4-5.空間移動能力
「あら、さっきの声はそういう理由だったのね。驚いたわ」
「今ね、二人で色々服を選んでるよ。ローテムはあまり気が進まないみたいだけど」
「お兄様はそういう人だから仕方ないわね」
華奢な細工の施されたピンク色の椅子に腰かけ、ヘルベナは愉快そうに言った。
部屋には多種多様な布や糸が所狭しと広げられている。複数の商人が先ほどから部屋を出入りしては、それぞれの扱う品物をヘルベナに見せているが、今のところそのお眼鏡に適う物はなかった。
「リリィさんはこちらに居て良いの?」
「うん。お散歩」
リリィは部屋を見回し、そこに揃えられた布地の鮮やかさに頬を緩めた。
「可愛いね」
「ヘンルーダ兄様は華美な衣装で臨まれるはず。姫として私がそれより地味ではつまらないでしょう?」
「ヘンルーダの人魚も派手だよね」
リリィがそう尋ねると、ヘルベナは小さく頷いた。
「ラディアナもお洒落が好きだったけど、パピルスはそれ以上だわ。諸外国ではパピルスのことを兄様の装飾品のように見ているくらいよ」
「さっき会ったけど、いきなりどこからか出て来たよ。空間移動出来るの?」
丁度商人が布を携えて入ってきたが、ヘルベナは手に持っていた扇子を一振りして、そこに控えるように命じた。
「えぇ。城から浜辺に一瞬で移動することもあるわ。突然魔物が現れた時などに真っ先に駆けつけることが出来るから、非常に助かる能力ね」
「魔物はどうやって倒すの? 素手?」
リリィの問いにヘルベナは扇子で口を覆いながら笑う。
「流石に素手で人魚を倒すのは、マリティウムぐらいね。パピルスは剣が得意なの。海の王から授かった剣で魔物を斬るのよ。踊っているような身のこなしで、とても綺麗だわ」
「ふーん」
リリィはその姿を想像し、如何にも人間が好きそうな話だと感想を抱いた。
絢爛豪華な美しい人魚が、海の王に授かった剣を手にして魔物を倒していく。絵本か絵画にでもすれば、瞬く間に人々に伝播するだろう。
ローテムが寝込んでいる間に読んだ童話集には、そんな話がいくつも収められていた。嘘か本当かはわからないが、人間達が人魚を過度に美化していることは明らかであり、そして人魚達もそれに応じるかのように振る舞っている。
「パピルスが踊ったら綺麗だろうね。リリィも見たいな」
「魔物退治に出れば、きっと見られるわよ」
「そうだね」
素直に答えたものの、リリィの頭の中には全く別の考えが浮かんでいた。
赤い瞳を動かして、床に並んだ糸車を見る。様々な色の糸が巻きつけられた木製の糸車が整列しているのは、一種壮観でもあった。
「ねぇ、ヘルベナ。この糸綺麗だね」
「綺麗でしょう。これでリボンを一つ作ろうかと思っているのよ」
「この糸、いくつか欲しいな。ちょーだい」
「いいけど、何に使うの?」
リリィは人差し指を立てて自分の口の前に置くと、愛らしく小首を傾げた。
「内緒!」
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