第7話 メントスカイザー

 決闘をすることになった俺は、ヴァイキングの武装を与えられる。試しに着てみるが、ウェストサイズが合っておらず窮屈な格好である。


「あんた、とんでもなく似合ってないわね」

「うるせぇ」


 可憐が俺のヴァイキング姿を馬鹿にする。自分でも似合っていないことが分かっているため、何も言い返せない。


「アルトリアも見てみなさい。豚が可笑しな仮装をしているわよ」

「素敵です、旦那様♪」

「は?」

「まるで狩猟神の如き勇猛さが、身体から滲み出ています。この場のどんなヴァイキングよりもご立派です」

「駄目だ、こりゃ。目が腐ってるわ」


 可憐の軽口を受け流しながら、俺は対戦相手のリディアを見る。闘志の籠った瞳を俺へと向けている。両手には盾も斧もなく、弓だけが握られていた。


「弓か、接近戦だと不利だろうに」


 盾で防御しつつ、距離を詰めれば弓を無効化するのは容易いはずだ。


「いいえ、旦那様。気をつけてください。彼女はデンマーク一の弓使いと云われています」

「でも弓だろ?」


 盾で止められるなら、誰が打っても変わらないはずだ。


「矢は込める力によって威力が変わります。噂によると彼女の矢は盾を貫く上に、はるか上空を飛ぶ鳥を射抜くほどに正確だそうです」

「はははっ、笑いしかでねぇ」


 まともにやったら、まず勝てないな。


「キモオタの命もここで終わりか~。長い付き合いだったけど、地獄で達者に暮らすのよ」

「そんなこと言っても構わないのか?」

「いいわよ。だって決闘するの私じゃないし」

「そういう意味じゃない。もし俺が死んだら、お前がどうなるか分かっているのか?」

「え? もしかして奴隷から解放されるの? やったわ! あんた、とっとと死になさいよね」

「解放されねえよ。奴隷は財産だ。普通家族がいれば家族に引き継がれるが、俺にはいない。その場合、村に接収されることになる」

「え?」

「つまりお前はまた奴隷商人に売られることになるんだ。よかったな。カビの生えたパンがたらふく食えるぞ」

「キモオタ、あんたなら必ず勝てるって信じてるわ。というか死んでも勝ちなさい」

「手の平返すの本当早いよな」


 ただ決闘に勝つという点だけは同意だ。もしここで負ければ、運が悪ければ殺されるし、運が良くても副首領の座を奪われることは間違いない。それなら勝利し、首領になる方がマシだ。


「策を練るか」


 普通にやっても勝てないのなら、普通でない方法を選ぶしかない。俺は鎖帷子を脱ぎ、再び学生服へと着替える。防御力など微塵もない服装、さらに加えて盾と剣を捨てる。代わりに地面から石を拾い、コーラとポテチに変えた。


「キモオタ、あんた武器はどうしたのよ?」

「要らない」

「はぁ?」

「まぁ、見てろって。勝ってくるからさ」


 欠伸を漏らしながら、リディアの前に立つ。彼女は俺が武装していないのを見て、眉間に皺を刻んでいる。


「貴様、何の真似だ?」

「何の真似とはどういうことだ?」

「武器を持たずに決闘に挑むとはどういうことだ?」

「お前相手なら必要ないさ」

「なっ!」

「司祭、決闘を始めてくれ」

「いいのですか?」

「ああ」


 司祭が決闘開始を告げる。リディアは怒りの形相で俺を睨み付けていた。


「殺してやる! 覚悟しろ!」

「ちょっと待て。殺し合う前に少し時間をくれ」

「油断させようという戦略か」

「武装していない俺相手に油断もできないほど臆病なのか、お前は?」

「私を馬鹿にするな! 良いだろう。時間をやろう」

「そうこなくっちゃな」


 俺は手にしたポテチの袋とコーラの蓋を開ける。


「お前に雷神トールの雷を見せてやろう」

「は? 貴様に雷を起こせると?」

「似たようなことならな」


 俺の能力は触れたものをポテチに変えることができるが、味付けは自由に変更することが可能だ。それは例えばポテチ一枚に大量の塩のような極端な味付けも可能ということである。俺はポテチの塩を、コーラの中に流し込む。そのまま急いで蓋を閉めると、リディアに投げつけた。


 宙を舞うコーラと、走り出す俺。どちらを止めるべきか悩んだリディアは、まずコーラに矢を打つ。矢が正確無比にコーラを貫く。ここまで想定通りだった。と同時に勝利を確信する。


 コーラが爆発し、視界が黒い液体で包まれる。リディアは突然の爆発に、動けなくなっていた。怯んだリディアにタックルを食らわせ、彼女に馬乗りになる。


「勝負あったな」


 どれほど弓の名手と云えど、身体は少女なのだ。人並み外れてふくよかな身体の俺を退かせる力はない。


「今の技はトールの雷?」

「そうだ。天上の神々がメントスカイザーと呼んでいる技だ」


 メントスとコーラを混ぜると爆発する現象をメントスカイザーと呼ぶ。メントスカイザーの原理はメントスの表面の気孔によって炭酸の泡を拡大させると云うものだ。つまりメントスでなくとも、塩のような表面に気孔のあるものであれば代用できるのだ。事実メントスカイザーの世界記録はメントスの代わりに岩塩を使用している。


「私の負けだ。殺せ」

「優秀な戦士を殺すわけないだろ。戦力が減るだけで何も良いことがない」

「私のことを優秀な戦士と認めてくれるのか?」

「弓の名手なんだろ。立派だよ。女神ウルズの加護がなければ、俺は負けていた」


 リディアから離れると、俺は司祭に決着がついたことを告げさせる。


「これから大変になるぞ。やらないといけないことがたくさんある。リディアも手伝ってくれ」

「兄者……」

「は?」

「迷惑でなければ兄者と呼ばせてくれ。私はあんたに付いていきたい」


 突然のことに面食らうが、首領の娘が味方になって悪いことはない。俺が首を縦に振ると、リディアは後ろに控えるように付いてくる。


 面倒だが、俺はヴァイキングたちの首領になる覚悟を決める。そしてこの戦国の時代を生き抜いてやるのだ。


 そのために首領になったことを村の人間に認めさせる実績が必要だ。なぜなら実績がないまま権力者になった場合、気性の荒いヴァイキングたちがいつ謀反を起こすか分からないからだ。


「リディアの父親を殺したのが誰かは分かっているのか?」


 ヴァイキングは日本の侍以上に、受けた屈辱をやり返す性質がある。その言葉だけで村人たちは意図を察したらしい。


「さすがは首領様だ。さっそく復讐を!」「ヴァイキングはこうでなくっちゃ!」


 村人たちは興奮で息を荒くする。本音を言うと、良く知らない元首領のために復讐なんて御免なのだが、俺が言いださなければ、村人たちの反感を買う可能性が高い。首領という役割が人気商売である以上、村人たちの求めることを先回りして、提案していかなければならない。


「誰か犯人を見ていないのか?」

「私が見ていました」


 司祭が手を挙げる。どうやら彼は首領が殺された場所に一緒にいたようだ。


「どこの誰だったんだ?」

「さぁ? なにしろ鉄兜で顔が隠れていましたからね」

「質問を変える。殺された時、どんな状況だったんだ?」

「イングランドの略奪から帰ってきた直後の油断しているところを、正体不明の騎馬隊に襲われたんです。元首領様は果敢に立ち向かいましたが、馬上の相手には分が悪く、敗北しました」

「で、生き残ったのは?」

「私だけです」

「ふむ」


 軽く事情を聴いただけだが、もやもやしていた犯人像が少し鮮明になってきた。


「騎馬隊を率いる軍隊か……」

「やはりイングランドの奴らが報復に来たのでしょうか?」

「その可能性が最も高いな」


 当時のデンマークに騎馬隊と呼べる者は存在しなかった。というのもヴァイキングたちはロバのような小さな馬に乗ることはあったが、軍馬に乗る習慣がなかったからだ。


 移動のための乗馬と違い、馬上の上で戦う乗馬技術は求められる能力が大きく異なる。そのため近くの村のヴァイキングが襲ってきた可能性は低いと判断できた。


「しかし一つ気になることがある」

「なんでしょうか?」

「なぜ司祭を殺さなかったんだ?」

「それは……神を恐れたからでしょうか」

「イングランド人が信仰している神は我らとは異なる神だ。司祭だけ殺さない理由がない」


 もし神を恐れて殺さなかったのだとしたら、犯人は同じ神を信じるヴァイキングということになる。だがそうなった場合、先の乗馬技術の話と矛盾することになる。


「とにかくイングランドの連中が元首領を殺したのです。そうとしか説明できません」

「まぁ、最有力の容疑者ではあるな」


 司祭を殺さなかったことは気になるが、乗馬のような技術的な問題ではない。騎馬隊を持っているイングランドが第一容疑者なのは自然な考えだ。


「首領もこう仰っておられる。村の衆は戦の準備を怠るでないぞ!」

「うおおおおおっ!」


 村人から湧きあがる歓声。俺が望まないままに、状況は戦争へと着実に進んでいくのであった。

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