第8話

とうとうその日が来た。現在午後九時。地下室には学長以下、「赤の怪盗団」全てのメンバーが集まっていた。もちろん赤の男爵もいる。僕は到着してすぐに、学長から着替えるようにと袋を渡された。

憧れの、赤の男爵の衣装だ。

興奮で胸がどきどきした。しかし取り出して見ると、衣装はトレードマークの赤色ではなく__黒色だった。

 北島先生が言う。

「全身真っ赤と言うのは例え夜でも目立つんだ。藤堂はまだ初心者だから少しでも目立たない方がいい。ほら、これがあるし、帽子やマントも仕掛けがある。最初はそれで赤の男爵に化けるんだ。はは、そんなにがっかりするなよ。君は途中まで警察を引き寄せられればいいんだから」

「・・・確かに影武者が捕まっちゃ話になりませんよね・・・」

 そうだった。主役は赤の男爵で、こちらは脇役なのだ。分かっていたはずなんだけど。


 別室で衣装に着替え地下室へ戻ると先生達から歓声が上がった。

「藤堂君、良く似合うよ」

学長の言葉に思わず照れてしまう。

 北島先生がイヤホンを手渡した。

「これを耳につけておくように。指示は地下室から無線で随時流すからな。藤堂が今身に付けている、この蝶ネクタイには発信機が取り付けてあってここのコンピューターで藤堂の動きは追えるが、もし緊急事態等があったら、シルクハットの裏にワイヤレスマイクがあるから君からの連絡に使ってくれ。じゃあ皆さん、これを見て下さい」

 机に広げられたD市の地図を、北島先生以下、学長や僕、赤の男爵、他の先生達全員が真剣な眼差しで見つめる。

「藤堂、もう一回おさらいだぞ。盗った後に赤の男爵はA地点へ、藤堂は警察を引き付けて逆方向のB地点へ逃げる。青山先生はA地点で、先生はB地点で車を回しているから、各自そこで回収。藤堂、ちょっと距離は遠いが頑張るんだぞ」

「はい」

「落ち着いてやれば大丈夫だ。男爵の予告状はいつも前日ぎりぎりに出すから、警察の警備も完璧には整わないんでね。でも・・・あれがちょっと気にはなりますねえ、学長」

北島先生が学長を見た。

「ああ、あれねえ」

 学長が僕の視線を感じてこちらを見る。

「最近男爵の熱狂的なファンがいてね。赤の男爵の犯行現場に同じコスプレをして現れる人達がいるんだ。警察も厳しく取り締まるようになったからもういないかと思うが。しかし藤堂君、君も同じファンだと思われたらカモフラージュの意味がなくなる。あくまで君が本物の赤の男爵だと信じさせなければいけない。それを忘れないようにね」

「はい」

「じゃあ、時間だ」

 その言葉を合図に全員が動いた。所定の位置について一斉にコンピューターや無線を動かす先生達。指示を出す学長。 科学の青山先生は僕に近付き、使う時は地面に叩きつるんですよ、とゴルフボールのような物を数個握らせた。

 これが何か聞こうとしたけれど、

「煙玉ですよ。さあ、時間が迫っているから急いでください」

と青山先生に急き立てられ、それ以上質問する暇はなかった。

僕は赤の男爵と共に踵を返した。目指すは、博物館へ。

 先に部屋を出ようとした赤の男爵がふと振り向く。

「藤堂君」

「は、はい」

「緊張していますか? 」

「え、あ、はい」

男爵は、ふっと笑った。

「難しい事じゃありません。君がすべき事をすればいい。・・・大丈夫。頼りにしていますよ」

「はい! 」


さあ、始まるぞ。

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