第9話 クラスメイトとの再会
イングランド軍の見回りの兵士がやってくるまでに、俺たちはリンデスファーン島から撤退する必要があった。
ヴァイキングたちは慣れたもので、金銀財宝や捕まえた人たちを船に乗せていく。船に乗せられた人たちの表情は怒りと悲しみの二つに分かれているが、これから皆が絶望の表情を浮かべることになる。なぜなら彼らは、一人残らず奴隷として売られるからである。
思えば酷く理不尽である。突然襲われ、突然奴隷に堕ちるのだ。これから人間らしい生活はさせて貰えないだろう。
「兄者、荷物はすべて積み終えたぜ」
「なら撤退するか。ただし俺は残るがな」
そう宣言すると、リディアは驚きの表情を浮かべた。そりゃ一人敵地に残ると宣言したのだから、驚くのは無理もない。
「なぜだ、兄者?」
「理由は簡単だ。リディアの父親の仇がまだ見つかっていないだろ。少しでも情報を得て帰らないとな」
もし元首領を殺したのが、イングランド兵なのだとしたら、直接兵士に聞き出す他ない。
「なら私も残る」
「いや、リディアはヴァイキングたちを連れて帰ってくれ。指揮する者がいないと、軍団がバラバラになる」
「兄者、すまない。私の父のために……」
「気にするな。俺も世話になったからな」
思い返せば、元首領が俺を副首領に任命していなければ、奴隷に堕ちていたかもしれない。受けた恩義は返さないと気持ちが悪いからな。
「それにアルトリアにも護衛として残ってもらうつもりだから、俺の身の危険については心配しなくていい」
「旦那様は私の命に代えてもお守りします」
「あと可憐も残す」
「はぁ~、なんでよ。私は帰るに決まっているじゃない」
「うるせえ、俺が死んだのに、お前一人幸せそうに生きていたら、なんか腹立つだろ」
死なばもろとも。地獄まで付き合ってもらう。
「そういうことだからリディア、後は頼んだ」
「戦利品と仲間たちは任せてくれよな。私が必ず村まで届けるから」
そう言い残し、リディアたちはイングランドを後にした。残されたのは俺とアルトリアと可憐の三者のみ。船が完全に海岸線の先に消えたのを確認してから、俺はふぅと息を吐いた。
「さて逃げるか」
「はぁ? さっきまでと言っていることが全然違うじゃない」
「冗談だ。そういう選択肢もあると思っただけだ」
ここで逃げ出し、ヴァイキングとは無縁の世界で生きていくのも一つの方法だが、食料や住居の確保、それに日本人である俺を受け入れてくれるコミュニティを探し出すのは困難だ。
「あのクソ女神の思惑通りに生きるのは癪だが、当分はヴァイキングとして生きるしかない」
殺されてヴァルハラに送られるのは御免被るがな。
「まずは二人とも、これを防具の上から着ろ」
そう云って、俺は二人に修道服を手渡す。
「どうしてこんなもの着るのよ?」
「情報を引き出すために、教会の生き残りという設定で、イングランド兵に接触しようと思ってな」
戦って無理矢理情報を引き出すよりも遥かに安全で効率的だ。
「フードも被れよ。特に可憐は黒髪を見られると、変に疑われるかもしれんからな」
俺も修道服に着替えて、フードを頭から被る。これで外見だけなら修道士だと騙せるはずだ。
数分後、海岸沿いを一人の騎兵が走ってくる。遠目からでも銀色の甲冑からイングランド兵だと云うことが分かる。俺たちは顔を見られないように俯きながら、イングランド兵が近づいてくるのを待った。
「お前たちは修道士か?」
「そうです。我々は修道士です」
「……すまないが、もう一度声を聞かせてくれ」
「私の声ですか?」
「もしかして新城か?」
名前を呼ばれ、顔を上げると、そこには友人の顔があった。クラスメイト達の中でも特に仲の良かった男である。
「佐藤じゃないか! 無事だったのか?」
佐藤は俺と正反対の体形の男だ。吹けば吹き飛ぶような病的なまでに細い体と、いつも体調が悪そうな青ざめた顔が特徴的だった。俺以上にひ弱そうな、この男が良く無事でいられたものである。
「イングランド兵となったからな。人並み程度の生活はおくれている」
この時代のイングランド兵の生活は、農民より遥かに良いモノだった。特に騎兵ともなれば、一軒家と満腹になれる食事が支給されているはずだ。
「それにしても良く俺だと分かったな」
「そりゃお前たちは凄く怪しかったからな」
「怪しい?」
「質素な生活を送っているはずの修道士がこんなにデブなはずがないからな。すぐに変装だと気づいたぞ」
思い返してみれば、教会の修道士たちは皆痩せていた。まさか体格のせいで、こんなに簡単にバレるとは思わなかった。
「見つけたのが俺で良かったな」
「まったくだ」
一息吐いた後、俺はヴァイキングとなったことを佐藤に話すべきかどうかを悩む。だが事情を説明しなければ情報は得られないため、すべて話すことにした。
「実は俺たち――」
「ヴァイキングなんだろ。知ってるよ」
佐藤はすべてを悟った表情で告げる。
「なぜ分かった?」
「新城はイングランド軍でも有名だからな」
「はぁ?」
大きな武功を残したり、目立つことをした覚えは特にないぞ。
「ヴァイキングの副首領が貴族のようなデブになったことと、神水を生み出すウルズの遣いであることがイングランドでも広まっていてな。神水を生み出す能力を与えられた人間がクラスメイトだと考えると、答えは絞られるだろ」
「あぁ……」
俺たちのクラスでデブと呼べる体形の男は俺しかいない。消去法ですぐに正解が分かる。
「心配するな。新庄と俺は友達だろ。イングランド軍に売り渡したりはしないさ」
「佐藤……」
クラスメイトだった頃はこんなに良い奴だとは思わなかった。俺も人を見る目がないな。
「新城、まずは事情をすべて話してくれ」
「実はな……」
佐藤を信頼できる男だと判断した俺は、今まで起きた出来事を話していく。その中でもヴァイキングの首領が殺され、俺が次の首領になった経緯を重点的に説明した。
「つまり新庄は元首領を殺した犯人を見つけたいわけだな」
「おう。そして一番の容疑者はイングランド軍だ」
「あはははっ、あり得ないな」
佐藤は俺の推理を笑い飛ばす。
「イングランドは今、大変なことになっているんだ。そんなことに時間を割く余裕はない」
「大変なこと?」
「そうだ。イングランドには7つの王国が存在するだが、その内の3つが滅んだ」
「滅んだ?」
「そうだ。しかも三日でな。俺の所属するウェセックス王国もその対応に忙しいのさ」
順当に歴史が進めば、イングランドはウェセックス王国のエグバート王に統一されることになる。だが話を聞く限りだと滅ぼしたのは別の国だ。つまり歴史が変わり始めているということだ。
「3つの国を滅ぼしたのは、マーシア王国。今までは農業が盛んなパッとしない国だったが、王女が変わった途端に勢力を伸ばし始めたそうだ。ちなみに王女は龍を呼び出す魔女と呼ばれているそうだ」
「王女は俺たちのクラスメイトという訳か」
龍を呼び出すような能力を持っているなら、王女の座に就くことも不可能ではない。十分あり得る話だ。
「イングランドが元首領を殺したのではないということは分かった。だがそれなら犯人は誰なんだ?」
「そう云えば、ロイホの村とは別のヴァイキングに馬を売ったんだが、それが関係していたりしないか?」
「馬を? だがヴァイキングにまともな乗馬技術はないはずだぞ」
「そうなのか? 馬を売ったヴァイキングたちは乗りこなしていたぞ」
「なんだとっ」
密かに乗馬の訓練でも積んでいたというのか。だが騎兵はただ馬に乗れれば良いというモノではない。何のノウハウもないヴァイキングが身に付けることなど可能なのだろうか。
「そういや俺たちのクラスメイトもいたな。サッカー部の赤石だよ。覚えているだろ?」
「あのモテ男か」
サッカー部の赤石と云えばクラスで一番モテる男だ。運豪神経抜群でイケメンなのだから当然なのだが。
「赤石の能力なんじゃないか? 影響型ならあり得るだろ」
「影響型?」
「もしかして女神から何も聞いていないのか?」
「ああ。なんだそれ?」
「能力は大きく三種類にカテゴライズされているんだ。一つは接触型。触れたものを別の何かに変える能力だ。二つ目は視界型。視界にあるモノに対して特定の現象を発生させる。視界に入ったモノを燃やすとかが該当するな。最後に影響型。自分だけでなく、周囲の人間に対しても能力を影響させる力だ」
「影響型の能力が一番便利だな」
触れなくても、視界に入れなくても良いなら、制約は一番少ない。
「そんなに便利じゃないさ。俺も影響型の能力なんだが、色々と欠点がある」
「欠点?」
「俺は自身と周囲にいる人間を不眠にする力だ。つまり眠らずに戦い続けることができる能力なわけだが、この力は周囲にいる人間すべてに効果が適用される。だから敵味方問わずに発動してしまうんだ」
対象の選別ができないのは痛いな。推察するに視界型も対象を選択できないのかもしれない。つまり接触型の能力は影響範囲が小さい代わりに、対象の選別を自由にできる利点があるということだ。
「それにしても、周囲にいる人間を不眠にする力ってハズレじゃないか?」
「仕方ないだろ。残った能力が触れたものをラジコンに変える力とコーラとポテチに変える能力しかなかったんだから」
「うん。そっか……」
残り物を掴まされたということは、女神の言を信じるなら、佐藤も日頃の行いが悪かったんということだ。そんなことを考えていると、数十騎の騎馬隊が海岸線を走ってくるのが見えた。
「おい、あれ……」
冷や汗が背中を流れる。俺は危機が陥っていることを悟った。
「佐藤、もしかして……」
「今頃気づいたか、バーカ、バーカ。ヴァイキングの首領である新庄を捕まえれば、俺の出世は思いのまま。すまんな、俺の贅沢な暮らしのために死んでくれ、我が友よ」
「ふざけんなっ!」
逃げようと背中を向けると、佐藤は剣を抜いた。
「逃げるなよ。俺も友人は殺したくない。と云うか、生け捕りにして、拷問して、情報を色々と吐き出させるつもりだから、死なれると困る」
「俺を助けろ、アルトリア」
「はい」
アルトリアが修道服を脱ぎ捨て、腰の剣を抜く。そのまま俺を庇うように、佐藤の前に立つと、剣を振るった。素人の佐藤は何もできないまま、首を撥ねられた。血飛沫が宙を舞う。転がった首がクラスメイトの死を現実のモノとして直視させた。
「船で逃げるぞ」
海岸に用意していた船へと逃げ込み、ロイホ村への帰路に就く。海岸線には元友人の死体と、立ち尽くす騎兵隊の姿だけが残されていた。
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