落日の都子
ねーぴあ
都子、部活に入る
二十一世紀。それは、世界の麻雀人口が十億人を超え、誰もが夢見る職業に麻雀プロが名を連ねるようになった時代。お金持ち揃いの旧華族の末裔達が揃う明神高校にも、麻雀部は当然存在する。
最も、明神高校の麻雀部の強さは高校生の県大会ベスト八レベル、とかなり微妙である。元は茶道部の嗜みから始まったのだ。麻雀部のメンバーは全員茶道部と兼任であるし、明神の麻雀は着物を着て正座で打つのが作法である。
そんな麻雀部の部室に向け、足音を響かせながら一人の少女が突き進んでいた。
夜を身に纏ったような黒い服に、胸元まである茜色の髪。整った顔立ちもあって、初対面ではまじまじと眺めてしまう。殆どがそうなる。
だが、あまり見ていると逆に目を逸らしたくなってくる。全てを焼き払うかのような眩しさと、熱を感じるのだ。夕焼け空に輝く太陽の様な少女だった。
牌が雀卓に叩きつけられる音が聞こえる。
少女の口元が自然と笑みの形に歪む。牙を剥きだした獣の様なその顔は、明神高校にはあまりにも似つかわしくないものだった。
やがて、少女は一つの扉の前で足を止めた。
目の前の扉には、『明神高校麻雀部』と書かれた看板がかかっている。少女はその扉を大きく叩き、そして扉を引き開けた。
「ここが麻雀部かな? 入部希望者だ!」
高らかな宣言が麻雀部の部室に響く。
日本の全国麻雀大会は小学校から大学、プロからアマまで年齢別・階級別に存在し、ありとあらゆる才能の持ち主が鎬を削る激戦区である。
麗らかな春の日差しの中、少女はそこに飛び込もうとしていた。
「私の名は
その顔は、獲物を見つけた人喰い鬼のごとく歪んでいた。それなりに整った顔立ちが、とても台無しな笑顔であった。
「……」
「……」
麻雀部の部員たちは呆気に取られていた。呑まれていた、と言ってもいい。
それだけの威圧感を、都子は持っていた。
いち早く再起動を果たした、落ち着いた黒髪の少女が都子に話しかける。
「……えっと、初めまして。入部希望の方ですね? 私はこの明神高校茶道部兼、麻雀部の部長を務めます、
「うむ、その通り。今年の新入生だ」
都子は胸を張った。制服のボタンがはち切れんばかりに引っ張られる。あまり和服が似合う体型ではないのだ。
「では、入部希望書を書いてくださいね」
「わかったよ」
都子は入部希望書に名前を書いていく。ミミズが腸捻転を起こしてのたうち回ったような文字だった。
辛うじて、読めないことも、ない。
「あの、もう少し丁寧に書いてもらえると……」
「すまない。これでいいかな?」
「……そう、ですね」
速度はゆっくりになったが、あまり字の綺麗さは変わっていない。敬は困ったように頬を撫でた。
蛮族としか言いようのない笑顔を浮かべ、都子は入部希望書を書き上げた。
「楽しそうですね。麻雀、お好きなのですか?」
「麻雀歴は半年だ。でも戦いたい相手が居て、それには高校生全国麻雀大会に出なきゃいけない。僕が行ける学校の範囲では、ここに入るのが最良だっただけのこと」
「そうでしたか。ようこそ、私達の麻雀部へ」
「大船に乗ったつもりでいてくれ、先輩方。僕こそが最強だ」
わはははは、と高笑いする都子。この少女には、この高校の生徒の大半を占める華族の末裔の持つような、高貴な雰囲気は一切ない。持っているのは、春の夜中にコンビニ前に屯しているようなチンピラの雰囲気だ。
敬は思わず苦笑した。
お茶を立てている他の部員が、戸惑いながらひそひそ話を始めている。確かにこんなチンピラまがいの人間が入ってくることなど予想外だろう。要求する学力、学費共に、そんな人間が来られるような学校ではないのだ。
「では、早速打ってみますか?」敬が雀卓を指さす。周りにはまだ打っている人が居る。
「打てるのかい? 先客がいるみたいだけど」
「もう
「ふむ」
都子は先輩たちの打ち筋を見た。傍から見ていても綺麗な打ち筋だ。
だが、多分都子の敵ではない。
やがて、一人の少女がアガった。
「ロンなの! デバサイ、逆転!」
「ユミちゃん強いな~」
薄い金色の髪。昼に出た薄い月のような少女だった。少女が牌から目を話し、都子に話しかける。
「こんにちは、新入生さん」
「はじめまして、先輩方。僕は西宮 都子」
「私は
「
「
「うむ。よろしく頼むよ、先輩方」
「……あはは」
胸を張る都子。都子以外の全員の考えは一致していた。この子、何なの? だ。少なくとも、彼らにとっては今まで全く見たことがない人間だった。誰が相手でも物おじせず、強引に突き進んでくる、そんな人間。
「ルールは分かるの? この部のルールは、日本麻雀協会基本ルールだけど」
「いわゆる一般ルールか、なら大丈夫だぜ。二五〇〇〇点持ちの三〇〇〇〇点返し、順位点は三〇〇〇〇点-一〇〇〇〇点で、成績は一○○点が〇.一ポイントのポイント制で決定。役満の複合、喰いタン、後付けありのいわゆるアリアリで、リーチ裏ドラありの槓ドラ即乗り」
「問題なさそうだね」
「うむ。半年かけて覚え込んだよ」
「麻雀歴、半年なの?」
「ああ。しかし、それでも僕は最強だ」
弓子は戸惑っていた。根拠があるようには思えない。だが、都子の燃え滾る闘志に虚勢は感じない。良いか悪いかはともかく、ここまでの熱意を持って突っ込んでくる人間はここにはまず来ない。明神高校にも、例えば弓道部やテニス部なら、全国大会の常連故にこういう闘志の塊のような人間もいる。しかし、ここは弱小の麻雀部なのだ。
一応明神高校麻雀部最強であり、小学生のころから牌に触れている弓子ですら、全国大会はおろか県予選決勝で押し負けてしまう程度には弱い。その程度の部だ。
牌が全自動卓に放り込まれ、新しい牌がせりあがってくる。
賽の目は二、ドラは北。都子はラス親で、起家は弓子である。
配牌が配られる。理牌した弓子は、心の中で顔を歪めた。
②⑤346三六九東西西南白發
泣きたくなるほどのクズ配牌であった。とりあえず九萬を落とす。
他の二人はオタ風の字牌を切った。三人とも、あまり手が早いようには見えない。
そして、都子の摸打番がやってきた。ツモ牌を配牌の上に置く。
「誰も鳴かずに私の手番か。ならばリーチ!」
高らかに宣言し、都子は自模った二索をそのまま曲げた。
「いきなりダブリー!? キッツいなぁ」
「まさか、チョンボじゃないよな?」
「ミスはない、問題ないよ」
茶化したように笑う康利に、都子は牙を剥き出すような笑みを返した。弓子たちが、その笑みが真実であったことを知るのは4巡目のことである。
「ツモ! ダブリーツモ
一一二三四四五六七八九九九 ツモ六
牌を倒すと共に都子は高らかに宣言し、ツモ牌を雀卓に叩きつけた。
「ふぇ!?」
「高め九連のメンチンだと!?」
「ビギナーズラックって奴なの?」
三人の先輩たちが、困惑と教学を露わにする。当然だ、いきなりの倍満は余りにも痛い。そして迎えた第二局。賽の目は四、ドラは七筒。やはり弓子たちの配牌は良くない。
今度は都子もリーチをしなかったため、誰もが着々とツモを進めていく。
そして、三巡目。
掴んだ牌を盲牌した都子は、即座に牌を台に叩きつけた。
「ツモ!」
33444666888發發發
「
「え? ……え!?」
「まだ3巡目なのに!?」
「だ、ダブル役満……信じられないの……」
「さっきのダブリーがただの偶然だと思っていたならば、甘いよ」
僅か一戦で一五五.〇P。凄まじい高ポイントが都子の得点表に記された。
そして迎えた二戦目。最初の親は都子である。
賽の目は九、ドラは七萬。
山から牌が配られ、理牌が終わる。だが、都子は切らない。理牌を終わらせ、静かに牌を確認し、そして唇を三日月のように歪めている。
「親は西宮さんですよ? 早く切ってくださらないと……」
「いや。切る必要などない」
「え?」
④④④11發發發白白白中中中
都子の手が倒されたとき、そこにはあってはならないものがあった。
「ツモ。
「なん……だと……!?」
「そんな……」
この時点で、概ね勝敗は決していた。
しかしその後も都子の快進撃は止まらない。
配牌から大物手を聴牌し、そして遅くとも九巡以内には確実にツモ和了る。
あり得ない和了の連発で、入れ替わり立ち代わり入ってくる、麻雀部のメンバーを全てなぎ倒していく。
通常の確率を遥かに超えた無双。敬には、心当たりがあった。
敬にとっても、たまに居るとは聞いていただけで、実際に見たのは初めてであるが……
「まさか、あの子……魔人?」
本日四度目の天和を叩き込み、高笑いする都子を見ながら敬は呟く。
「魔人って何ですか? 部長」
その呟きに、副部長の鹿ノ
「特別な力を持つ人間。常識的にはあり得ない打ち筋を使う打ち手のことです。あれだけ強大な異能を持った打ち手が居るなんて聞いたことないですけれど……」
「でも、確かにアレは魔人としか言いようがないですね」
敬の目の前で、都子が
なぜ、親限定の役満である
本当に滅茶苦茶としか言いようがない。
「……一日で全てが変わることもあるのですね」
敬は口の中で呟いた。
春の陽気に照らされる麻雀部の部室に、獣の咆哮にも似た哄笑と、少年少女の悲鳴が高らかに響いていた。
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