1-2.人魚の国

「この国の海には、人魚の王が住んでいるんだ。人魚の王は自分達の娘に武器を持たせ、海から地上に出ようとする魔物を成敗してきた」

「でも魔物、浜辺にいたよ。さっき、リリィが倒したのがそうでしょ?」

「段々、魔物が多くなってきてね。海の中だけでは対処出来なくなったんだ。それで人魚の王は娘たちを地上に預け、海から来る魔物を排除しようとした。でも人魚は陸で呼吸は出来ても、足がないから歩き回ることが出来ない」

「だから人間を使うの?」

「そういうこと。人魚と契約をした王族は、生涯その人魚を傍に置き、魔族が地上に来た時には戦うこととなっている」


 リリィはそれを聞いて不思議そうな表情になると、腕組をして宙で一回転した。


「王族だけしか呼び出せないの?」

「あぁ。人魚の王が自分の娘を預けるのに選んだのが、僕の先祖らしい。だからその血を継ぐ者にしか人魚は呼び出せないんだよ。人魚を呼び出した者が、王位継承権を得る……」


 ローテムは昨日の夜のことを思い出し、語尾を濁した。

 第四王子のローテムは、上の兄三人とは母親を異としていた。それで明確に差別を受けたことはなかったが、兄達が自分のことを軽んじていることは小さい頃からわかっていた。

 兄王子達の母親は王族の一人であり、それゆえに父親は兄達には期待をしていたが、ローテムには殆ど期待を置いていなかった。それを見返してやろうと、ローテムは人魚を召喚しに出かけた。

 国の最南端にある、巨大な塔。その一番上で王家に代々伝わる儀式を行うことにより、人魚が訪れる。素質のない者はいくら儀式を行っても、魚一匹召喚出来ない。だからこそローテムは、自分が人魚を召喚出来たら、兄達を見返せると考えた。

 その結果は今の状況である。


「ねぇ人間」

「何?」

「お前は昨日、他の王子や姫も人魚を持っているって言ったけど、その中で誰が王様になるの?」


 浜辺から城まで続く道は、城の関係者以外は使わない。あの砂浜は王家の所有地であり、同時に魔族の侵入経路でもある。この国において王族は、人々の生活を護る防波堤であった。


「昨日言ったじゃないか」

「だって昨日のお前は取り乱しながら説明するから、全然わからなかったし」

「う……っ。それは言わない約束で。……王になるには、他の人魚を屈服させて従わせる必要がある。例えば戦闘力、例えば頭脳、例えば美貌。何を使うかは人魚達に任されているんだ」

「殺し合いでもいいの?」


 急に物騒な言葉が出て来たので、ローテムは一瞬言葉を失った。リリィは悪意のない無邪気な顔を向けている。見た目は愛らしくても、中身は立派に悪魔らしい言動だった。


「相手が承諾すればいいよ。一方的に殺しにかかったら、勝負じゃなくて通り魔だからダメ」

「じゃあリリィは誰の心臓を食べればいいの?」

「食べちゃダメ」

「つーまーんーなーいーー!」


 リリィが駄々をこねて叫ぶと、周囲の木々が突風にあおられて激しく揺れた。ローテムは突然のことに構える暇すらなく、その場に尻もちをつく。


「リリィは人間の言うことを聞くために来たんじゃないの! 王子だか何だか知らないけど、図々しい!」

「ちょっ、風強い! 風強いから!」


 木々の太い枝が音を立ててしなり、葉が風に攫われて舞い上がる。それだけならまだしも、地面の土まで巻き込んだものだから、その小さな粒子がローテムの目に入った。


「痛い、痛い、地味に痛い!」

「リリィに命令しないの! わかった!?」

「わかりました! わかりましたから、この風を止めて!」

「リリィは人間なんかよりずっと強くて可愛いの。わかってる?」

「わかってる!」


 ローテムが叫ぶと、風が止んで静かになった。目に入った砂塵を涙で洗い流しながら中空を見上げれば、そこにはリリィが上機嫌で踊っていた。踊るといっても、宙をなんども円形回転するだけのものだったが、銀色の髪が夜に映えて、神秘的にすら思えた。


「可愛い? リリィ可愛い?」

「うん、可愛い」

「やったぁ!」


 機嫌を直したリリィは、再びローテムの傍まで下りて来た。昨日の夜から今日にかけてローテムが知ったことは、大きく分けて二つである。一つは「悪魔に逆らわないほうが良い」こと、もう一つは「リリィは容姿を褒められると喜ぶ」ことである。


「ねぇ、人間。チェリーパイ食べたい」

「さっき、チョコレートじゃなかった?」

「心臓をくれないなら、せめて美味しいもの頂戴よ。リリィの魔力は特別なの」

「じゃあ城のコックに用意させよう。それと、リリィ」


 城門が見えてくると、ローテムは足を止めた。


「僕のことは「王子」か「ローテム」で頼むよ。流石に「人間」はちょっと」

「文句ある?」

「可愛くない」


 そう言ったローテムに対して、リリィは小首を傾げた後に「確かに」と頷いた。


「じゃあ、お前のことはローテムって呼んであげる」

「ありがとう。助かるよ」


 城門へ近づくと、門の前に立った兵士二人が揃って敬礼をした。リリィはそれを見て目を丸くして、更に大きな城門を見て両手を打ち鳴らす。


「わぁ、人間の国のお城って可愛い。リリィのおうちも、こういうのにしたいな」

「リリィの家は大きいの?」

「パパが首斬り伯爵で、ママは死刑執行役なの。おうちには山羊が沢山いるよ」

「首斬り伯爵……。いや、聞かないでおこう」

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