3-7.劣っている?

 ラディアナは間延びした喋り方と、人当たりの良さで城の人間達から好かれていた。

 リリィに色々教えて欲しい、とローテムが頼んだ時も嫌な顔一つしなかったし、笑顔すら浮かべていた。


「リリィちゃんに教えられるほど、私も賢くないけどー、王子様のお願いなら頑張りますー」


 翌日、王女の部屋の前で待っていたラディアナは、責任を持って預かることをローテムに約束した。


「ありがとう。あまり長時間離れていると契約が途切れてしまうようだから、偶に顔を出すけど、基本的にはラディアナに全部任せるよ」

「いいえ、王子様はご自分のお部屋にいて下さればー。こちらからリリィちゃんを連れて行きますのでー」


 ラディアナの横で、リリィは素直に同意を示す。


「その方がいいよ。王子が人魚を探し回ってるのを城の人間が見たら、ちょっと格好付かないでしょ」

「それもそうだね。じゃあリリィ、いい子にしてるんだよ」

「うん! あ、待ってローテム」


 踵を返したローテムを引き留めたリリィは、その耳元に唇を寄せると小さい声で囁いた。


「硝子の小瓶を用意しておいて」

「何に使うの?」

「いいから。後でこっそりリリィに渡してね」


 ローテムは釈然としない表情を浮かべながらも、突き放すように肩を小突かれて自室へ引き返して行った。

 残されたリリィは、それを形だけ見送った後にラディアナを振り返る。


「色々教えてね、ラディアナ」

「いいよー。王子様に何言ってたのー?」

「後で美味しいもの頂戴って頼んでた」

「おねだりが上手なんだねぇ」


 褒めているのかよくわからないことを言いながら、ラディアナは微笑んだ。 


「ヘルベナ様が言ってたよ。王子様は気が弱くて優しいって」


 その言葉にリリィは首を傾げた。確かにローテムは、行き当たりばったりで優柔不断な男であるものの、気が弱いとは言い切れない。

 本当に気が弱いのであれば、シタンを殺した時に多少の躊躇いは見せるべきだが、ローテムはあの時「城の人に説明するのが面倒くさい」としか言わなかった。


「気が弱いというより……あれは……」


 怠惰。


 昨日も思ったことであるが、ローテムの性格はそれに尽きるとリリィは確信していた。

 面倒だから王にはならない。面倒だから悪魔でもいい。面倒だから兄の人魚が死んでも知らない。だって自分には関係ないから。

 悪魔であるリリィから見ても、人間的に宜しくない部類である。


「あ、そうそう。リリィちゃん」


 考え込むリリィに、ラディアナが声を掛ける。


「何?」

「色々教えてって言われたけど、何から教えればいいの? 文字知ってる?」

「……は?」


 突然の不躾な質問にリリィが答えられずにいると、ラディアナは柔らかい口調で続けた。


「リリィちゃんって、ローテム王子が呼び出したんでしょー? 王女が言ってたよ。あの王子は身分が低い、劣ってるって。だからリリィちゃんもそうだよねー?」

「違うよ。リリィは高貴な血筋なんだから」

「嘘だー。恥ずかしがらなくていいんだよ。別にリリィちゃんが何も知らない無知な子でも、私がちゃんと教えてあげるから」

「嘘じゃない!」


 大きな声で否定を返したリリィに、ラディアナは驚いたように一瞬口を閉ざしたが、すぐに憂いを帯びた溜息をついた。


「あのねー。図星を刺されたからって大声出すのはよくないんだよー。恥ずかしいよー?」


 リリィはその場で、相手を八つ裂きにしたい衝動に駆られた。

 だがこの状況で相手を手に掛ければ、すぐに犯人がわかってしまう。ローテム共々捕まってしまう末路が容易に想像出来た。


 勿論、悪魔であるリリィは人間達に刺されようと火あぶりにされようと、死ぬことはない。だが首斬り伯爵の一人娘であるプライドが、それを許さなかった。


「……わかった。大声出さないようにする」


 素直な素振りをすると、ラディアナは嬉しそうな顔をした。


「そうだよー。それが嗜みだよー」

「ラディアナはリリィの知らないことを知ってるんだよね?」

「うん。私は勉強家だからー」

「お庭にね、お花が色々咲いてたの。リリィ、文字が読めないから書いて教えて欲しいな」

「勿論だよ。一緒に外に行こうか」


 二つ返事で承知した相手に、リリィは心中で舌を出す。

 この人魚はシタンよりも性質の悪い高慢な性格であるが、一方で思慮深いタイプではない。

 リリィのことを「劣っている」と思い込んでいるのを利用しない手はなかった。

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