第6話
学長に連れられ、隠し扉から地下に降りた僕は地下室の秘密基地を見せられ、そこにいた先生達と、赤の男爵を紹介された。
学長は僕と赤の男爵を交互に見て、言う。「いや、藤堂君。びっくりしたろうがね。まあ、座って。話を聞いて欲しいんだ」
あまりの衝撃に言葉も出ない僕は、勧められた椅子に素直に座る他なかった。目の前のテーブルにはF市美術館に似た模型がある。
学長も向かいの席に座り、他の先生達もそれにならった。男爵だけ学長の横に立っている。
学長が続けた。
「我々は〝赤の怪盗団〟と言ってね、この学園ができた時から、つまり十年前からこの地下室を拠点に活動しているんだ。メンバーは僕や教頭先生、今、部活動等で全員集まってはいないが、この学園の先生方全員、それと__」
右横を見る。
「赤の男爵」
男爵が一礼した。つられて僕も思わず会釈してしまう。
「教育者が泥棒、と思われるだろうがね。我々が何故このような事をしているかと言うと__」
学長は胸ポケットから小さな木箱を取り出し、こちらに差し出した。
「例えば、これだ。開けて見てくれるかね」
受け取って、中を開けてみた。
箱の中には大きな緑色の宝石がついた、指輪が入っていた。
エメラルドだろうか。指輪の細工が古めかしく、アンティークのように見える。だけど、これはどこかで__。
あっと僕は声をあげた。
「こ、これ、F市美術館の__」
学長が頷く。
「そう。一週間前、F市美術館から赤の男爵が盗み出した指輪だよ。ところで、それをどう思うね? 」
「どうって・・・」
僕は指輪をもう一度見た。大きくて古めかしい、只の指輪だ。
だけど。
何か、何か__。
指輪を眺めながら答える。
「よくわからないけど、何か__。」
「そこだよ!! 」
突然学長が大きな声を出し、机をどんと叩いた。見ると顔が紅潮している。
「何かある事はわかるんだね? いやいや、初めてでそれだけ感じれば充分だよ。・・その指輪は西洋のアンティークでね、約二百年前の物だ。それだけ古いと、気も強くなって来て大変なんだよ」
「は? 」
気が強くなる?
学長が頷く。
「物はね、大切にされればされるほどその持ち主の気持ちがこもるんだよ。年月が長いと特にね。だから大抵の物は元の持ち主の所か作られた所、故郷へ戻りたがっているんだ。そうして強い気を発してサインを出す。物を大切にする人はその気がわかるらしいが、私は昔から人一倍、物の発するそういう気を感じ取る力が強くてね。美術館や博物館に行く度に悲鳴が聞こえてくるようで何とかならないかとずっと思っていた。それだけじゃない。その物が放つ強い気は、現在の持ち主や家族にまで得体の知れない不安や罪悪感をもたらし、結果周囲にまで悪い影響を与えるんだ。それは美術品等を調べるうちに偶然わかったんだがね。それである日友人に思い切って打ち明けたら何と彼もそういった気を感じると言う。それで我々は悩んだ挙句仲間を集め、気、サインだね、を発する物を盗み出し、元の所に返す〝赤の怪盗団〟を結成したんだ。大抵元の持ち主は亡くなっている事が多いからその遺族や子孫にこっそり、ね。大変喜んでいるようだよ。大方本人と一緒に埋葬するらしいが。いや、本当は真相を話して今の持ち主が元に戻すのが一番なんだが、利益のみを求める人達は不吉な雰囲気を何となく感じ取っているにも関わらず、そのサインがどこから発せられているか全く分からないのだよ。だから相手にしてもらえない。それで不本意だが、怪盗をやっているわけなんだ」
「赤の男爵と言う派手な怪盗をしているのはね、目立つ事で逆に我々が盗み出す物に着目して欲しいからなんだ。詳しく調べれば、我々が標的にしている物は全て、元の持ち主が特別に大事にしていた物だと分かる。そうすれば自ずと物のサインに気付くだろうからね」
「しかし最近は物を見境なく買い集める人が増えてね。利益のみを求め、アンティークに限らずただ貴重な物、珍しい物を買い集めれれば良いと思っている。その物の背景を理解せずにね。結果、赤の男爵の活動も増え、警察の動きも厳しくなってきた。男爵一人で盗み出し、警察の手から逃げるのが難しくなってきたんだ。それで、だ」
学長はここで一息つき、僕をまっすぐに見つめた。
「君に赤の男爵の影となって欲しい。つまりパートナーだね。メイン、盗みは赤の男爵がするんだが、君も現場に行って彼の逃亡の手助けをしたり、他様々なサポートをしてもらいたいんだ」
「それで、どうかな、藤堂君。優れた身体能力や真面目な性格、それに何と言っても男爵を慕ってくれている。君以外に適任者は見つからないんだ。やって・・・くれるかな? 」
学長が僕を見た。北島先生も、他の先生も
一斉に、僕を。
僕は赤の男爵を見た。
男爵は初めて出会った時と同じ、優しい目で僕を見ている。
無理する事はない。
そう言ってる気がした。
心は決まった。
僕は顔を上げ、学長をまっすぐ見返した。
いや、きっとここで赤の男爵を見た時から決めていたのだ。
「はい。僕、やります! 」
「やってくれるかね!! 」
先生達の表情が明るくなり、場が一気に和んだ。
赤の男爵はひとり席を離れ、こちらに向かって歩いて来た。目の前で止まると、優しく微笑む。
「引き受けてくれて、本当にありがとう。これからどうぞよろしく」
赤い手袋をはめた手が差し出される。
あの時と一緒だ。
僕は興奮で顔を赤くしながら立ち上がり、がっしりと握手した。
「はい! 」
北島先生も笑いながらやって来た。僕の肩を叩く。
「さあ、藤堂、明日から忙しくなるぞ」
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