3-9.お茶会に人魚
「あ、ローテム」
「ヘルベナ様」
リリィとラディアナは、それぞれの契約者が来たのを見ると、そちらへと泳ぐ。マリティウムだけは依然として花束を抱えたまま、同じ場所に浮かんでいた。
「随分と戻ってこないから、心配になってね。ラディアナに失礼なことしてない?」
「してないよ」
リリィはローテムの問いに、迷いもなく答える。それを聞いていたラディアナは目を剥くが、ヘルベナに声を掛けられて慌てて視線を元に戻した。
「そこでお兄様に会ったの。貴女たちを探していたから、丁度よかったわ。仲良くやっているかしら」
「勿論ですー。リリィちゃんは何も知らないから、丁寧に教えていまーす」
「それは何よりね。……お兄様、折角ですから皆でお茶の時間にしませんか?」
ヘルベナの提案に、ローテムが何か返そうとする。しかしその口から言葉が出るより先にリリィが割り込んだ。
「リリィ、紅茶飲みたい! おやつもある?」
「色々用意してますわよ。ほら、お兄様。リリィさんもこう仰ってますし」
小首を傾げながらヘルベナが言う。その口調は穏やかであるものの、否定を許さぬ響きを含んでいた。
「……まぁ僕は、どっちでもいいよ」
ローテムが諦めたように合意する。ヘルベナが合図をすると、外で待っていた王女付きのメイド二人が入ってきた。
昨日と同じように、息の揃った動作でテーブルを整えていく。違うのは紅茶や焼き菓子が五人分になっていることぐらいだった。
瞬く間に広間のテーブルの一つが、華やかなお茶会の場と化す。
正方形のテーブルの一辺にヘルベナ。その向かい側にローテム。それぞれの人魚は契約者の右側。巻き込まれたマリティウムは両者の間となる一辺に腰を下ろした。
「アタシはお茶会なんて柄じゃねぇんだけどな」
「お姉さまとお茶会なんて、初めてですわ。お姉さまは何を飲まれます?」
「うーん……ミルクたっぷり」
ラディアナは機嫌が良いのか、そのままローテムにも紅茶の飲み方を尋ねて来た。
「僕は何も入れないでいいよ。リリィにはレモンを入れてくれるかな」
「了解しましたー。リリィちゃんは、お砂糖は要る?」
「リリィはオトナだからお砂糖要らない。でも砂糖壺は頂戴」
その矛盾した要求に、ラディアナが吹き出した。
「変なのー」
「いいの。占いするんだもん」
「そんなことするの、リリィちゃんぐらいだよ」
リリィが言い返そうとするが、思わぬ方向から擁護が入った。
「人の飲み方に口を出すのはマナー違反だと教えたはずよ、ラディアナ」
「……はーい。王女様はいつもの飲み方ですよねー」
不貞腐れた様子で、ラディアナは紅茶が乗ったワゴンの方に移動する。メイド達が紅茶を淹れようとしたが、それをやんわりと遮った。
「今日はお姉さまがいるから、紅茶は私が注ぎますー。お二人は、お菓子などを配ってあげてくださいなー」
人魚の命令は、王族の次に強い。そのため、二人のメイドは何も反論せずに、皆が座るテーブルの方に移動した。
スコーンやマフィンが平等に皆に配られ、出来立てだというジャムも皿に添えられる。
既にリリィは早く食べたそうに、椅子の上で落ち着きなく動いていたが、ローテムはそれを制する振りをして小声で囁いた。
「なんで僕が、二日も続けてヘルベナとお茶なんか飲まないといけないんだよ」
「兄妹仲は良いほうがいいんじゃないかと思って」
「嘘つくなよ」
「まぁ嘘だけど、お前に今説明するつもりはないよ」
暫くして、ラディアナが紅茶を淹れ終わる。
丁寧な手つきでそれぞれの前にカップを置いたが、リリィの時だけは少々乱暴だった。
だがリリィは気にする素振りもなく、砂糖壺を引き寄せる。中に入っている砂糖を匙で掬い上げると、レモンの上にそれを静かに乗せた。
「あら」
ヘルベナがそれを見て、懐かしむような声を出した。
「紅茶占い、お兄様が教えたの?」
「まぁね」
「懐かしい。私にも教えてくれましたわね、小さい頃に」
「……そうだっけ?」
ローテムは恍けてみせたが、そもそもこれは異母妹のために作り出した占いだった。幼い頃は二人の関係はそれほど悪くはなかった。寧ろ対等に近かったと言っても良い。いつからかそれが崩れて、今のような関係になってしまった。
二人の会話をそっちのけで紅茶に集中していたリリィは、六杯目でレモンが砂糖と共に沈んでいくのを見届けると歓声を上げた。
「今日のリリィの運勢も絶好調!」
「よかったね。じゃあ頂こうか」
全員が同時にカップを手に持ち、縁に口をつける。おしゃべりなリリィも、騒々しいマリティウムも、無自覚に嫌味なラディアナも、この時ばかりは口を閉ざす。
だがその静寂を、激しい咳が唐突に打ち消した。
喉を絞るような歪んだ音に続いて、カップが床に落ちて割れる音が響く。
誰もが唖然としている中で、真っ先に我に返ったのはヘルベナだった。
「お兄様!?」
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