第17話 情報屋のアリス
塩商人ギルドを後にした俺は、金髪の少女に連れられて、薄暗い路地へと向かった。少女からは愛想笑いが消えており、怒りを隠しきれていなかった。
「何か話があるんだろ? それならここでいいだろ」
「なぜ話を断ったんですの?」
「むしろあんな不平等な契約を結ぶ奴がいるのか?」
いるとするなら余程のお人よしだけだ。
「面倒なことになりますわよ」
「どういうことだ?」
「あの男はこの街の憲兵隊に顔が効きますの。もし憲兵隊に泣きつかれでもすれば、拘束されるかもしれませんわよ」
「あの笑いはそういうことか……」
男が去り際に残した意味ありげな表情を思い出す。儲け話をワザワザ不意にしたのだ。この後、何らかの手段で俺の持つ塩や砂糖や割れない杯を奪おうとするのだろう。
「まぁ、その話はいいや。それよりも契約が不意になったことで、お前が一番損をしたんじゃないか」
「……どういうことですの?」
「お前は鴨をギルドに紹介する情報屋のようなことをしているのだろう。もし俺が契約していれば、報酬を貰えたんじゃないか」
はっとした表情を浮かべるも、すぐに少女は諦めたのか俺の質問に応える。
「そう云えば自己紹介がまだでしたわね。私は情報屋のアリス。どんな情報もお金さえ頂ければ探し出してみせますわ」
「ちなみに俺を紹介した報酬はいくらなんだ?」
「紹介だけなら金貨一枚。契約まで成立すれば金貨一〇枚ですわ」
紹介するだけで現代価値で五千円だとすると、割のいい商売だ。
「今回の仕事は金貨一枚の儲けということか?」
「いえ、そうとも限りませんの。今回の契約の最中に、あなたがインダスの塩を持つことと、割れない杯を持っていることを知りましたわ。この情報を別ギルドに売ることができますもの」
「転んでもただでは起きないってことか」
「あなたも何か知りたい情報があれば売ってあげますわよ」
「そうだな。なら……依頼したい仕事が二つある」
「なんですの?」
「一つ目の依頼だが、金に糸目は付けないから腕の立つ傭兵とヴァイキングたちが使う武器を集めてくれ。数は多ければ多いほど良い。できる限り迅速に頼むぞ」
「どこかの国と戦争でもする気ですの?」
「そんなもんだ。次に二つ目の依頼だが、デンマークの元王女を探している。どんな些細な事でも構わないから、何か情報を持っていないか?」
「デンマークの王女……」
何か思い悩むような表情を浮かべながら、アリスはポツリと呟いた。何かを知っていそうな表情だが、続けて出た言葉は、「何も知りませんわ」だった。
「まぁ良い。何か情報が入ったら教えてくれ」
「分かりましたわ」
「次に報酬だが、こいつでどうだ?」
俺はペットボトルをアリスに投げる。慌てて受け取った彼女は驚愕の表情でペットボトルと俺を交互に見る。
「本気ですの?」
「不満でもあるか?」
「いいえ、ありませんわ」
ペットボトルは塩商人ギルドの男の口ぶりから金貨三千枚相当の商品だ。依頼料がいくら高いと云っても、金貨三千枚もしないだろう。
「これから仲良くしてもらうための祝い金だとでも思ってくれ」
「そういうことでしたら、遠慮なく」
ペットボトルを受け取ったアリスは一礼をすると、そのまま目抜き通りの方へと歩いていった。
「旦那様、本当によろしかったのですか?」
「ペットボトルを渡したことなら問題ない。むしろあれが最善だ。なにせあのペットボトルは命綱だからな」
「命綱、ですか?」
ペットボトルをすんなり渡したことがどう命綱に繋がるのか分からず、アルトリアは首を傾げた。
「もうすぐ、俺たちは面倒事に巻き込まれる。そうなった時に、あのペットボトルはない方が良いんだ」
「面倒事ですか……」
「丁度良いタイミングでお出ましだ」
目線の先には数人の人影があった。人影の一つは針金のようにピシッと伸びている。見紛うことなく、塩商人ギルドの長、アルフォードだった。傍にいる他の人影たちは皆武装している。アリスが話ていた憲兵隊の人間だろう。
「これは、これは、こんなところでお会いするとは奇遇ですね」
「奇遇も何も。俺たちが来るのを待っていたんだろ」
「察しが良いですね。ではこちらの目的も分かりますね」
「俺の持つ商品だろ」
「ご明察。ちなみに断ればどうなるか聞きたいですか?」
「いいや。おおよそ予想は付く。俺が違法な塩取引をしたという名目で捕縛されるんだろ」
無駄な抵抗はしない主義だと、俺は懐から塩の詰まったポテトチップスを手渡す。
「素直なのは良いことです。では次に割れない杯を頂きましょうか」
「あれは手元にない」
「ここまで来て嘘は止めましょう。店を出る時には持っていたはずですよ」
「アリスにやったんだよ。だから手元にはない。何だったら調べてみてもいいぞ」
「……いや、あなたの目は本当だと言っています。調べても無駄でしょう」
アルフォードは覚悟を決めた表情で憲兵隊に何やら指示を出す。すると緊張した空気が流れ、男たちは一歩前へと進んだ。
「待て、待て。渡さないとは言っていない。今手元にはないが、拠点に戻ればある」
泊まる予定の宿屋を教えると、男は口元に三日月を浮かべ、憲兵たちを後ろに下がらせた。
「明日の朝、宿まで取りに来てくれ。その時に渡そう」
「良いでしょう。ちなみに逃げても地の果てまで追いかけますよ」
「逃げないさ。憲兵たちも恐ろしいしな」
「よろしい。では明日」
アルフォードは納得したのか憲兵隊を引き連れて、元来た道を帰っていった。俺はその後ろ姿を黙って見つめていた。
「キモオタ、あんたにしては随分と大人しかったわね」
「ここで暴れても面倒だしな。それに……」
俺は堪えていた笑みを口元に浮かべる。
「罠にかかったのはあいつの方だ。オタクの陰湿さを見せてやるよ」
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