3-4.腹違いの兄妹
「今更、ローテムお兄様が人魚を召喚するとは思いませんでしたわ。まさか、王位が欲しいのですか?」
「そんなんじゃないけど、最近魔物の発生率も上がってるだろ。一番上の兄様や、ヘルベナが外交で留守にしている間、僕だけ何もしないのも気が引けたんだよ」
「なら安心しました。ローテムお兄様に王座が相応しいとは思えませんもの」
笑顔ではっきりと言い切られて、ローテムは思わず視線を泳がせた。昔からローテムは、このすぐ下の妹に見下されていた。
上三人の王子は、ローテムを軽んじはするが、露骨に見下すことはない。だがヘルベナは遠慮も何もなくローテムを馬鹿にする。
ローテムが人魚を召喚しようと思ったのも、ヘルベナがその時国内にいなかったから、というのが理由の一つにあった。
いる時にうっかり「人魚を召喚しに行く」などと言えば、揶揄と嫌味の集中砲火を浴びせられていたことは想像に難くない。
「ですが、戦力としてはあの人魚は高い能力を持っているようですね」
「まぁ、ね。シタンが死んだ後も、その穴埋めをしてもらっているよ」
「ナルド兄様は気の毒でした」
椅子に腰かけながら、ヘルベナはもう一つの椅子をローテムに勧めた。それを見計らったかのように、外にいた二人のメイドが入ってきて、お茶の支度を開始する。
双子だったか姉妹であったか、兎に角似通ったメイドは、息の合った動作でテーブルクロスを広げ、その上に紅茶用のポットとカップ、更にサンドイッチや焼き菓子を並べていく。
カップに紅茶を注いで、それが互いの前に差し出されるまで、殆ど時間はかからなかった。
「ありがとう、下がりなさい」
「はい、王女様」
「何かあればお呼び下さい」
メイドが去ると、ヘルベナは人差し指を唇に当てて、小首を傾げる仕草をした。
「サンドイッチとスコーン……。どちらを頂くべきかしら。でも最近、ウエストの辺りが窮屈で」
「じゃあ食べなければいいんだよ」
ローテムは冷たく言い切ると、サンドイッチを掴んだ。
薄く切ったパンに、レタスとハム、塩漬けレモンを挟んだそれは、この国でよく好まれるものだった。
「酷いわ。私に食事を摂るなと言うんですね」
「言ってないよ」
「言いました。どうしてお兄様は私をいつも傷つけるのでしょう」
「ナルド兄様には会ったの?」
いつまでも妹の悲劇のヒロインごっこに付き合うつもりがないローテムは、あっさりと話を変えた。
まともに付き合えば最後、悪くもないのに謝罪をする羽目になる。ローテムは目立つのも嫌いだし、主張するのも苦手であったが、それ以上に自分の都合の悪いことは一切したくなかった。
「……戻ってすぐに、ローテムお兄様とナルド兄様の事は知らされましたわ。シタンは気高くて美しい人魚でした。残念で仕方ありません」
「僕がまだ人魚の扱いに慣れていなかったから」
すぐ上の兄、ナルドが使役していた人魚「シタン」が死んだのは、事故や過失などではない。リリィが意地悪された腹いせに殺したからである。
勿論それに関しては、ローテムも知っているし、それでリリィを糾弾するつもりも、ましてやナルドに教えるつもりもなかった。
「お兄様、ご自分の力不足をそんなに気に病む必要はありません。お兄様は他の兄様とは違うのですから」
暗に能力不足だと言われたローテムは、憮然としながらも言い返す真似はしなかった。
その代わりにサンドイッチを口に頬張り、新鮮な野菜を噛み砕く。レモンは漬け込みすぎたのか、妙に塩辛かった。
「でもシタンが死んでしまったのは、この国にとって痛手です。最近は魔物が凶暴化していて、このままでは浜辺から出てしまう可能性もあるでしょう」
「だから、皆で力を合わせて魔物を倒すべきだよ」
「えぇ、それはその通りです。……でも困りましたわ」
ヘルベナは眉を寄せると、視線をテーブルの上に落とした。そして心底憂鬱そうに溜息をつき、意味ありげにローテムを一瞥する。
言いたいことがあるが、自分で言うと角が立つ。だから誰かに促してほしい。
そんな態度を見ながら、ローテムはサンドイッチを飲み込んだ。
「何か言いたいことがあるなら、言ってくれるかな」
「まぁ。そんなつもりはありませんわ。でも少々不安に思ったのです」
紅茶のティーカップを持ちあげ、ヘルベナは一口分飲んで唇を湿らせた。薔薇の花弁のような口元が、憂いを帯びた様子で開かれる。
「シタンが死ぬ直前、リリィが勝手に魔物を攻撃したり、彼女の後ろに隠れたりしたそうですね」
「リリィはまだ小さくて、魔物退治には慣れていないんだよ」
「同じようなことが起こったらと思って、少し怖くなりましたの。私の大事なラディアナが殺されてしまっては可哀想ですもの」
「リリィがシタンを殺したとでも言いたいの?」
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