2-4.浜辺の人魚

 城には浜辺を一望できる塔があり、兵士たちがそこで交代しながら二十四時間浜辺を見張っている。塔の鐘が鳴る時が魔物が現れた合図であり、人魚を持つ王族はその鐘の音が聞こえる場所に部屋を持つ習わしだった。


「いつ呼び出されるかわからないから、結構大変だよね」


 鳴り響く鐘の音を聞きながら、ローテムはブーツを履きなおす。浜辺では魔物の次に敵となるのが、足場として不安定な砂浜である。下手な装備では砂に足を取られて転倒してしまい、魔物に襲われることも少なくない。


「早くー」

「うん、わかったから首に巻き付かないで」


 後ろから腕を伸ばして、ローテムの首に巻き付いたリリィは、急かすように尾鰭で宙を叩く。

 時刻は真夜中であるが、悪魔であるリリィにはあまり関係ないらしく、いつも通りのテンションだった。


「よし、行こうか」

「今日は魔物何匹いるかなぁ。一杯いたら嬉しいな」


 浜辺に一番近い王族専用の道へ出ると、丁度そこにナルドとシタンがいた。


「あらまぁ、泣き虫人魚が来たわ」

「だから止さないか、こんな時にまで」


 ナルドがいい加減うんざりした様子で窘めたが、シタンは聞こえない振りをする。


「ジーラ兄様はいらっしゃらないのですか?」

「マリティウムの調子が悪いとかで、城で待機だ。魔物は五匹ほどという話だから問題はないだろう。我々の動向は塔から見えているし、手こずっていれば父上も来るはずだ」

「では急ぎましょう」


 浜辺へと急ぎながら、ローテムは無邪気に後ろをついてくるリリィが気になっていた。今朝の騒動では不機嫌であることを隠しもしなかったのに、今はすっかり上機嫌になっている。

 シタンが横にいると言うのに笑みすら浮かべている様子は正直不可解だったが、今はそれよりも魔物退治のほうが先決だった。


「ローテム急いでー」

「結構頑張って走ってるよ……!」

「こけてー」

「こけない!」


 浜辺へは、ナルドの方が先に到着した。平素、運動らしいことは何もしていないローテムにとっては全力で走ること自体が重労働にあたるが、狩りなどを嗜むナルドにとっては、大した労力でもない様子だった。


 浜辺には松明が灯されており、最低限の視界は確保されている。これも深夜の見張り達によって行われていることだった。

 その火に照らされ、浜辺を動き回っているのは、五匹の魔物だった。いずれも巨大なナマズのような体型をしている。異様に長いヒゲからは電流が迸り、ぬるついた皮膚の上に小さな稲妻を走らせていた。


「シタン、いけるか」

「勿論ですわ」


 シタンが宙を蹴って高く飛び上がる。胸の前で手を組み、形の良い唇を開いたと思うと、その喉から高らかな歌声が放たれた。

 その生まれ出た海を揺るがすかのような美しい歌声に導かれるように、水で出来た短刀が宙に出現する。それは形や大きさを微妙に変えながら増え続け、瞬く間に五十本もの量になった。


「良い子ね。さぁ、その醜いものを切り裂きなさい」


 優しい声でシタンが囁いた途端、水の短剣が一斉に魔物へと襲い掛かった。その皮膚や手足を切り裂かんとするように一直線に落ちていく。

 最初の一つの刃が、魔物の背中に突き刺さると甲高い悲鳴が上がった。まるで金属同士を撫でまわすかのような不愉快な声に、シタンは眉を寄せる。


「あぁ、汚い声だこと」


 魔物は悲鳴を上げながら体をよじらせる。あれだけ多くの刃で切り裂かれて、もはや死ぬ寸前だと思われたが、その中の一匹がシタンに向けて口を開いた。

 喉奥に黄色い光が走り、それが矢のように勢いよく口から飛び出す。稲妻が放たれたのだと気付いた時には、矢はシタンの目の前まで迫っていた。


「小癪な……」


 シタンは再び歌声を上げると、水で出来た盾で矢を弾き返す。弾かれた矢は海の中に落ちて、小さな音を立てて消えた。


「醜い者の分際で生意気ですわ」

「醜い者に反撃されてる時点で何も言えないけどね」


 いつの間にかシタンの後ろに回り込んでいたリリィが揶揄をする。無作法な言葉に、シタンは鋭く睨み返した。


「下がっていなさい、泣き虫人魚。貴女が出る幕ではありません」

「リリィに命令したって無駄だよ。お前のことなんか怖くないもん」


 松明に照らされたリリィの笑みに、シタンは何故か背筋が寒くなるのを感じた。


「呆けてると、また来るよ」


 リリィがそう忠告した途端、二匹目が稲妻を吐き出す。シタンは盾でそれを防いだが、大量に傷を負わせたはずの魔物が動いていることに疑問を抱いていた。

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