第8話 イングランドでの略奪

 第二章:イングランドでの略奪


 俺は今、元首領を殺された復讐をするために、ヴァイキングたちを率いて、イングランドのリンデスファーン島を訪れている。復讐をすると云っても、誰が殺したか分からないから、ヴァイキングたちは島の人たちを無差別に襲い始めた。


 すると一時間もしない内に、争いのない平和な島が、悲鳴の絶えない地獄の島へと様変わりした。


「これって俺が復讐すると宣言した結果なんだよな~」


 島の至る所に建てられた家々は、金目の物を探すヴァイキングたちに荒らされ、反抗する男たちは躊躇なく殺されていく。


「あんた中々に酷いことするわね」


 可憐が興味なさげに、ヴァイキングたちの略奪行為を見守っている。


「俺もこんなことは想定外なんだ。本来の予定だと、復讐すべき相手を見つけたら、そいつを捕まえるなりして、それで話は終わりだと思っていたんだよ」

「それがどうしてこうなっているのよ?」

「復讐すべき相手が誰だか分からないからさ。俺としては復讐相手を探すって方向に話が進むと思っていた。けれど、ヴァイキングたちは誰が元首領を殺したのか分からないなら、全員殺せば良いなんて口にするんだよ」


 そりゃ全員殺せば復讐は達成できるだろうけど。


「ヴァイキングの発想はやっぱり野蛮ね。それとも元首領がそれだけ慕われていたのかしら」

「……俺が思うに、ヴァイキングたちは本気で復讐を果たしたいと考えていないと思うんだ」


 ヴァイキングたちはイングランドへの遠征に際し、かなりの危険を負っている。まず船での移動だ。船旅の途中で嵐に遭えば、死んでしまう可能性がある。それに無事到着しても、毎日ポテチを食べる訳にもいかないから食費が必要になるし、潮風に濡れ武器が痛むから一定周期で買い替る費用も必要になる。


 復讐を果たすだけなら、ただ働きにしかならない。復讐を口実とし、略奪行為を行う方が、ヴァイキングたちにとって利が大きいのだ。


「おい、極力一般人は殺すなよ」


 近くを通ったヴァイキングに命じる。不満そうな表情を浮かべながら、隣の男に何やら話しかけている。ひそひそ話のつもりなのだろうが、声が大きいせいで丸聞こえだ。


「一般人を殺すなとは首領も甘いな」

「違えよ、馬鹿。殺すより奴隷として売れってことだよ」

「怖ええっ、さすが俺たちのボスだぜ」


 その発想の方が怖えよ! まぁ、威厳が保たれたのは良いことだ。舐められると、寝首を掻かれかねないからな。


「首領、見つけましたぜ!」


 一人のヴァイキングがぜぇぜぇと息を漏らしながら駆け寄ってくる。


「元首領を殺した奴を見つけたのか?」

「あ~、いや、違います。お宝を見つけたんですよ」

「お宝?」

「そうです。こいつが吐きました」


 ヴァイキングは腕を持ち上げる。丸太のような腕の先には若い修道士の頭が握られていた。拷問でもされたのか、顔には幾つもの切り傷が刻まれている。


「こいつから色々聞き出しました。近くに金銀財宝を貯めこんでいる場所があるそうです。そこを襲いに行きましょう」


 話を聞いていたヴァイキングたちが、「ウェーイ」と賛同する。まるでピクニックにでも向かうような気軽さで強盗を提案してくるところが超怖い。


「詳細な場所も分かっているのか?」

「大まかな場所は聞いたんですがね。詳細な場所を聞き出す前に死んじまったんですよ」

「兄者、こっちに豪華な建物があった。たぶんあれだと思う」


 リディアが子犬のように駆け寄ってくる。俺の手を引き、その豪華な場所へと連れて行ってくれる。


「見てくれよ、兄者。立派な建物だろ。ここが金銀財宝を貯めこんでいる場所に違いないぜ」

「立派な建物――って、教会じゃねえか」


 俺たち、教会を襲うのかよ。罰当たりなんてもんじゃねえぞ。


「私が先陣を切るんで、兄者は後ろから付いてきてくれ」

「お、おい」


 さすがに教会を襲うのはマズイだろう。


「キモオタはただでさえ生きているだけで害悪なのに、これで死んだら地獄行きは確定ね。おめでとう」

「俺、仏教徒だから許されたりしないかな」


 許されないだろうな~。ただヴァイキングたちを止められるかと云われれば、それも難しい。


 まずヴァイキングたちにとって略奪は立派な仕事なのだ。略奪で生計を立てている以上、彼らにそれを禁ずるのは飢えて死ねと告げているに等しい。まぁ、実際は飢え死にする前に、俺のことを殺しに来るだろうけどな。


 また罰が当たるという考えも彼らにはない。なぜならヴァイキングたちは北欧神話を信仰しており、キリスト教は異教の教えでしかない。そのため教会を襲うことに何ら抵抗は感じないだろう。


「仕方ない。付いていくか」

「旦那様、ここから先は私の後ろにいてください。見晴らしの良い場所と違って、いつ敵が襲ってくるか分かりませんから」


 アルトリアが白銀の剣を構え、ゆっくりと一歩ずつ教会の敷地を進んでいく。


 教会は煉瓦造りの建物で、敷地の中にはマリア像や聖人像が建てられている。城のように敵の侵入を防ぐ城門などはなく、誰でも入れるような建物は、敵が来ることを想定していないからこそであった。


 ヴァイキングが進出してくるより前は、イングランドで戦がある場合、イングランド国内の小競り合いか、フランク王国と戦争するかしかなかった。つまりはキリスト教徒同士の戦いしか起こりえなかったのである。そのため教会を襲う者など現れるはずもないという想定で、外敵を排除するような機構が備わっていないのである。


「さっそく悲鳴が聞こえてきたな」


 悲鳴が聞こえた場所へ向かうと、そこには弓を修道士たちへと向けるリディアの姿があった。


「動くな! 動くと殺す! 死にたくなければ地面に伏せろ!」


 修道士たちは要求通り地面に伏せる。皆大人しく従うのは、武器を持っておらず、勝ち目がないと悟っているからだろう。


「兄者、制圧には成功したが、こいつらどうする? 念のため殺しとく?」


 可愛い顔して恐ろしい提案してくるな、こいつ。


「絶対に殺すなよ。殺しちゃ駄目だからな」

「なるほど。分かったぜ」


 リディアはふっと息を吸い込むと、教会全体に響き渡るような声で叫んだ。


「兄貴は修道士たちを奴隷にせよとのご命令だ。殺して楽にするなよ」

「「へぇ~い」」


 ヴァイキングたちから気のない返事が返ってくる。


「こいつらのボスはお前か?」


 威厳のある白髪の老人が恨めし気な口調で訊ねる。


「一応そういうことになっている」

「私はこの教会の神父だ。お前たちと話し合いがしたい」


 神父、つまりはこの教会で一番偉い責任者ということだ。ちなみに修道士とは、神父の下で働く教徒のことである。


「お前たちは誰なんだ? なぜこんなことをする?」

「俺たちはヴァイキングで、金目的に略奪している」

「神はお前たちの悪行を見ているぞ。特に首領であるお前は必ず地獄へ堕ちるだろう。必ずな」


 はい、神父様の御墨付きを頂きました。俺の地獄行きは確定したようです。


「兄者! 見てくれ。金銀財宝がこんなに!」


 リディアが俺の元に、金貨や銀貨、それに祭具用の金のコップや燭台を持ってくる。


「もっともっとあるからな。全部揃うのを楽しみにしていてくれ」


 教会がこれほどまでに金銀財宝を貯めこんでいたのは、一重に信者たちがカトリックであるからだと云えた。


 カトリックではお金を稼ぐことが悪であり、溜まったお金を教会に寄付することが正しいとされていた。一五世紀にルターがプロテスタントを広めるまでは、キリスト教徒にとって金は寄付するのが当たり前だったのだ。だから教会は金を貯めこんでいる。そして寄付された金が、金や銀の祭具へと変わるのである。


「待ってくれ! 祭具を持っていかれたら、明日からの信仰に差支えがでる」

「五月蠅い! これはすべて兄者のモノだ。もうお前たちのモノじゃない」

「神よ! この者たちに罰を与えたまえ!」


 神父は歯を食いしばり、口端から血を流す。視線で人を殺しそうだ。


「何もできないくせに偉そうに、ねぇ、兄者」


 止めて! 神父様をそれ以上怒らせないで!


「確かに私は何もできないが、この教会には見回りの兵士がやってくる。きっとお前たちを誅してくれるはずだ」

「それはマズイな」


 戦利品片手に武装した兵士たちを相手にするのは得策ではない。


「おい、逃げるぞ。準備しろ」

「「へ~い」」


 ヴァイキングたちは帰り支度を始める。慣れたもので、支度はすぐに整った。


「帰る前に一つ、忠告だ。俺たちの略奪行為は、元首領を殺した犯人を見つけるまで際限なく行う。平和を望むのなら、犯人を差し出すんだな」


 そう言い残し、背中に怨嗟の視線を感じながら俺は教会を後にした。

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