第13話
その後も数回僕は影として出動した。毎回あわやと言う所がありながら、体操で培った反射神経と運の良さで何とか切り抜ける事ができた。
ただ、毎回決まって囮の僕を追う真田刑事が気になっていた。本当に赤の男爵だと騙されているのか。それとも。
満月の美しい晩だった。
僕は全速力で走っていた。
何で。
道路脇の茂みを飛び越える。
何で。
道路の街灯が僕の姿を一瞬照らし出す。
何で。
「待てっ!! 」
真田刑事の声が遠くに聞こえる。
僕が影だと分かっていて。
何故僕を追う?
今回の仕事で僕は黒い衣装のままだった。前回の逃亡の際に赤のタキシードを破いてしまったのだ。マントが赤い為遠目にはわからず、少しの間なら警察の目をごまかせるだろう、と言う事で始めから黒の衣装でいく事になった。
果たして僕の後を追ってきた真田刑事達は途中で囮だと気付いたようだった。
すると刑事は他の警官達に赤の男爵を追うよう指示し、自分だけ僕を追いかけてきた。
そうして僕達二人は走り続けている。
「待て! 黒の男爵!! 」
え。
僕は柵を飛び越え、公園の中へ入った。そのまま右手の林へ入り、丘を目指して走る。
丘の上に出れば迎えのヘリコプターが来るはずだ。
それにしても。
走りながら真田刑事のセリフを反芻する。
今、
黒の男爵って言ったよな?
丘の上には、大きな一本の木と満月以外に何もなかった。
僕は大木へ近付き、辺りを見回してから木の陰へ隠れた。無線のスイッチを入れる。
「こちらブラック。予定地に着きました。回収を急いでください」
スイッチを切って息を整えていると真田刑事が必死に丘を駆け上がって来た。
「そこにいるのは分かっているぞ! 黒の男爵!! 」
黒の、男爵。
僕はゆっくり息を吸って、大木から姿を現した。月の光が背後から降り注ぐ。
刑事は僕の姿を認めると、ぎょっとしたように少し離れた所で立ち止まる。息をはずませながらもこちらの出方を伺っているようだ。
「__どうして僕を追うんです? 」
「逃げ場はないぞ、黒の男爵」
「面白い事を言いますね。分かっている筈です。僕は只の影。男爵でも何でもありません。あなたが追っている赤の男爵は、ほら」
僕は刑事の後方を指した。
「全くの反対側へ逃亡していますよ。お宝と共にね。でもこれから追いかけても無駄です。既に姿をくらましたでしょう」
丁度その時、刑事の携帯が鳴った。
「はい、真田です。__はい、・・・そうか・・・」
僕は軽く笑った。
「ね? そうでしょう? 」
刑事は携帯の電源を切り、胸ポケットに入れた。
「ああ、そのようだな」
「僕が影だと分かった時点で引き返すべきでしたね。まあ、それが僕の役割ですが」
遠くからヘリコプターの音が聞こえてきた。
そろそろ退散だな。
僕は右手を挙げようとした。
「俺の狙いは奴じゃない」
挙げようとして、止めた。
「俺は分からなかったからお前を追った訳じゃない。最初から気付いてたんだ。俺の標的は」
刑事は僕をまっすぐ見た。
「お前だ、黒の男爵」
僕は大きく目を見開いた。
「僕は男爵じゃない。赤の男爵の影。本体があってこその影です。僕を捕まえても彼の事は何も分かりませんよ」
「そんなことはどうでもいい」
「どういう事です」
「おっと、これは失言だったかな。どうでもいい事はない、赤の男爵はずっと追ってきたんだからな、彼も捕まえなきゃならない」
「でもお前は。ある日突然現れて。あの現れ方、身のこなし。衝撃だった。赤の男爵以上だった。正直、かっこよかった。・・・魅せられたんだ」
「あんなすごい事ができる奴が影なんかの筈じゃない、分かったんだ。男爵は二人いる。赤と、黒の」
僕はめまいがしてきた。男爵が二人いる?そんなのでっちあげだ。
僕は、
僕はただ、
自分の仕事を忠実にやっていただけなんだ。
影の仕事だろうと、必死に。
ヘリコプターの音で僕達は我に返った。
煙玉を真田刑事に投げつけた。すぐに周りが煙で包まれる。僕はヘリコプターから投げられた、ロープの端に付いてある輪へ片腕を通した。
「OK!! 」
間一髪、刑事が手を伸ばす前に僕の体はあっと言う間に上へ巻き上げられた。
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