第2話
「!!」
僕は反射的に、左へ思い切りサドルを回した。
ぶつかる寸前、なんとか男爵をかわす。
ほっとしたのも束の間、かわした先に大きなゴミ箱の山が__。
急ブレーキをかけたが間に合うはずもなく、
「わ、わわっ」
僕は、
ゴミ箱の群れに派手に突っ込んだ。
自転車は大きな音を立てて倒れ、反動で籠からジャージを入れたスポーツバックやお茶のパックや肉まんの入った袋が、ばらばらと飛び散る。
「・・・ってー」
自転車でまともにこけたのは小学生以来だ。
僕は制服についた埃をはたきながら起き上がろうとして、はっと我に返った。
そうだ。赤の男爵は!?
振り返ろうとしたその時、
「大丈夫ですか? 」
目の前に手が差し出された。
赤い手袋。
まさか。
ゆっくりと視線を上げると、
目の前に赤の男爵が立っていた。
暗くてよくわからないが、シルクハットの下の顔は鼻の部分まで布で覆われているようで、くりぬかれた部分から覗く両目がすまなさそうに僕を見下ろしている。
「これは大変申し訳ない事をしました。驚かせてしまったようですね」
男爵は僕の手を取って立たせ、怪我のない事を確認した。
近くでよく見ると、赤と言っても赤ワインの色に近く、マント、シルクハットとマスク、タキシードの赤色は微妙に違う。白色のシャツを別にすると手袋も靴も蝶ネクタイも、とにかく皆赤い。
本物・・・だよな。
僕の目の前に、赤の男爵がいる。
あの、大怪盗の。
僕は立ち上がったものの、呆気に取られて何も言う事ができなかった。ただ赤の男爵を凝視している。
今の僕はきっと、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているのだろう。
男爵はそんな僕を気にする風もなく、足元に落ちていたお茶のパックを拾おうとしたその時、パトカーのサイレンが遠くから聞こえてきた。
男爵が顔を上げる。僕はやっと我に帰り、言った。
「だ、大丈夫です」
だから、急がないと。パトカーが。
しかし男爵は慌てた風もなく、再びお茶に目を戻した。パックは落ちた衝撃で破れらしく、中身が溢れていた。
僕もそれに気付き、慌てて言う。
「い、いいよこんなの。大丈夫だから。それより、早く」
緊張と焦りで舌がうまく回らない。
これは元々前も見ずに突っ込んできたこちらが悪いのだ。僕のせいでこんな所で時間を潰して捕まって欲しくない。お茶だって百円ぐらいのものだ。
すると、男爵は僕を見て本当にうれしそうに微笑み、
「お心遣い感謝致します。本来はお詫びしなければならない所ですが、確かに時間がないようです。・・おっと自己紹介を忘れておりました。わたくし、赤の男爵。この代償は、必ず」
優雅に一礼すると、どん、と言う音と煙と共に、彼は姿を消した。
煙が消え、路地に静寂が戻った後も、僕はしばらくその場から動けなかった。どれだけ時間が立っただろう、ようやく自転車を起こし、ちらばった物をのろのろと籠に入れ直す。
先程の記憶を反芻する。
赤いタキシード、翻ったマント。
優雅な身のこなしで。
煙と共に消え。
僕はため息をついた。
「やっぱりかっこいいよなあ・・・! 」
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