ep2.始まりのおわり
2-1.王子の起床
朝を告げる鳥の鳴き声が聞こえる。
寝苦しいような、しかし目覚め難いような夢からローテムが目を覚ますと、甘ったるい声が鼓膜を震わせた。
「おはよう、人間」
「だから、その呼び方はやめてくれって言ってるじゃないか」
ベッドの上に腰かけた、人魚によく似た悪魔は肩を竦める。
一週間前にローテムが呼び出した悪魔、リリィは憎たらしいほどに愛らしい顔立ちをしている。召喚した時に人魚と間違えて契約したローテムは間抜けとしか言いようがないが、間違えても致し方ない部分はあった。
「だってお前の名前は覚えにくいんだもの。改名しない? エッティゴラハウシティウルとかに」
「言いにくい。自分の名を名乗って舌を噛む末路はごめんだね」
ローテムはそう言いながら、自分の胸に右手を当てる。
寝ている間に悪魔に心臓を抉られていないかという懸念から生まれた癖であるが、そもそも抉られていたら目も覚めないので無駄なことだった。
「リリィは寝ている人の心臓を取ったりしないよ」
その仕草を見たリリィが可愛らしく頬を膨らませた。
「リリィは由緒ある貴族の末裔だもん。大帝所縁の血筋で、ちゃんとレディの称号も貰ってるんだから」
「悪魔界の事情なんか知りたくもない……」
ベッドから降りたローテムは大欠伸をして首を左右に回す。
寝ている間に乱れた金髪を手櫛で整えようとして、腕が妙に重いのに気付いた。
「なんかリリィが来てから、寝起きが辛いんだよね」
「あぁ、それはお前の生命力を貰ってるからだよ」
「あ、そう。……何だって?」
あまりに軽く言われたので、受け流しかけたローテムだったが、辛うじて理性がそれを踏みとどまらせた。
「リリィ、お前に召喚される前に怪我しちゃったの。だからそれの治癒として、寝ている間に生命力貰ってるんだ」
「僕、それを許可した覚えないけど?」
「許可取ってないもん。というか召喚者の務めだから、諦めて」
「えぇぇ……そんな勝手な」
文句を言おうとしたローテムに、リリィは可愛らしい笑みを向ける。
「リリィの美容と健康のために、よろしくね」
「怪我は何処に行ったんだよ」
重い体を引きずって起き上がったローテムは、壁側のクローゼットを開いた。前日のうちにメイドによって用意されていた服を手に取り、着替え始める。
その様子を、当初は興味深そうに眺めていたリリィは、ふと思い出したように手を叩いた。
「リリィも身支度しよーっと」
天井近くに浮かび上がったリリィは、人間には到底発音が出来ない呪文を唱えたかと思うと、色とりどりの化粧品をその場に召喚した。
ピンク色の髑髏に入ったクリーム、紫色に染めた山羊の毛皮が貼り付けられた手鏡、口紅の入った真っ白な容器は何かの骨を削ったもの。それ以外にも、色だけは可愛いが素材が可愛くないものが宙に浮かんでいる。
「お化粧大好き。人間はお化粧しないの?」
「僕はしないかな。父上は会議の時なんかには白粉を叩いてるけど」
「ふーん。こんなに楽しいのに」
嬉々として化粧を始めるリリィの下で、ローテムは落ちてくる頬紅の粉を避ける。化粧道具が浮くのなら、粉も浮かんでいて欲しいが、そういう理屈でもないようだった。
「そういえば、リリィ。怪我をしたって言ってたけど、何かあったの?」
「ん?」
リリィは口紅を塗りながら、そう聞き返したが、何を聞かれたか理解すると不機嫌そうに尾で宙を叩く。その拍子に蛇柄の容器が弾き飛ばされて、ローテムの頭の上に落ちた。
何となくそれを手に取って中を覗いたローテムは、何者かの目玉と鉢合わせしたため、静かに蓋を閉じる。
「そう! 最悪なの!」
「何が」
「あのね、天使がいる国知ってる?」
「あぁ、山の向こうだね」
その国は、代々の王が天使を愛する義務を負う。王の愛を受けた天使は守護天使となり、国の繁栄を助けると言われている。
半年程前に、新しく女王が即位したことで近隣国から注目されていた。父王や兄王子達はお祝いに行ったようだが、ローテムは風邪で寝込んでいたので詳しいことは知らない。
「愛がどうとか言ってる、リリィが一番嫌いなタイプの天使。最近、国の情勢も悪いから、天使の力が弱まってるんじゃないかと思って勝負しに行ったの」
「それで?」
「一方的に殴ら……惜しくも敗れたの。あの天使、力が弱くなるどころか強くなってるし最悪!」
「あぁ、歯が立たなかったんだね」
「ちょっと油断しただけだもん!」
怒りながらも器用に化粧を済ませたリリィは、頬を小さく膨らませた。
「昔からリリィを子ども扱いするんだもん。嫌い」
「でもあの国の天使って、見た目はリリィより幼くなかったっけ?」
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