第23話 すいようび



「いやぁ息子がお世話になってます〜つきましてはここにサインを……あら!お父さん!婚姻届がない!貰ってきて!」

「よしきた!」

「いえいえこちらこそ……ってちょっと!?そ、そんな、ちょと!?」

「何か飲み物いりますか?松井さん……いやそーすっと名字が……お姉さん!」


 麗華が来るなり、我が家族による高速囲い込みが始まった。打ち合わせもアポイントメントもなく突発的なイベントだというのに随分と息があっている。

 それだけ嬉しいのならそら良かったのですが、悪いけど今は麗華と二人で話したい。


「はいはい失礼、コイツは回収しますよ〜」

「え、あ、ちょ」


 家族の盛大なブーイングを背に麗華を引っ張り、部屋に連れ込む。


「お部屋キレイですね。なんかいい匂いするし」

「まあな」


 綺麗にしといてよかった。

 いい匂いでよかった。

 じゃなくて。


「いきなり、何しに来たんだよ」

「なんですかその言い方!彼氏が突然学校休んだら心配しますよ!しかも『今日休む』だけで何も教えてくれないんだから気になるじゃないですか!」


 麗華は割と本気のキレ気味で言う。彼氏といっても、そういう体というだけなのに。


「彼氏って……」

「周りへのポーズでも、心配しなきゃおかしいでしょ!」


 うーん、まあ確かに『あれ?今日彼氏は?』の問いに対して『知らんけど休み』ってのはおかしいのだろうか。…そのくらいよくね?


「ところで。その手はなんですか!」

「階段でコケた」

「え絶対ウソ……」


 やっぱり、見たら気になっちゃうよなぁ。でもなんて話せばいい?『自分で切り裂きました』って?アホかよ。気持ち悪いわ。


「見せてください」

「やだ」

「なんでですか」

「デリケートゾーンだから」

「そこはデリケートゾーンじゃありません」


 そこからはだんまりを決め込んでもなかなか麗華は退かない。気が付いたらにらめっこをしたまま五分程経っていて。


「はぁ……なんでそんな頑ななんだよ。」

「だめですか」

「あ?」


 麗華は不貞腐れたように少し頬を膨らませ、ジト目でこちらを見上げ。


「彼女じゃなくても、友達でもただの知り合いでも、心配しちゃだめなんですか」

「……うー、」


 んだそれ。

 その言い回しは、ちとズルくねぇか?そんな言い方されたらもう無下には出来ないじゃん。

 巻きすぎてどこぞの夢の国のネズミの手の如くまん丸となった包帯を少し解き、端をずらして傷を見せる。全体からしたら極々一部だが、まだ抜糸もしていないその傷は自分で見ても痛々しい。


「うわ、うーわ……ひぇ〜……ぅ、ひょぇ〜……」

「なんか言えよ」


 それを見た麗華は爪の間に針を刺されたような顔で口に手を当てて震える。見てるだけでゾワゾワするのはわかるが、なんか言えよ。


「これ……どうしてこんな事に?」

「階段でコケた」

「絶対ウソですよね!」


 しかし俺が話したくない、話す気がないのを察したのか、麗華はそれ以上手の事を聞いては来なかった。階段でコケたって嘘を信じたのかもしれない。





「じゃ、麗華もう帰るらしいから」

「え!?じゃあここにサインと印鑑だけ…」

「本当に婚姻届貰ってきたの!?気持ち悪!!」

「松井さん、晩ごはんだけでも食べていかない?」

「いいんですか?是非!」


 またこの流れかよ。うちの親は麗華をどうしても晩ごはんに誘うし、麗華の方は『僚哉君を守らなきゃ』という使命感が無くてもうちで晩飯は食っていくらしい。また親公認みたいになっちったよ。

 やはり、帰りは母が麗華を車で送った。また、麗華のとんでもない言い訳と口裏を合わせなきゃならない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る