4-4.王族の務め
「面倒くさい」
「それ何回も聞いたよ」
自室に戻ったローテムは、革張りの椅子に深く腰を下ろした。結局、長兄の長い演説と一人芝居は数十分にも及び、解放されるころには腹部の打撲の痛みも引いてしまっていた。
「僕は目立ちたくない」
「それも何回も聞いたよ」
ねぇねぇ、と悪魔はローテムの膝の上に尾を折りたたんで座り込む。
「お前、あの王子様キライなの?」
「何で」
「ずーっと渋い顔してたよ」
「別に嫌いじゃないよ。ただ、物凄く疲れるんだ」
リリィはそれを聞くと、何処か納得したような表情で数回頷いた。
「あの王子様、派手だし自信家だもんね。お前とは正反対」
「ナルシストなんだよ。自分のことが大好きで、昔から自画自賛ばっかりだ」
「でも結構頭がいい王子様だと思うよ」
「頭がいいなら、僕の名前を憶えてほしいけどね。毎回教えるのは……」
「面倒くさい」
ローテムの言葉を先回りしたリリィは、楽しそうに笑いながら尾鰭を上下に振る。
「ヘンルーダはずっとあんな感じなの?」
「昔から何かとナルシズムを発揮していたよ。王族たるもの、が口癖でね。あれで剣術も馬術もよく出来るんだ」
個人的な良し悪しは別として、ローテムは長兄のそういう点は評価していた。優れている自分が好きだから努力をし、理想の自分を追及する。だがその努力を他人に見せることはない。
国民達もヘンルーダのことを「理想の王子様」として見ている節があり、他の兄弟も形は違えど長兄への思慕は持っている。
「あぁ、でも……やっぱりヘンルーダ兄様も、人魚を手に入れてからナルシストが病的な部類になったような」
「ナルドは?」
「ナルド兄様もあそこまで高慢ではなかったと思う。シタンが死んでから、何だか落ち着いたようだけど」
「なるほどね」
リリィはローテムの膝の上から離れると、宙で軽やかに回転した。
そして目に見えぬ絨毯があるかのように腹ばいになり、組んだ両腕の交差点に顎を預ける。
「人魚は自分に似た人間のところに来るんだよ。その方が寄生しやすいのかも」
「じゃあ僕が人魚を召喚していたら、怠け者が来るだろうね」
「怠け者だから来ないんじゃない?」
「言えてる」
素直に認めたローテムだったが、まだリリィが自分を見下ろしたままなのに気付くと首を傾げる。
「どうしたの?」
「お前って本当に地味だね」
「何度も言わなくていいよ」
「衣装比べ、どうするつもり?」
「別に僕が着飾っても意味ないしなぁ。適当にやるよ」
「駄目だよ、それじゃ。可愛いリリィに釣り合うような格好してくれないと」
頬を膨らませながらリリィが尾鰭を振るうと、ローテムの部屋の衣装箪笥が勝手に開いて、中に入っていた服や装飾品が宙に整列した。
「あの、僕の下着もあるんだけど」
「リリィ、下着とか着ないからわかんない。うーん、どれもこれもいまいちだなぁ」
流行の物でもなければ安物でもなく、かといって飛びぬけて高級な物でもない。ローテムの服は概ねその系統でまとめられていた。
「センスとかそれ以前の問題だね。似たような服ばっかり」
「考えなくて済むじゃないか」
「ちょっとは拘ればいいのに」
その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
リリィは宙に浮かんでいた服を、慌てて箪笥の中に詰め込む。不自然に重なり合って崩れ落ちそうになった服の塊を箪笥の扉で押し込め、いつもと変わらぬ部屋へと戻した。
「ふぅ、危ない」
「後でちゃんと戻しておいてね。……どうぞ」
部屋に入ってきたのは、第三王子のナルドだった。普段、部屋に訪れることなどない兄の訪問に、ローテムは目を丸くする。
「どうしました?」
「ヘンルーダ兄上に聞いただろう」
「衣装比べですよね。二週間後に行うという話でしたが」
「全く、兄上にも困ったものだな。ジーラなどは早速、下町で流行っている服を探しに出かけてしまったし、ヘルベナも商人を呼び寄せて、布の支度と来ている」
「はぁ」
ローテムは生返事をしたが、ナルドがわざわざやってきた理由を図りかねていた。
一か月前に人魚のシタンと共に王位継承権を失ったナルドだったが、今は領地の管理や王家所属の農園の経営などを積極的に行っている。ローテムの聞く限り、依然と比べて随分丸い性格になったとのことだった。
「何か僕に御用でしょうか?」
「お前のことだから、衣装比べに使えるような服など持っていないだろうし、わざわざそれを用意するつもりもないだろう。だから私が手伝ってやる」
手伝うという台詞に、ローテムは聞き間違いかと思い、何度か瞬きをした。
「どうしてですか?」
「参加するのだろう? まさか出ないと?」
「いや、参加はしますけど、どうしてナルド兄様が僕を手伝うんですか?」
唖然とした表情で問うローテムだったが、ナルドも似たような表情を浮かべていた。
「お前は人魚を手に入れた。ということは王位継承権を持つ。それはわかるだろう?」
「はい」
「王族らしい振る舞いが求められるのは当然のことだ。だがお前はこれまで「面倒くさい」だの「身分が低いから」だの言って、一切国事に関わってこなかった」
痛いところを突かれて、ローテムは頬を引きつらせた。
「要するにお前には王族としての覚悟も作法もない。もし、万一、奇跡でも起こってお前が王になったらどうする」
「あ、期待度は低いんですね。よかった」
「王族として何も出来ないお前が王になるんだぞ。想像してみろ。私は恥辱で死にそうだ」
「そこまでですか」
「だからお前は駄目なんだ」
容赦ない言葉で斬りつけられて、流石にローテムも決まりが悪くなって視線を逸らす。
王子であるという事実に甘えて何もしてこなかった。それは自分自身がよくわかっている。何も出来ない、しようともしないローテムに対して父親や兄が冷ややかな目を向けることも、本来は当然のことだった。
それを勝手に悲観して、身勝手な理由で人魚を呼び出そうとしたのも、ローテムが怠惰だからに他ならない。要するに地道な努力を怠って「一発逆転」を狙った。悪魔を召喚してしまったのは、そのあたりにも原因があるのではないかと、ローテムは深層心理で考えていた。
「しかし、今からでも遅くはない。私に既に継承権はないが、王族としての責務まで消えたわけではない。まずはお前に王族らしい格好から叩き込んでやろう」
早口で叩きつけられる言葉の数々に、ローテムは気圧されながらもなんとか口を開いた。リリィは何やら楽しそうに天井近くを泳ぎ回っていて、助けてくれそうにもない。
「だ、だからって格好から入らなくても……」
「お前はコツコツ努力するタイプではない。格好からまず整えれば、お前のような怠惰者は同じような服しか選ばなくなる。というわけで今の服は処分だ」
ナルドは何か言いかけるローテムを制して、衣装箪笥の方へ向かう。
「あの、兄様」
「格好が整えば、周囲もお前に注目する。そうすれば嫌でも座学や剣術をする気になるだろう。私の弟として相応しい王族に……」
「兄様、そこを開けては……!」
箪笥の扉を勢いよく開いたナルドの顔に、中に押し込められていた衣服の山が雪崩落ちる。
コート、シャツ、マント、ブーツ、果ては下着までもを体で受け止めてしまったナルドは、肩を小刻みに震わせた。
「なんだ、これは?」
「だ、大丈夫ですか……?」
数秒後、ナルドの怒声が部屋の外まで響き渡った。
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