3-8.花を摘む人魚

 庭に向かった二匹は、其処に別の人魚がいるのを見て立ち止まった。


「あれ? ラディアナじゃないか」

「マリティウムお姉さま!」


 第二王子の人魚、マリティウムの姿を見た途端にラディアナは嬌声を上げてその胸に飛び込む。長い三つ編みが揺れて、辺りに生えている花を撫でた。


「おいおい、相変わらずだな」


 男勝りな口調のマリティウムは、苦笑いしながらそれを受け止める。


「だってお姉さまに会えなくて寂しかったんですー」

「そうかい。そりゃ光栄だ」


 同意も否定もない、無難な返答をするマリティウムは、リリィの方を見て軽く肩を竦めて見せる。

 その仕草から、それが彼女たちにとってはいつものことなのだと理解出来た。


「リリィを連れて散歩か?」

「あ、そうなんですー。リリィちゃんが何も知らない可哀想な子なので、私が色々教えてあげようと思って」

「ふーん。そりゃ大変だな。で、何を教えるんだ? 腕相撲ならアタシも教えられるぞ」

「違いますよー。お花の名前を教えてあげるんです」


 ラディアナはふと、思いついたかのように目を輝かせた。


「お姉さまも一緒にどうですか?」

「花はアタシの趣味じゃないな」

「でもでもー」


 どうにかマリティウムを引き留めようとするラディアナに対し、当の本人は一刻も早く立ち去りたい様子だった。

 リリィはそれを見て助け舟を出す。


「後でマリティウムにお花あげる。受け取ってくれる?」

「え? あぁ、勿論」

「わーい。じゃあラディアナ、二人で綺麗な花束作って、マリティウムをびっくりさせよう」


 提案に対して、ラディアナは一瞬だけ不満そうな顔をした。だが何か言い出す前に、マリティウムが追撃する。


「ラディアナの花束か。楽しみだよ。さぞかしセンスのいいものだろうし」

「センスが良いなんてそんな……。でもお姉さまのためですしー、一生懸命作りますー」

「期待してるからな。アタシは城の広間にいるから」


 マリティウムが逃げるように去った後も、ラディアナは恍惚とした表情を浮かべて、自分の頬を手で挟んでいた。


「嗚呼、お姉さま……。いつ見ても麗しい」

「マリティウムのこと好きなの?」


 リリィが問いかけると、ラディアナは顔を真っ赤にして首を振った。


「そんな破廉恥なこと言わないでよー。ただの憧れなんだから。強くて優しいお姉さまに、憧れてるの」

「確かにやさしいね」


 同意しつつ、リリィは目を細める。

 ラディアナはマリティウムに好意を抱いている。それも相手が避けたがるほどに。


「使える」

「え、なぁに?」

「このお花、花束に使えるかなーって」


 リリィは足元に生えていた青い花を指さした。小指の爪ほどの小さな花弁を沢山つけた、球体のように見える花を見て、ラディアナが首を横に振る。


「これは駄目だよー」

「ダメなの? 綺麗だよ」

「これは毒草で、食べると危険なんだよー」

「危険なの? なんて名前のお花?」

「だから毒草だってばー」


 部屋から持って来た紙にペンを走らせたラディアナは、それがリリィに見えるように向きを変えた。


「これでね、「白馬の涙」って読むんだよ」

「どうして青いのに白馬なの?」

「これを飲んだ人は顔から血の気が引いて、真っ白になるんだよー。それで青い涙を流すんだって」

「本当?」

「んー、わからないな。見てみたいけどねー」


 その後、周囲にある花を一つずつ教えてもらったリリィは、明るい色の花を集めて、如何にも子供らしい花束を作った。

 それをラディアナと共に、広間にいたマリティウムの所に持っていくと、思いの外喜ばれた。


「リリィが作ったのか。ありがとうなー」


 乱暴に頭を撫でられて、リリィは満足そうに頷く。褒められることは嫌いではない。例え相手が誰であろうとも、リリィは褒め言葉だけは甘受するタイプだった。


「あ、あの。お姉さま」


 その様子を羨ましそうに見ていたラディアナが、恐る恐る花束を差し出す。それはリリィのものよりも落ち着いた色合いの、青と白の花束だった。


「私も作ったんです。えっと、受け取って下さい」

「へぇ、こっちの花束もいいな。流石はラディアナ、センスがいいよ」


 マリティウムが手を伸ばしかけた時、リリィは横から口を挟んだ。


「それ、毒草?」

「え?」


 手渡そうとしたタイミングだったため、両方とも中途半端な状態で手を引っ込めてしまった。花束は行き場を失い、床の上に落下する。

 ラディアナはそれを見た後、引きつったような笑みを浮かべ、ぎこちない仕草でリリィの方を向く。


「何言ってるのー? これは別の花だよ」

「だって青かったから。リリィ、頭悪いから違いとかわからないし。ラディアナもリリィのこと「無知」って言ったもんね」


 自分が言った言葉を覆すわけにはいかないラディアナは、怒るに怒れない表情で花束を拾い上げる。幸いなことに花弁が何枚か落ちただけで、元の形を保っていた。


「毒草って何のことだ?」


 マリティウムが興味を惹かれて尋ねる。


「えっとね、白馬の……」

「白馬の涙ですぅ」


 リリィの台詞を横から奪ったラディアナは、改めて花束をマリティウムに手渡した。

 先ほどと同じ説明を繰り返した後に、青い花束へ視線を向ける。


「これは全然違う花だから、大丈夫ですよー。リリィちゃんには知識がないから違いなんかわからないだろうけど、私は区別付きますからー」

「まぁ人魚に毒草が効くなんて聞いたことねぇしな。どっちもありがとう。部屋に飾っておくよ」


 マリティウムが礼を言うのに重なるようにして、広間の扉が開いた。

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