3-6.寄生

「というわけで、明日から早速ラディアナの所に行ってくれるかな」

「えー」


 戻ってきた自室で「弟子入り」の話をすると、リリィは口を尖らせた。シュガーのたっぷりかかったマフィンを散歩の帰りに食べて来たため、唇の周りに砂糖がいくつもついている。


「なんでリリィが人魚に弟子入りしないといけないの」

「他の兄様達なら性別も一緒だから、色々な場所でご一緒したり、一緒に乗馬や魔獣退治に出ても不思議じゃないんだけどさ、ヘルベナはそうは行かないから」

「あの王女、面倒くさそうだから嫌」

「人魚を手に入れるまでは、もう少し大人しかったんだけどね。何にせよ、僕達の目的を果たすのに距離を縮めるのは悪いことじゃないだろ?」


 ローテムの言葉に、リリィは考え込む仕草をした。


「確かにそうだけど……。前と同じ手は使えないから」

「そうなの?」

「いくらリリィがすっごく可愛い悪魔でも、二回も同じような「事故」が起きたら、怪しまれると思うんだよね」

「可愛いのくだり、関係あるかな?」

「あるよ」


 当然のように言い切られたので、ローテムはそれ以上食い下がらなかった。


「でもお前を王にするなら、あの王女は早めに排除すべきだね」

「性格はともかく、国民にも人気があるしね」

「そうじゃない。あのタイプが一番、人魚の思い通りになる」

「シタンを殺した時にも言ってたけど、それどういう意味?」


 この国は、人魚の思惑で動いている。


 それはリリィがローテムに言った言葉だったが、その後にシタンが死んだことで大騒ぎとなり、真意は聞けていないままだった。


「そのままだよ。この国の人魚は、人間を利用している。自分の力で陸に上がれないから、人間に寄生する」

「寄生って……。今までその方法でやってきて、特に問題が起こったことはなかったはずだけど」

「寄生虫って知ってる?」


 リリィは口の周りの砂糖を、指で拭い取りながら尋ねる。その両目は、無邪気な子供のようだった。


「知ってるよ。浜辺で、虫に寄生された貝とか見かけるし」

「寄生虫は宿主は殺さないんだよ。ギリギリまで生かしておくけど、その行動に自由を与えたりなんかしない」


 ローテムの脳裏に過ぎったのは、この国では珍しくもない寄生虫のことだった。その寄生虫に体を乗っ取られた貝は、塩水に浸る程度の場所から一歩も動けなくなり、身体に卵を植え付けられて養分にされる。


 卵から孵った幼虫たちは、既に養分を殆ど吸ってしまった貝の身の部分を餌として育ち、巣だって行く。後には貝殻一つが取り残される。


「で、でも何のために?」

「勿論、人魚に都合がいいからでしょ。寄生って寄生する側に圧倒的な利益があるんだし」

「陸に上がっても、人魚がそこで繁殖するわけじゃないだろ。それに一匹の人魚が陸で生活出来るのは、その契約者が生きている間だけだ。意味があることとは思えないよ」


 唐突にリリィが笑い出した。振り回すと笑い声がする子供用の玩具のように、心底楽しそうな声を出す。


「お前に理解出来るぐらいなら、今までの王族の誰かが見破ってるよ。あ、ダメか。人魚に寄生されちゃってるし」

「人魚が人間達の判断力を鈍らせてるっていう意味?」

「まぁ似たようなものかもね。大昔に海の王が、人間の王を決めて人魚を預けた。……だっけ?」


 ローテムはそれが、この国の創世記の一部だとわかると首肯した。


「初代国王は海の王に認められたんだよ。そう聞かされてる」

「多分、一番寄生しやすかったんだろうね。別に最初はただの漁夫でも、人魚の方が高等な知能を持っていれば、王として仕立て上げるのなんて簡単だし」


 真面目な単語を並べるリリィの口調は、その内容に反して酷く楽しそうだった。誰かの悪戯を、違う誰かに告げ口するかのような、子供っぽい残酷な響きを持っている。


「リリィね、この国に来た時に変だなって思ったんだ。リリィは人間でも人魚でもない、悪魔だからね。色々、お前たちが見えてない部分も見える」

「何それ。悪魔の持つ力?」

「そんなんじゃないよ。この国を覆いつくしている「魔法」が、リリィには効かないってこと」


 そして、とリリィはローテムを指さした。


「人間。お前はリリィのおかげで魔法の効力が衰えてる。いつか真実に気付くかもね。リリィに心臓食べられなければ」


 細い指先に心臓の部分を突かれて、ローテムは思わず息を飲む。相変わらずリリィの体は冷たく、衣服越しでもそれが肌にまで伝わった。


「意味が……わからないんだけど」

「そこまで教えてあげる義理は、リリィには無いもんねー。とりあえず、面白そうだから弟子入りはしてあげる」

「あ、それはいいんだ」

「弟子入りしたら、あの部屋にまた入れるでしょ。リリィ、あの部屋気に入ったから欲しいな」


 その言葉に、ローテムは少し嫌な予感がしたものの、リリィにそれを確認したり、まして止める度胸もなかったので黙り込んだ。

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