と共に衝撃波が魔物を襲う。魔物はその行為を嘲笑うかのように体を大きく横に傾けると、自ら攻撃を受け止めた。
そして傷一つ付かなかった体を見せびらかすかのように、四肢を動かしてその場で回転する。不気味な笑い声と共に回る肉体は、醜悪であるにも関わらず、唇の色のせいか女性的な動きにも思えた。
「なんかムカつくー。マリティウム、まだ攻撃しなきゃダメ?」
「じゃあ次は、あいつの気を逸らしてくれないか? 具体的には、アタシがあいつの後ろに回り込めるぐらい」
マリティウムが片目を瞑って告げると、リリィはすぐにその意味を理解した。
「リリィに任せて!」
一度、上空に向けて飛び上がったリリィは、魔物のすぐ傍へ勢いよく落下する。砂が四方に飛び散り、一瞬だけ視界が遮られた。
魔物はリリィの姿を探そうと、身体ごと左右に動いて頭を揺らす。
「こっちだよー」
砂埃の中から、リリィは魔物に声を掛ける。外見からはわからないが、聴覚は有しているらしい魔物が勢いよく体を捩じった。
魔物の真後ろに回り込んでいたリリィは、両手を叩いて挑発する。赤い瞳と目元の鱗を見た魔物は、怒りを爆発させるかのように吠えると、体液を掛けんとして口を開く。
しかし魔物はそれ以上、体液を吐き出すことも、口を閉ざすことも出来なかった。
「リリィ、離れてな」
魔物の後ろに回り込んだマリティウムが、両手で喉を締め上げていた。
外部からの衝撃は効かない。物質は体液で溶かされる。一見無敵のように見える魔物であるが、一つの欠点があった。
「リリィの攻撃を受けたり、移動する時に体が歪んでたもんな。つまり変形は出来るってわけだ。だったら締め上げちまえば……」
マリティウムが力を込めると、魔物の体の至る所が不自然に盛り上がる。体内の血液が行き場を失って、出口を求めていた。
苦しさから魔物はマリティウムを振り払おうとする。だが長さも太さも合わない四つの足では、無駄に地面を掻くだけだった。
醜い体が更に膨れ上がり、体色も黒さを増して濁っていく。マリティウムは膨らんだ体の一部が弾けるのを見ると、満足気に笑って、両腕で思い切り魔物の体を抱きしめた。
「これで終わりだ!」
水風船が弾けるような音と共に、魔物の頭が弾け飛んだ。後ろに飛びのいたマリティウムの傍に、リリィが泳いで近づく。
「大丈夫?」
「ちょっと体液かかったけど、まぁ水でも浴びれば治る」
右腕についた小さな火傷を見せて、マリティウムは苦笑いをした。
身体の随所を弾き飛ばされた魔物は、悲しそうな声を出しながら、その場で何度も回転をする。逃げようとしているのではなく、何かを探しているような動きだった。
「まだ生きてる」
「もう死ぬさ」
魔物は体を引きずりながら、浜辺の上を彷徨う。もはや口から上がない状態で、見えも聞こえもしないはずなのに、身体は城の方を向いていた。
二歩よろめいて前に進み、三歩目で砂浜に倒れる。体液が砂を溶かして白煙を上げたが、すぐにそれも収まった。
「死んだかな」
「死んだな」
リリィ達が魔物の傍に下りていくと、離れて見守っていた王子二人も合流する。ジーラは魔物の醜悪な姿に目を逸らしながらも、自らの人魚を讃えた。
「大型の魔物だな。これを倒すとは、流石マリティウムだ」
「まぁな。アタシにかかれば楽勝だよ。それにリリィにも手伝って貰ったし」
マリティウムに乱暴に頭を撫でられて、リリィは笑顔になる。最初に城で出会った頃から、リリィはこの人魚に懐いていた。
「後始末は兵士に任せて、俺達は戻ろうか」
「そうですね、ジーラ兄様」
ローテムは同意をしたが、ふと魔物の体に目を向けて眉を寄せた。
「これは……」
「どうした、ローテム」
「いえ、何でも」
拾い上げたその小さな物体を掌に握り込み、ローテムは首を左右に振る。
「お金かと思ったらゴミでした」
「仮にも王族が、落ちた金なんて拾うなよ」
「でも落ちていたら気になりませんか?」
「ならない」
王子達が城へ戻るために歩き出す。リリィはそれを追いかけようとしたが、マリティウムに軽く腕を引かれて振り返った。
「リリィ。残ったのはアタシとリリィの二匹だけだ。でもアタシは、どうしてもジーラを王様にしたい」
灰色の瞳に迷いはない。その想いの強さを示すには、それだけで十分すぎるほどだった。
「だから、近いうちに決着をつけよう。正々堂々と勝負しようじゃないか」
「……わかったよ、マリティウム」
人魚の提案に悪魔は笑顔で応じる。
「リリィ、絶対に負けないからね」
その誓いを、死んだ魔物と海だけが聞いていた。
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