誰かさんと私
@appleman
第1話 げんさんですか
私に最近、妙なことが起きている。
間違い電話がかかってくるのだ。
しかも、それは序章にすぎなかったことがあとでわかる。
「げんさんですか」
「違いますよ」
と私は本名を告げる。
「高橋さんですか」
「違います」
「豊臣さんですか」
「違う」
だんだん怒りがこみあげてくるので、口調も穏やかでない。
もうこの一週間で何十回も誰かさんに間違われた。
そして、これが肝要なところなのだが、それが一人一人違った人なのだった。
私は誰かにもう何十人の名前を交換したことになる。
こんなこと、今までになかった。
そんなことがたびたび起こって心底うんざりしているとき、私は街中で声をかけられた。
「久しぶり、山田君じゃないか」
急に言われても、私は山田なんかでないし、そもそもこの人のことを知らないので、
「人違いです」
と答えると、
「なんだい、知らんぷりを決め込んだのかい」
と相手は怒って去って行った。
あくる日も、その次の日も、私は誰かさんに間違われる。
そんな時、私は自宅の鏡を1時間じっと見ていた。なんとなく恐怖の混じった不安に追い込まれたのだ。
「私は私です」
私は鏡に向かって話かけた。
鏡のほうも私は私ですと言う。
そして、その次の日、私は、誰かに肩をたたかれた。
ドキッとして胸の鼓動が高まる。
「近じゃないか」
「違います」
と言ったが、私の本名は近である。そして、知ってるも何も高校時代の友人だった。
私とその友人はそのまま居酒屋へ。
そして、私はトイレに行き、帰ってくるとき、その友人は、恐怖の顔をしていた。
「お前、近だよな」
「そうだよ、当たり前じゃないか」
「いや、確かに今のお前は近だよ。でもね、お前がさっきトイレから帰ってきたとき、一瞬、高橋かと思ったんだ」
「高橋?」
「ほら、いただろう、同じクラスでみんなから影で陰気くさいやつで嫌われていた。それでね、さっき、その高橋が俺をにらみつけているような気がしたのさ。俺は高橋のことからかってたからな」
「止めろ!」
「どうした、急に」
私はとっさに立ち上がると、その居酒屋を出た。
私はそれからしばらく街を出ていない。仕事もしていない。電話線は切ってある。
そして、私は鏡の前に立って、必死にこうつぶやく。
「私は私。私は私」
誰かさんと私 @appleman
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