第26話 かみあって
俺はもともと、寝覚めが悪い。普段の朝だって、学校に着いてから寝ればいいのに学校で十五分寝る事よりもベッドであと五分寝る事を優先してしまう。
皆そうかな。
兎に角、そんな俺が珍しくスッキリと目覚めたのは、麗華の胸の中だった。どうやらあのまま眠ってしまったらしい。
同い年の異性と抱き合って寝た、という状況なのに、これではカップルというよりママに甘える子供のようだ。
みっともない、と思いながら麗華の寝顔を眺めていると、その瞳が細く開く。
「……んむ、おはよぉ」
「ん、お、おう。えと、なんかゴメン」
「何が?」
「いや、別に……」
なんだか目を合わせるのも恥ずかしくて、窓の側に顔を背けると俺の視線を追うように麗華が回り込んで視界に入ってくる。
「んんー??様子が変ですよ、僚哉君!」
「なんでもねぇって」
「な〜に照れてるんですかぁ?」
「別に、照れてねぇし」
顔が紅潮しているのが体温で自分でもわかる。
横に向いても回り込まれ、上を向けば立ち上がって覗き込まれ。
こうなったらもう、うずくまるしかねぇ。
「もう嫌!なんでもないって言ってるでしょ!」
「あははは!」
麗華にからかわれるなんて、屈辱の極みだ。何か、何か話題を反らすものはないか。
少し顔を上げて時計を見ると、時間は六時半。
「六時半!?はや!」
「うわびっくりしたぁ」
旅行に行って一泊、朝六時半に起きるなんて、ちょっと早すぎじゃないだろうか。八時くらいで良くないか。
しかし、この時間なら丁度朝食のバイキングが入れる時間だ。逃げ道としては、これが最高だろう。
「よし、さっさと着替えて朝飯いこうぜ」
「あ、逃げるなぁ〜」
「うるせ、うるせ、やめ、やーめーろ、やーめーろーよー」
「いい眺めですねえ」
「う、おう。そ、そうだな」
えっと、お前の方が綺麗だよ、とか言えばいいのか?っておい、アホか、何考えてんだ俺!
「?僚哉君、何か……変ですよ?どうかしました?」
「いや、別に」
朝食を済ませたあとのんびり宿を出て、現在ロープウェイに乗っている。
うちの家族三人の計らいによって俺と麗華は二人。いや、俺の家族と密室に、なんてのは麗華からしたら気まずいだろうからこれでいいけど、俺が「家族で出かけたい」って言ったの、忘れてねぇか?
「もう、隠し事はしないでって、お願いしたじゃないですか」
「いや、ほんとに何でもねぇし……そゆんじゃねぇし……」
「じゃあどうゆうんですか」
ズイ、と麗華の顔が目の前に寄る。ちか、近い。ちょと、もうちょっとでくっついちゃうじゃん。息とか当たるし、なんかいい匂いするし、他にもほら、色々あれだし。
て、何だ、なんでこんなどぎまぎしてんだ、俺。
「ちょっと、何赤くなってんですか。僚哉君ってこんなんで照れるタイプでしたっけ?」
「うるせえ、うる、うるせえよ」
「ぷっ……あははは!何かおもしろい!」
麗華は少し顔を離すと、そのまま隣に腰を下ろす。
「昨日私に抱きついてたのがそんなに恥ずかしいですか?」
「声に出すなよ!」
最初は麗華の方から飛びかかってくっついてきたのに、最終的には俺が麗華にしがみついていた。で、そのまま寝ちゃった。
恥ずかしくないわけないだろ。
「いいじゃないですか、甘えても。僚哉君は人に甘えなさすぎですよ。」
「んー……そういうモン?」
「ですです。そういうモンです。私で良ければじゃんじゃん甘えて下さい。」
そういうモンかねぇ、と何気なしに後頭部を掻こうと上げた手が、ほんの一瞬、少しだけ、偶然に麗華の手とぶつかる。
「あっ……ご、ごめ」
「だーかーらー!何なんですかもう!その……それ!こっちまで恥ずかしくなるからやめて下さい!」
「ごめんなさい!」
「じゃ、取り敢えず黒玉子買うか」
「五個ですよ?多くないですか?」
大涌谷。ここについたらまず、黒玉子を買わねば。
てか他にやる事ねぇだろ。
「一個やるよ」
「一個食べれば七年、二個で十四年寿命が伸び、三個目以降は血糖値が上がって寿命が縮むんですよ?」
「なんだよそのバスガイドが使う鉄板ネタみたいの……」
両手は相変わらず包帯グルグル状態だが、そこまで厚くはないし慣れればこのままでもある程度の事は出来る。黒玉子の殻だって問題ない。
「なんか…その手で殻剥いてるのってシュールですね」
「見た目ほど不便じゃねぇからな。」
と、そうは言ってもやはり不便は不便。やっとこさ一つ剥き終えたと思ったら──
「あむ。ん、おいしい」
「あ、テメェ!」
「むふふぅ。ほら、それ歩きながらにしましょ。」
「お、ちょい、チョマテヨ!」
麗華はずかずかと先に進んで行く。残されたのは俺と、麗華が半分齧った卵。
……こ、これは、どうすればいいんだ。食べていいのか?いやでも、やっぱそれは……どうしよう……。
「僚哉くーーん!ちょ、あれ!見て!ね、ネコ!煙の中!め、めっちゃ毛ボサボサ!あははは!」
「あれそんなに面白い!?」
麗華は温泉の煙の中に佇んで全身の毛がボッサボサになっている猫を指してゲラゲラ笑っている。そんなに面白いかな。それとも他に面白い物がなさすぎるのかな。
「まぁ、なんもねぇしなぁ。」
「僚哉君、ちょっと大涌谷に対するネガキャンが過ぎますよ」
「そうかも。ゴメンゴメン。」
うちの家族は『楽しんで』との連絡のみですっかり別行動を決め込んでいる。とは言ってもどこからか覗いてそうで怖い。
「どうですか?」
「あ?」
何となく人の波に乗ってコースを歩いていると、不意に麗華は言う。
「元気、出てきましたよね。」
「あ、ああ……まぁ、おかげさまで。」
おかげさまで、という言葉を真に心の底から『おかげさま』で使ったのは、多分これが人生で初めてだ。
これに関しちゃ、百パーセント麗華のおかげさまだ。
「本当に心配したんですからね。僚哉君、普通なフリしたけどすっごく暗いというか、思い詰めた顔してたんですから。」
「えー……そんなわかりやすかったの?」
いつかは知らないけど、というか多分母が車で送った時だけど、俺が自分で切り刻んだ、って事も知ってたんだもんな。
自分の手を切り刻んで「なんでもないです」は通じる筈がないけど、麗華が来た時、それなりに普段通りにしていたつもりだった。
「なっさけね。心配掛けて、ごめんね。」
「いいんです。心配は僚哉君がさせたんじゃなくて、私がしただけです。」
「んー、ん?何だそれ?」
「自分でもよくわかりません。」
何か俺を慰めるか、良い事を言おうとしたのか。
それが思い通りにいかずに空回りした麗華は不満そうに口をへの字に曲げる。
が、思い出したように真面目な表情でこちらに向き直って。
「でも、まだ終わってないんですよね。」
「何が──」
ってのは、ナシ。
すっとぼけは、もうしない。
「や、うん。そうだな。」
「話しては、くれないんですよね。」
「うん。麗華がいなくちゃって事もあったけど、でもお前は折角忘れたんだ。そのまま忘れておけ。俺だけで、なんとかする。」
麗華は少し唇を尖らせるが、ふぅ、と小さくため息をついて。
「わかりました。ちゃんと話してくれてありがとうございます。でも、もし手助けが必要だったらいつでも言ってくださいね。」
「うん。そうするよ。」
あーあ。
どうして俺が一番おかしくなった時に、麗華との関係性が一番良くなるんだろう。
あんな事、しなきゃよかった。
でも、しなきゃしないで、こうはならなかったのかもな。
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