都子、仲間を探す

「うーむ……やりすぎた、か……」

 四月も半ばの放課後。正座してお茶を点ててもらいながら、都子は悩んでいた。

 今は茶道部としての活動中。都子たちの前で、敬が高校生離れした流麗な手つきで薄茶を泡立てている。

 敬は麻雀こそさほど強くないが、茶道に関しては裏千家流の作法に明るい茶人の一人である。美術や書画、生花に懐石料理などにも高い見識を有しており、今のように茶道部の担当教師が出払っている時でもお点前をすることができる。

「茶道部の方にはまだまだ残っているが、麻雀部がボロボロになってしまった……」

 心底落ち込んだ口調で呟く都子を、苦笑しながら優しく見つめる敬。

 あれだけ大暴れして他のメンバーを飛ばしていれば当然だ、と面と向かって言うほどには彼女は残酷ではなかった。

 明神高校の麻雀部は、いきなり廃部の危機を迎えていた。

「何がまずかったんだろう? 部長はどう思うかな?」少し涙目になる都子。

「貴女が悪かったわけじゃないと思いますよ。ただ、ちょっと巡り合わせが悪かったかもしれませんね。この部は大会を目指すような打ち手は余り居ませんから」

「これじゃ高校生大会の団体戦にエントリーできない。どうにかしないと始まる前から終わりだ……」

 顔を歪めて頭を抱える都子。都子が入ってから数週間、もはや都子と打ってくれる相手は敬と弓子位しかいない。

 後のメンバーは一日に一回付き合ってくれればいい方だ。遊びでやっているゲームなのに、超高打点の手を配牌で聴牌しているような怪物の相手など誰もしたくない、という訳だ。

「……こうなったら!」都子が立ち上がる。

 今は茶事の時間である。白い目で見られていることに、都子だけが気が付いていない。

「どこかに行くのですか?」

 敬が静かに質問する。都子は地面を踏みしめた。

「決まってる! 部員集めだ!」

「当てはありますか?」

「……それはない。でも、私と同じく、本気で全国目指してくれる人間が、必ず居るはずだ!」

「……そうですね」

 敬は少し微笑み、そして目を閉じて考え始めた。

 確かに、麻雀部にはそこまで本気の人間は居ない。

 麻雀部以外で、麻雀を本気で打っている人間。

 もしもそれが居るとするならば……。

「では、知り合いを頼ってみるとしましょうか。その前に、座ってお茶でもどうですか?」

 敬は都子に茶を出した。もぐもぐと口を動かし、都子が座りなおす。

 次客の雄一に「お先に」とお辞儀をし、茶碗を膝の前に置く。

「お点前頂戴します!」

 雄一が諦めたような顔で都子を見て、軽く首を振った。

 敬は都子を少し眩しそうな目で見つめ、そしてお茶を飲むための作法を教え始めた。


 §


「やってみると難しいな……」

「いずれ慣れますよ」

 お点前が終わった後。

 習った作法を復習する都子を横目で見ながら、敬はスマホを取り出した。軽く操作し、目当ての人物にSNSで連絡する。

「知り合いってどんな人なんだい、部長?」

「我が明神高校出身の、プロ雀士ですよ」

「なんと!」都子が目を見開く。

「面倒見のいい人なのですよ。この高校の子で、プロ雀士を目指すなら、この人に相談すべきだ、と言われています。……そして、高校生全国大会でいい成績を残すことは、プロ雀士になるための大きな一歩となります」

「なるほど! つまり、その人に相談している明神高校の生徒が居れば、その人は少なくとも部に引き込める!」目を輝かせる都子。「完璧だよ、部長!」

「あまり期待はしないでくださいね?」

「いやいや、期待しているさ!」

 上機嫌にほほ笑む都子。粗野ではあるが、年相応の子供らしさを見せる都子に、敬も微笑み返した。

「で、いつ会えるんだい? 部長」

「そうですね。連絡次第ですが、多分今週末には会えると思いますよ」


 §


「で、僕のところに来た、と」

 昼下がりの喫茶店。この時代では、全自動麻雀卓は大抵の喫茶店に用意されている。

 煙草を咥えながら、国包くにかね まもるは頬を指で掻いた。

 まだ二十代の若手だが、衛は所属するプロ団体の雀士の中でもかなり強い方に入る。

 意思を持った打牌で手を育て、強烈な一撃を見舞う『進撃の麻雀』が売りだ。読みもかなり高度なレベルで行うことができる。

 それなりの頻度で雑誌にも取り上げられている、れっきとした若手のホープである。

「よろしくお願いしま「よろしく頼みます! この通り!」敬と都子が頭を下げた。

「こりゃまた元気の良い後輩だね、敬」

「ええ。将来が楽しみでしょう? 麻雀もすごく強いのですよ」

 片眉を上げる衛。敬も困ったように肩をすくめた。

「まぁ、いいけど。で、明神高校のプロ志望だったね」

「何とかなりませんか? このままでは全国大会に団体戦でエントリーできない! 個人戦では、私は、私の願いは叶わないかもしれないんだ……」

「そりゃ大変だな。しかしそうだな、俺の知っている限りでは……一人だけしかいないぞ?」

「おお、居るのか!」

「まぁね。それでいいかい?」

「今は一人でも部員が欲しい。居ないよりはずっといい!」

「そうかい。連絡位は取るよ」

「本当か? ありがとう!」

 都子は獲物を見つけた狼の様な笑顔を浮かべた。

 衛は目を見開いた。

 衛も明神高校出身者だ。プロ雀士になって色々変わった所もあるが、それでも家柄は決して悪くない。高校時代も、今の付き合いでも、こういう人間はあまり見たことがない。

 変わった人間だ。

 少なくとも、明神高校においては。

「……案外、逆瀬川さかせがわさんと気が合うかもね。」

 衛は呟き、SNSで目当ての人物に連絡を入れた。

 返事が来るまでは少しかかるだろう。

 その前に、衛には見てみたいものがあった。

「じゃ、連絡が帰ってくるまで、暇つぶしに打ってみるかい? 店員の打ち子さんを入れてね」

 煙草を灰皿に押し付け、衛は都子達に問いかけた。

「打てるのですか?」敬が驚いた。「お時間、大丈夫ですか?」

「まぁ、今日は一日空けておいたからね。プロ雀士を志してくれる人が増えるのは良いことだし」

「やった! 凄い、プロと打てるなんて!」

 都子は目を光らせた。衛の目に静かな闘志が宿る。

「そう簡単には負けないよ?」

「大丈夫さ! こっちも簡単には負けないよ!」

「どこまで通用するか、楽しみですね」

 気炎を上げる都子を見て、敬がほほ笑んだ。

 今回の都子は、三番目にツモることになる。起家は敬、二番目は衛だ。

 賽の目は二、ドラは四索。

 配牌、そして理牌を行った上で手牌を確認する。


 ②②③④④⑤⑤⑥⑥⑦⑦⑧⑧


 筒子の清一色チンイツ。高め三倍満の三面待ちだ。アタリ牌は三筒、六筒、九筒の三種類。

 これはぜひともダブリーをかけてツモで和了りたい手である。数え役満も狙える大物手だ。

 都子ならばこの場合、五順目にはツモれる。

 それに……

(ダマで打ち取りに行くのは、私の打ち筋じゃない!)

 都子の闘気が膨れ上がった。

 先行する敬が八筒を切る。惜しい、それでは当たれない。

 衛はツモ牌を手牌に入れて北を切った。

 都子は、ツモった西をツモ切りして曲げ、リーチ棒を出した。

「リーチ!」

「いきなりダブリーですか?」店員が目を見開く。

「初めて見たら驚きますよね」敬が頬を撫でた。

「成程。凄まじい打ち手のようだね」

 衛も静かに捨て牌を見つめている。その顔には油断はない。

「当然! 日本一を目指してるんだから!」

「言うだけの実力はある、という訳だ」

 衛の言葉に、都子は目を細めて口元を歪めた。この笑顔が無ければ、もう少し可愛いのに、と敬が小さく呟く。

 誰も動かず、静かに巡目が進んでいく。

 三巡目にして店員は都子に合わせてのベタオリ、敬は何とか回そうとしているようだがツモに恵まれないようで、安牌をツモ切ってばかりだ。衛だけが、都子と打ちあっている。

 だが、遅い。

 都子の力は高速聴牌だけではない。相手の手牌を悪化させるのも都子の力だ。そうそう間に合うはずがない。

 都子は勝利を確信していた。そして、ためらいなく發をツモ切った。

「ポン」

 衛が動いた。捨て牌はまだ三つだけだが、オタ風に端牌が切られているだけだ。

 更に衛の手から東が切られる。

「ポン」敬がそれを鳴いた。八索が切られる。

「ポン」分かっていたかのように衛がそれを鳴いた。

 相手の手を読んで使える牌を鳴かせ、溢れた牌を鳴き返して手を進める加速。これだけの読みがあるなら、都子のリーチのアタリ牌もある程度予想がついている可能性が高い。プロの実力の一端を、都子は確かに垣間見た。

 衛が六萬を切る。

 衛からはまだ索子が一枚も切られていない。混一色、最悪緑一色もあるかもしれない。

 都子にツモ番が回る。ツモは一索だった。

 索子の混一色ホンイツに振る危険性はあるが、緑一色には振らない。

 悪いには悪いが、良いツモだ。躊躇なくツモ切った。

「……」

 衛は動かない。どうやら通ったようだ。

 都子は内心ほっとしていた。これで、相手が間に合っていなければ都子の勝利だ。

 そして、衛のツモ番。

「ツモだな。五〇〇、一〇〇〇」


 ③④22345 ポン888發發發 ツモ②


 安手でリーチを蹴られた。都子は静かに手を伏せた。

「辛うじて追いつけたよ。危ない所だった」

「追いつかれるとは、思ってなかったんだけどな」

 都子は残念そうに呟いた。

「まぁ、僕だけが君の相手をしていたわけじゃないからね」

 静かに語る衛に、都子は首を傾げた。

「分からないかな?」

「私の手を読んでいたのは、国包プロだけでは?」

「手を読んで回し打つ事だけが麻雀じゃないよ。麻雀は四人でするゲームだからね。……おっと、返信が来ていた」

 曖昧にはぐらかした衛がスマホを取り出した。

「今は……ああ、後二十分くらいで着くそうだよ。どうするかい? またやるかな?」

「いや。私以外が何をやっていたのか考えてみたい」

 都子は真剣に雀卓を見始めた。

 他人の手を開け、確認する。やはり、衛以外は打ちあっていなかったようだ。

 敬に至っては、ほぼ降りていたにもかかわらず東を鳴いている。

 都子は首を捻った。

 答えは、まだ出そうになかった。

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落日の都子 ねーぴあ @napier

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