黒の男爵

浅野新

第1話 プロローグ

「赤の男爵が出たんだって」


 僕は思わず聞き耳を立てた。

 ひっきりなしに人が出入りする夜のコンビニ。時計を見たらもう八時を過ぎていた。四月の夜は今だ肌寒い。部活の帰りに小腹が空いたから、とお茶と肉まんを買って出ようとした僕は、先の言葉で足を止めた。

声がした方を見ると、女子高生二人組が携帯電話を片手に騒いでいる。

「本当なの、それ」

「本当らしいよ。今電話かけてきた子の家の近く、F市なんだけど、パトカーがいっぱい来てさ、警察の人が赤の男爵が出たって言ってたんだって」

「えー、F市ってこのすぐ近くじゃない。・・・ちょっと行って見たいよね? 」

「行ってみようか」

「でもF市のどこなの」

「F市美術館だって」

 僕は最後の言葉を聞くや否や、急いでコンビニを出た。

 外に停めてあった自転車の籠に肉まんとお茶の入った袋を放り込み、自転車にまたがって今来た道を猛スピードで戻る。

 F市美術館はここから十五分だったよな。

自転車のペダルを思い切りこぎ、どんどん加速をつけた。

車道を抜け、細い裏道に入り、閑散とした商店街通りを駆け抜ける。

 胸が痛い程どきどきするのは、自転車を必死でこいでいるから、だけではない。

 飽きるほど読んだ「赤の男爵」についての紹介記事を思い出す。


__世紀の大怪盗、赤の男爵。

__今や日本中で知らない人はいない、日本で最も有名な泥棒。男性という以外、年齢、国籍、活動目的に至るまで一切不詳。狙った獲物は逃した事はなく、絵画、装飾品、骨董品等標的は留まる所を知らない。

十年前から出没、当初は一年に数件ほどだったのが最近は活動が顕著になっている。

泥棒ながらこれほど国民に慕われているのは「男爵」と言う名のイメージ通り、手口が巧妙かつ鮮やかで、又、人を傷つけないからだと言われている。物品を盗まれた被害者が被害届けを出さない、又は撤回するという奇妙な現象も有名。


僕は小学生の頃から赤の男爵の大ファンだ。

当時新聞の写真で見た彼の姿に、衝撃を受けた。

ただ、美しかった。

月をバックに立ったその姿は。

深く、赤い__。



F市に入り、商店街通りを抜けるとすぐ、右手前に、ビルに挟まれた路地が見えた。かなり幅が狭い通りなのだが、自転車なら充分だ。

ふと思い出す。

ここを曲がれば近道だったな。

僕はスピードを緩めずに体を思い切り右に傾け、路地に突っ込んだ。

__と。

目の前に。

人がいた。

相手もこちらに向かって走って来る所だったらしく、はっと顔を上げる。

一瞬。

自転車のライトが相手の全身を照らし出した。

真っ赤なマントをなびかせ、

赤いシルクハットをかぶり、

全身赤いタキシードを着た、

__写真と全く同じ。


赤の男爵を。

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