第2話(3000字程度バージョン)

 私、フルーレ・マフィンは公爵令嬢と呼ばれている。

 公爵家の令嬢だから公爵令嬢。

 銀色の優しい月の光を落としたような長い髪に、空の青を落としたような瞳、肌は白く滑らかで美しい人形のよう、などと、外では基本的に表情を変えないようにしている私を揶揄するかのように呼ばれている。


 美しさは、この貴族界でも名高い美女である母譲りの美貌である。

 こんな風に生んでくれた母には感謝したい。

 美貌ゆえの大変さ(女同士の戦いなどなど)もあったが、幼馴染のカルネ(男)を連れまわすなどして普通の貴族霊場として成長してきた私。

 その美貌や年齢、家の格などの関係もあり、私はこの国の第一王子であるリネンと婚約していたが……先日この第一王子のリネンが、私の婚約者である彼が私の好敵手(ライバル)であるリアと駆け落ちしてしまったのだ。


 しかも書置きで、自分たちはもうここに戻らない、死んだものと思ってくれ、といったものがあったのだ。

 実はもともと二人の関係を知っていたあちら側、つまり王子側の両親は、第二王子もいるし、第一王子の方は二人で幸せにさせたいと思ったらしい。

 それくらいの覚悟がリネンにはあったそうだ。


 だから、リネンは死んだものとして、私が新しい男性と巡り合えるように、そういった意味での婚約破棄をしたのだが……それがあまりよくなかったようだ。

 暇な貴族会では、噂が何よりも楽しいという、どうしようもない連中がいる。

 そんな貴族たちにとってはこの話は特に楽しいものであったらしく、私に新しいあだ名をつけた。



 その名は“悪役令嬢”。

 なんでも婚約者を“死”に追いやったから、であるらしい。

 もちろんこの貴族たちも裏事情を知っているので、私の婚約者であるリネンが死んだことになっているのは十二分に知っているはずなのだ。


 だがそれよりも彼らは“楽しい”“悪口”を優先した。

 それどころか、堂々と私に、貴方が“死”に追いやったのではと、笑いながらわざわざ言ってくるのである。

 無視してもよかった。


 口で言っているだけの彼女達なんて、取るに足らない相手。

 そう思っていればいいと思ったが、繰り返し繰り返し何度も言われて私もいい加減堪忍袋の緒が切れた。

 だって私の婚約者、リネン・ドロンは、


「……死んでいないし。というか死んだことにしましょうか、という事で話の決着がついただけだし。それで婚約破棄になったはずなのに、なんで私がそう呼ばれるのよ! やはり堂々と婚約破棄してもらわないとダメね」


 私はそう呟きながら自分の婚約者を思い浮かべた。

 優し気な笑顔を浮かべる人物で美形ではあったけれど、そういえばリアとよくいるのを見た気がするし、婚約者であるという理由でよくリアに喧嘩を吹っ掛けられて貴族令嬢としてはかなり過激な取っ組み合いのけんかをした。

 懐かしい思い出だわ、と思いつつも私は、婚約者だったリネンの困ったような笑顔がそこで脳裏に浮かぶ。


 いらっとした。

 今すぐ詰め寄って、アッパーカットを繰り出したい衝動にかられたが残念ながら、かの人物は私の目の前にいない。

 代わりに私の目の前にあるのは大きい荷物が一つ。


 怒りに任せて洋服などを丁寧にたたみながら、魔法も使いつつ収納したけれど、それでもこれだけの大きさになってしまった。

 もともとリアとの闘いの日々を繰り広げた私は、この程度の荷物を持ち物は大した労力を使わないので問題ない。

 後は一つ、入れ忘れた荷物をいれる。


「あれはどこだったかな。あった」


 そのリュックに魔法使い用の杖を一本さす。

 はしの方に青い石のついた簡単なものだが、この見かけは偽装である。

 そう思って私は笑いながら、


「これで準備は完璧ねさあ、行きましょうか!」


 私はそう叫んで、その荷物を背負って家の外に出たのだった。







 フルーレ公爵令嬢の幼馴染のカルネは、現在とある決意をもって公爵家にやってこようとしていた。


「うん、今日こそは俺が頑張るとき。この手紙が大切だ」


 金髪碧眼の美少年と言われている自分が、昔からフルーレしか見ていなかったと言ったらどう思うだろうとカルネは小さく笑う。

 ようやくなのだ。

 ようやく今まで振り回されてきたとはいえ、フルーレに……そうカルネは思いながらその手紙をフルーレや、フルーレの両親に渡す予定だったのだ。

 

 だが、大きな荷物を背負って現れたフルーレにカルネは嫌な予感がした。

 そこでフルーレとカルネは目が合う。

 フルーレが、カルネを見て嗤った。


「ちょうどいい所にいたわ。連れて行くわね」

「! ど、どこに? というか俺は……」

「つべこべ言わずに来なさい!」

「うわぁああああああ」


 そしてその時カルネはあまりな展開につい、持ってきた大事な手紙を落としてしまったのだった。










 だが、天は彼を見捨てていなかった。

 たまたまフルーレが雄たけびを上げながら悲鳴を上げるカルネの様子を窓から目撃したフルーレ母。

 彼女は今はもう間に合わないだろうがたまたま様子を見に屋敷の外に出てきた。


 そして白い紙が屋敷の前に転がっているのに気づく。


「あら、これは何かしら」


 そう言ってフルーレの母が手紙を拾うと、それはカルネが持ってきた、カルネとフルーレの新しい婚約のお願いの手紙だった。


「カルネはずっとフルーレが好きなようだったものね。そうね、これを機に新しい婚約を結んでしまいましょう。フルーレがカルネを巻き込んでいるようだし、戻ってきた時喜ぶでしょうし。フルーレもああ見えてカルネが大好きですからね」


 フルーレの母は楽しそうにそれを手にして屋敷の中に戻り、夫に話す。

 そして夫の方もこれはいい縁談だという話になる。

 こうしてフルーレの両親は、カルネの両親と新しい婚約の話を始めることにしたのだった。







 そんな背後の事情は知らず、私、フルーレはカルネを連れてとある村にやってきていた。

 これは全て私の魔法によるものだ。

 あの好敵手であるリアと婚約者であるリネンの持ち物を持っていた私は、それを使って場所を調べたのだ。


 この村に二人はいる。

 そう確信して庶民の乗り物である馬車などを乗り継ぎここに私はやってきた。

 結局宿に泊まって次の日にまでなってしまったが、追いつけたのは僥倖だ。


 そう思いながら私は、


「ここに私の婚約者のリネンが、私のライバルであるリアと一緒にいるのね!」

「……仲がいい所を邪魔するのはよくないのでは」

「まずは“悪役令嬢”の悪名をなくさないとね!」


 私はそう返すと、カルネは沈黙した。そして、


「リネンに未練があるのか?」

「ないわよ。一発殴らないと気が済まない程度に大好きよ」


 そう返すとどこかカルネは安堵したようだった。

 そして更に私は魔法を使ってあの二人の居場所を調べ、とある場所に向かう。

 村のすぐそばの草原のような場所に二人はいた。


「まさかこんな所まで追ってくるとはね、フルーレ。いいわ、追ってきたことを公開させてあげる」


 そう言ったリアと私は、遭遇してすぐに魔法での戦いになるが、そこであともう少しというところまで追いつめるとリアがカルネに、


「本当に、リネンにフルーレがとられていいの? そうされたくなかったらフルーレを羽交い絞めになさい」


 というリアの言葉にカルネが従い、おかげで取り逃がす。

 その後も二人を追いかけて行って、私がカルネが気になったり、リネンとリアと和解したり、カルネが気が付けば新たな婚約者となっていたのを知るのはまた別の話である。

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