2-2.王子と人魚の朝食
ローテムは数年前に一度見たきりだが、その時の印象を口にする。返ってきたのは、リリィが鼻で笑う声だった。
「あの天使はリリィの何倍も何倍も長生きだよ。お星さまを作った大天使の末っ子だもの」
「じゃあそんなのには手を出さないほうがいいんじゃないかなぁ」
「やだ。リリィがまだすっごく小さい時に、あの天使に尻尾掴まれてグルグル回されたんだもん。その恨みは忘れない」
「参考までに聞くけど、今まで何回勝負を挑んだの?」
「千回以上」
「それ、何年置きぐらいにやってるの?」
「わかんないけど、前回は百年前だよ」
ローテムは一体その戦いが、何万年前からあったのか考える。
どう低く見積もっても、あの国が出来る前からリリィは天使に戦いを挑み続けていることとなる。
愛の守護天使が、その名を持つ前からの付き合いで、かつ現在に至るまで恐らく勝ったこともなければ殺されたこともないとなると、導かれる答えは明らかだった。
「言いにくいけど、天使はリリィの遊び相手をしているだけだと思うよ」
リリィはその指摘に、心底驚いた表情を浮かべた。
「何で?」
「そうとしか思えないから。流石愛の天使だね、慈悲深いよ」
「リリィ、あいつに弄ばれてるの?」
「うん。今度聞いてみたらいいんじゃないかな」
身支度を終えたローテムはクローゼットを締めると、部屋の外に向かう。リリィもそれについてきたが、何か悩むように唸り声を上げていた。
「納得いかない」
「でも、僕にはそうとしか思えないな」
大広間に向かって歩きながら、ローテムはリリィとの雑談に時間を費やす。第一、第二王子などであれば朝から公務が山ほどあるのだが、第四王子のローテムには殆ど関係のないことだった。
「あいつね、リリィが攻撃すると「わぁ、上手」って言いながら素手で殴り返してくるんだよ。酷いでしょ」
「天使って素手で殴ったりするんだ」
「後ろからならいいかなって思ったら、羽で払い落とされたし」
「虫みたいな扱いされてるんだね」
「しかもね、前なんて「これでも食べて筋力つけて」って大量に果物押し付けられた。嫌がらせだよね」
天使に弄ばれる悪魔というのは、想像しただけで滑稽だった。リリィは悪魔ではあるが、本人の言う通り子供であり、天使はそれを考慮して無闇に排除しないのだと思われた。
人間であるローテムからすれば、心おきなく排除してしまった方が楽な気もするが、天使の思考を人間が理解出来るはずもない。また、不文律のようなものがあることも否定は出来なかった。
「果物好きだよね、リリィは」
「うん! この国の果物は美味しいね。リリィが好きなベーシュラッテムがないのは悲しいけど、林檎っていうのが美味しいから我慢してあげる」
「うん、それ人間界では育たないやつだと思う」
大広間に辿り着いたローテムは、執事達が扉を開くのを待ってから中へと入る。広間に置かれた大きなテーブルには、既に二人の王子が着席していた。
「遅いぞ、ローテム」
「申し訳ありません、兄上」
「まぁまぁ、良いじゃないか。人魚の身支度には時間がかかるんだし」
第三王子ナルドの苦言を、第二王子ジーラが取りなす。それぞれの頭上には人魚が浮かんでいた。
ナルドの人魚であるシタンは、いつも通りの高慢な目でリリィを見て、顔を逸らす。その手には華奢な形をしたカップに入った紅茶が湯気を立てていた。
「身支度したって、その変な色の鱗ではどうしようもありませんわね」
「変じゃないもん!」
「おい、シタン。朝から喧嘩すんなよ」
ジーラの人魚であるマリティウムが釘を刺した。手には牛乳の入った大瓶があるが、すでに半分ほど飲んだ後だった。
「リリィの鱗、アタシは可愛いと思うぞ」
「ありがとう、マリティウム」
素直に礼を言ったリリィは、そのまま宙を泳いでテーブルの上にある果物籠に手を伸ばす。葡萄を一房手に入れると、それを大事に抱え込んでローテムのところに戻った。
「ローテム、ローテム。大きな葡萄だよ」
「それは、将校からの貢物だ」
ナルドがそう説明しながら、果物籠に添えられた手紙を抜き取る。
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