第5話

翌日の放課後、北島先生に呼ばれた。学長が呼んでいると言う。訳を尋ねても先生は笑って答えてくれない。

「大丈夫だよ、叱られる訳じゃないから」

 そう言われても安心はできない。入学してまだ一ヶ月にも満たないと言うのに一体何だろう、と僕は恐る恐る学長室へ入った。

 学長は壁まである大きな本棚を背後に、がっしりとした机に座っていた。きれいに禿げ上がったゆで卵のような頭、丸く艶々した顔に真っ白で豊かな口ひげをたくわえ、本当に人の良さそうな顔をしていた。

顎鬚を伸ばせばサンタクロースだ。

和製サンタクロース、いや学長がにこにこしながら、や、君が藤堂君かね。突然すまないね、と切り出した。

「ああ、そんなに緊張しないで。君は何も悪い事をしていないし、第一、君の事じゃないんだ。・・・あのね」

 学長が声を潜める。

「・・・君、赤の男爵を見たんだって?詳しい話を聞かせてくれないかな。・・・いやー、実は僕は彼の大ファンでね、はは、こんな事恥ずかしくって皆の前で聞けなくってねえ」

 僕はどうして知ってるんですか、と言いそうになり思いとどまった。

何故僕が男爵に会った事を学長が知っているのだろう。僕は親友の田中を思い出し、すぐに打ち消した。

確かに彼にだけ赤の男爵に会った話はしたが、絶対誰にも言わないようにと口止めした。田中は約束を破る奴じゃない。ただ彼はこんな事を言っていた。

「最近警察も厳しくってさ、広く情報提供を呼びかけたり、あちこちで張ってるらしい。大人には話さない方がいいよ」

 そう言う事か。 

その手には乗らない。


僕は学長をしっかり見据え、言った。

「いや、僕は見てません」

「そうかな? F市で君が男爵を見たと噂が立っているんだけどね」

「きっと勘違いだと思います。僕は見てません」

学長はしばらく僕の顔をまじまじと見ていたが、やがて顔を紅潮させ、笑い顔になった。

「・・・いやー、普段の素行もいいし、運動神経抜群。それに口も堅いと見た。藤堂君、私達は君のような人を待ってたんだよ」

そう言って学長は立ち上がると壁側にある本棚へ歩き、困惑している僕を手で招いた。

「今から見る事は他言無用だよ」

 学長が本棚のどこかを触ると、かちりと音がして、壁まである大きな本棚がゆっくりと自動的に横へスライドし、壁にもう一つのドアが現れた。

え。

 学長がドアを開けてこちらを振り向く。

「さあ」

 僕はたじろいだ。

「えっ・・・、さ、さあって、本棚が、ドアが、・・・こ、これって何なんですか!? 」

わけがわからない。

 学長は自分の口に人差し指を立てて、静かに、と言って微笑んだ。目がいたずらっぽく輝く。

「赤の男爵に会いたくないかね? 」


 僕は信じられないものを見ていた。

地下室に所狭しと置かれたたくさんのTVディスプレイ、コンピューター、無線機、机の上に広げられた様々な建物の設計図やミニチュア模型、宝石や美術品の写真の数々。

 部屋には学長を始め教頭、学園の先生達数名。担任の北島先生や体育の顧問もいる。

そして、部屋の中央には。


赤の男爵が。

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