2-6.人魚の思惑

「シタン……!」


 ナルドはシタンの亡骸を見て絶句した。魔物の攻撃に巻き込まれないように離れたところから見ていた王子達には、二人の最後のやり取りは全く聞こえていなかった。


 亡骸の横には、最後の魔物が真っ二つになって転がっている。それはシタンやリリィが倒したものではなく、自分の放った稲妻の反動で引き裂かれたものだった。


「ごめんなさい。リリィね、リリィをね、シタンが庇ったの」


 泣きながら謝罪をするリリィだが、その涙は今朝の葡萄を思い出して泣いているだけだった。

だが見た目が幼い子供であるリリィが泣いているという事実が、この場では重要な意味を持っていた。


「すみません、兄上。僕がもっとリリィのことを見ていれば」

「……お前のせいじゃない。私がシタンの能力を買いかぶりすぎて、的確に指示を出せなかったためだ。人魚への指示も大事な役目。それを怠っていた時点で、私に継承権はなかったのかもしれない」

「それを言うなら僕だって……」

「悪いが、シタンと二人きりにさせてくれないか」


 謝罪を遮るような言葉に、ローテムは黙り込む。しかし、それ以上此処にいても何も出来そうになかった。


「行こう、リリィ」

「うん」


 リリィに呼びかけて、ローテムは兄の傍を離れた。松明に照らされた砂浜には、所々にシタンが放った魔法の痕跡が残っている。

 先ほどまで確かに人魚は此処にいた。だがもう二度とその魔法を見ることは出来ない。


 ローテムは押し黙ったまま、浜辺を抜けて城への道に戻った。

 まだ歩きなれない道にブーツを押し付けるようにして進んでいき、やがて周囲に人の気配が無くなったのを確認すると立ち止まった。


「あー、怖かった」


 胸のあたりを押さえながらそう言ったローテムに、リリィが弾んだ声を重ねる。


「上手くいったね!」

「上手くも何も、ちょっとやることが残酷だよ」

「悪魔としては生ぬるいぐらいだよ。人間どもの道徳に合わせて、ちょっと緩めにしたんだから褒めて」

「はいはい、偉いね」


 おざなりに褒めたローテムに対して、リリィは嬉しそうに飛び上がる。悪魔の理屈に人間の道徳は全く通用しないことを、ローテムは改めて実感した。


「でもあそこまでしなくても。最後はちょっと改心してなかった?」

「だから何? ローテムが王様になるにはこれが一番てっとり早いでしょ」

「まぁそうだけど、僕は一応人間だから良心が咎めるんだよね」


 リリィはそれを聞いて、馬鹿にしたように鼻で笑った。


「魔物と人魚の違いは?」

「何、突然」

「魔物は何匹でも殺してもいいけど、人魚を殺すのは良心が咎めるなんて、とんだ詭弁だよ。魔物は悪いもので人魚は良いものだから良いの? 魔物に良いものがいないなんて誰が決めるの?」

「それは……まぁ……」

「それは全部、人間の身勝手な区別だよ。まぁリリィはそれが悪いとは思わない。その方が楽しいしね」


 宙に浮かび上がった悪魔は、楽しそうにその場で回転する。ローテムがそれを見上げると、身体から零れ落ちる砂が月明りを浴びて光っていた。


「要するに自分の敵でない存在は殺したくない。実に合理的であり、非合理的」

「え、どっち?」

「でも敵でないことは味方であることにはならない。ローテム、もし心臓を取られたくなくて、王になりたいなら覚悟を決めた方がいいよ」

「覚悟って?」


 リリィは舞うのをやめると、ローテムに顔を近づけて笑った。


「この国は人間の思惑で動いていないよ。ぜーんぶ人魚の思惑で成り立っている。もしローテムが悪魔であるリリィと一緒に王様になりたいんだったら、全部の人魚を殺す覚悟が必要ってこと」

「どういう意味? 人魚の思惑って」


 問いかけるローテムに、リリィは人差し指を立てて「しーっ」と制した。


「人魚に聞かれる」


 静寂の訪れた道に潮風が吹く。ナルドの嘆く声が微かに聞こえていた。


「王様になりたくないなら、いつでも言ってね。殺してあげるから」

「……荷が重いけど、死にたくはないしなぁ」


 ローテムは苦い表情で呟くと、再び歩き始めた。城までの距離が妙に長く感じられるのは、恐らく夜道のせいばかりではない。


 一人で戻ってきたローテムに、城の者はナルドのことを尋ねるだろう。見張り台からは当然、砂浜での異常は見えている。

 その説明をしなければいけないことを考えて、責任感や使命感のない第四王子は深々と溜息をついた。


END

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