第20話 麗華


「ごめ、今日俺予定ある」

「あそ」

「おっけー。じゃまたー」


 麗華は、死んだ。死んだから、記憶がなくなっている筈だ。

 最初は確か、突然教室に飛び込んできていたな。実際には付き合ってもいないのに『不安になった』とかなんとか言って。

 またあのイベントを公衆の面前でやる気はないからさっさと教室から出ておこう。

 と、思ってすぐに廊下に出て麗華が来るのを待ち構えていたのだが。


「んー……?」


 おかしい。いつまで経っても麗華は教室から出てこない。いきなり俺の所に来て熱い抱擁を交わすはずだったんだけど、あれもしかして俺の妄想?だとしたらイタすぎない?


「あっ、麗華ー!」


 そんな風に考えていると麗華はやっと教室から出てくる。具体的には十五分くらい。待たせやがって。わざわざ抱擁されに出迎えてやったぜ。

 しかし俺を見た麗華は首を傾げて。


「どうかしました?」


 取り敢えず、元気な姿を見られて安心だ。

 と、それはそれとしてどうかしました?じゃ、ねぇだろ。そっちがどうしちゃったんだよ。


「いやいや、どうかしましたはこっちの…」


 ……あ。

 全く、馬鹿だ俺は。

 麗華は言い訳が下手くそとか偉そうに言いながら全く気付かなかった。

 今の麗華は様子からして明らかに今回のくりかえしの事を忘れている。だが俺の事はわかるらしいから本来のこの時間座標までの記憶はあるのだろう。


「いや、なんでもない。かわいい彼女の顔見たかっただけ」

「な、なん、なんですか急に!?」

「じゃなー部活がんばれよー」


 つまり、交差点の時は別として何もくりかえしのない、『本来の麗華』は今の麗華なんだ。

 ならば『最初の麗華』、いや、『俺が最初だと思っていた麗華』は何だったのか。


「ちょ、ちょとーっ!本当に何も用ないんですかーっ?」


 背後から聞こえる声には手だけ振って応える。

 簡単な話だ。

 いきなり押し掛けてきたのも。

 相手も話がわかっているものとして具体的な説明を一切しないのも。

 そのまま話をどんどん進めようとするのも。

 そしてあの時の俺の様子をみた麗華の驚きようも。

 何もかも、初めて麗華が死んだその後の俺と同じじゃないか。


「あーあ。」


 俺は。


「死んでたのか。」









「あれ?麗華今日は一人なの?」

「ん、いやそんな事は……」


 昼。昼食の時間。

 『付き合っているポーズ』だけれど、この時間をここのところ毎日僚哉君と二人ですごしている。

 いつもは四限が終わったら割とすぐ来るのだけど、今日は確かに遅かった。


「おやおや?倦怠期かなぁ?」

「そんなんじゃないって。でもどうしたんだろ?」

「見てくれば?」

「うん。」


 隣のクラスを覗きに行くと、佳純もついてくる。どういう訳か佳純は私と僚哉君の絡みを見るのが好きらしい。

 教室を見渡しても僚哉君は居ない。暫くきょろきょろしていると私に気付いたのかよく僚哉君と一緒にいる彼の友人が話しかけてきた。


「もしかして僚哉?アイツ今日休みだけど…聞いてないの?」

「あ、ありがとう。……うん、聞いてない、ですね。」

「っはー!アイツも冷たいねぇ!」


 取り敢えず僚哉君が休みという情報は手に入ったから自分のクラスに戻る。


「本当に聞いてないの?」

「うん。どうしたんだろ……」


 確かにポーズだけで実際には付き合っていないけれど、僚哉君の友達が言ってたようにちょっと冷たくない?連絡先だって交換してるんだから『今日休む』くらい行ってくれればいいのに。

 それとも、また何かに巻き込まれているのか。

 それでまた、私はそれを忘れているのかもしれない。もしそうなら彼は一人で抱え込む。


「もう少し頼ってほしいなぁ……」

「ンッ!麗華!ンーッ!いいよ!いいよ今の!」

「え、何、う、うるさい!」


 声に出てたみたい。恋する乙女感が刺さったのか佳純は囃し立てる。

 多分ただの風邪とかなんだろうけど、一応毎日一緒にお昼食べてるんだし、一言くらい連絡くれてもいいじゃん。


「仕方ないなぁ、今日は私がお昼の相手をしてあげるよ!大好きな僚哉君には到底敵わないんだろうけどね!」

「そ、そんな、じゃないし!」

「え?好きじゃないの?」

「い、や、そう、でもなくて……」


 しかし。

 その日に入れた連絡には返事が来ず。

 次の日も。

 また次の日も彼は学校に来なかった。


「松井ー」


 僚哉君の友達の二人にも、一切連絡がないらしい。

 私だけならまだしも、仲のいい友人にまで。


「まーついー」


 流石にここまで音信不通となると本格的に不安になる。

 ということで、本日は必殺・家凸を実行しようと思う。家の場所は、僚哉君には申し訳ないけど御友人から聞きました。快く教えて下さいました。


「松井!」

「ぐぼっ!?」


 不意に、右の頬にバスケットボールが飛来する。

 考え事をしていたせいで反応できず、もろに直撃。


「何するんですか!」

「いくら声かけても返事しなかったろ…」


 投手は部長。勿論パスのミスとかではなく、わざも。

 いくら声かけても?嘘だあ。全然聞こえなかったもん。


「松井今日もう帰んなよ。」

「え、でも」

「彼氏くん連絡とれないんでしょ?ここでぼーっとしててもしょうがないでしょ。」


 部長は嫌味とかじゃなく、本気の心配で言う。つけたされた『あんたどうせ半分は来てないんだし』は、嫌味かな。嫌味というより事実かな。

 ここは部長の優しさに甘えて帰ることにした。




「『突然すみません、私僚哉君とお付き合いさせて貰っている松井麗華と申します』……こんなんでいいのか……急ぎ過ぎか……」


 時間は五時半。

 そういえば両親は共働き、とか言ってたなあ。……もしかしてまだいない?

 いやいや、でも来ちゃったし。取り敢えずピンポンだけ押してみよう。

 彼氏(という設定)のご両親に会うのなんて初めて。緊張する。しかも本人の紹介じゃなくて自分から会いに行くなんて、そこだけで考えたらなんか……きも。

 兎に角、意を決してインターフォンを押す。


『はい』


 五秒くらい経って、女性の声。あれ?お母さんもう帰ってるの?


「あ、えと、こんにちは!」

『………こんにちは……?』


 まずい。テンパる。お母さん(?)も困惑してるし。

 えと、どうしよう、なんだっけ、何しに来たんだっけ。


「えっと、その、僚哉君のお家は、ここでよろしいですか?」

『ああ……ちょっと待ってね。』


 少しすると玄関の扉が開き、一人の女性が出てくる。

 その表情は心なしかやつれていた。

 それを見ただけで、嫌な予感が拭えない。


「立ち話も何だし、上がっていく?」

「お、じゃまします……。」

「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」

「いえ、お構いなく」

「いいからいいから」

「じゃぁ、紅茶をお願いします」


 ソファに座って四分程待っていると、彼女は紅茶を二つ携えて隣に座る。


「僚哉の母のつぐです。もしかして、僚哉の彼女さん?」

「はい。松井麗華です。お世話になってます」

「あら!冗談のつもりだったんだけど!」


 初めて、彼女の顔がパッと明るくなる。しかしそれもすぐにもとの暗さまで戻って。


「僚哉、最近学校来てないでしょ?その前の日からね、帰ってないの。居場所とか、知らない?」

「えっ……」


 行方不明。

 失踪する様子なんて、全く無かった。あるとすればまた何かに巻き込まれているのか。

 居場所なんて。

 こっちが聞きたいのに。


「なんて、あなたもそれを聞きに来たのよね」

「すみません……」


 家族関係も悪くなかった。いなくなるような様子も前兆も全くなかった。なのに突然、らしい。

 だったら、やっぱり何か面倒事に巻き込まれているんじゃないか。

 でもその可能性を、そう思う理由を話す事は出来ない。

 息子が突然いなくなってショックを受けている母親に、『息子さんと私は同じ時間を繰り返してて〜』なんて、安易に話せない。


「突然押しかけてごめんなさい。今日はもう帰りますね。」

「そんな謝らないで。僚哉にこんなかわいい彼女がいたなんて、久しぶりのいいニュースで嬉しかったよ。」






「麗華ーっっ!今日おうちいってもよいかーっっ!」

「ん、別にいいよ。」


 僚哉君のお母さんにあってから一週間。彼は未だ行方不明。周りの人間は『彼女』の私に気を遣って何かと優しくしてくれる。佳純だってそうだ。

 本当は付き合っていないから、皆が思っているほどはショックを受けていない。

 ショックというよりは、責任感を感じている。彼の秘密を知っているのは私だけなのだから。



「ただいまー」

「お邪魔しまー」


 家について玄関で声を上げると一拍遅れて二階から返事が聞こえる。母は仕事中らしい。

 私の部屋に入るなり佳純はベッドにダイブする。


「っぬーん!ふあ……このまま寝てしまおうか……」

「なにしにきたの……」

「むふふぅ、美少女のかほりに包まれるう」

「うるさい」


 魂胆、と言っては嫌な表現だけど、佳純の真意はわかっている。

 僚哉君が学校に来なくなってから、佳純はずっと私にくっついていた。僚哉君が行方不明になったという噂が流れてからは、更に。

 相変わらず、優しすぎる。


「ありがとね」

「は?何何?意味わかんない」


 私が礼を言っても佳純は白化くれる。佳純がそう言うのなら、それに合わせよう。

 佳純は私の一番の親友だ。それは胸を張って言える。

 それでも今は僚哉君の事を、どうしても忘れられない。

 私は今普通に暮らしていていいのか、僚哉君を探す助けにはなれないのか。でも助けなんて、何をすればいいのか、と。





「ぉーぃ」


 晩ごはんーと、下から母の声が響く。

 父ももう帰っていて、そして当然のように佳純も参加する。


「したいこか」

「お腹へったぁ」


 下に降りると既に父が食器やら何やらを四人分並べていた。


「あ!すいません手伝います!」

「いやいや構わないよ」


 父は料理がてんで出来ないから準備や後片付けの雑用係。父自身、それを嫌がらずに進んでやるような性格だから合っているんだろう。普段は私も手伝ってるけど。


「ね、ねぇ、麗華」

「なーにー」

「これ……」


 せめて少しくらいと食卓の準備をしていると、佳純がどこか震えたような声で私を呼ぶ。


「佳純も少しは手伝……っえ」


 言われて佳純の指すテレビを見ると。

 そこには中武僚哉の名と顔写真、そして『トラック無差別テロ阻止の少年行方不明』と大々的に煽るようなタイトルが映されていた。





 後々聞いた話によると、僚哉君がした事を彼の弟が知っていたらしい。兄が余りにも帰ってこないから親と警察、マスコミにそれを話した、と。それによって警察の捜査も本格的なものに切り替わった。

 宗教団体と行方不明の関連性なんて証拠はないのにマスコミもよく取り上げたな、と思った。

 そして、僚哉君とテロの関連性が公表されてから更に一週間ほど経ち。


「麗華っ……!これ……」


 それはまたしても、佳純が私に知らせに来た。

 佳純が恐る恐る、私に見せたスマホの画面。『中武僚哉』という行方不明だった高校生の遺体の発見、そして犯人として例の宗教団体の数名の逮捕。


「れ、麗華……」


 自分がどんな顔をしているのか、わからない。

 ただ、駄目だった。

 彼は、殺されていた。

 きっと、学校に来なくなったあの日から。

 目を逸らしていた。ふらっと家出しただけなんじゃないかって。

 僚哉君は、何も悪い事をしていないのに。

 大勢の命を救ったのに。

 逆恨みで殺されるなんて酷すぎる。

 次第に視界が端から暗く、黒く染まっていく。どうしてもっと早くきてくれなかったんだろう。私が、僚哉君から目を逸らしていたからだろうか。

 だったら、もう目を逸らさない。私が、私だけが僚哉君を助けられる。





 戻った時間は、これはいつなのだろう。ちょうど帰りのホームルームが終わって部活に向かうところだった。

 何はともあれ、時間は巻き戻った。だったら今すべき事は──


「ぁ……」


 隣のクラス。そこには、友人達と笑う僚哉君の姿があった。

 出血もしていないし、四肢もちゃんとついている元気な姿で。


「あ……よ、かった……!」

「えっと……は?」


 よかった。

 よかった!

 戻ってこれた。僚哉君がちゃんといる時間に、かえってこれた!

 これで、僚哉君を助けられる。


「あっ、ご、ごめん……」


 周りが妙に騒いでいるから何かと思ったら私が僚哉君に飛び付いていたようで、慌てて離れる。

 あーもう、何してんの!恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!でもいいじゃない。僚哉君が死ぬ前の時間に戻れたんだから、舞い上がったっていいじゃない!


「ど、どうしようか……」


 僚哉君の友達は私達に気を遣ってさっさと帰ってしまった。申し訳ないけれど、ここは僚哉君の命に関わること。協力的でありがたい。


「取り敢えず……歩きましょうか」

「ちょ」

「いいからいいから」


 一先ず下駄箱までは向かうけど、そこからはどうしようか。

 スマホで日付を確認すると、今日は僚哉君が学校に来なくなる前日。つまり行方不明になった日。このまま家にはかえせない。僚哉君だってこのまま帰る気はないと思う。


「え、お、ちょ、おい!」

「あ、ごめんなさい。焦りすぎですよね。」

「いや……」


 腕を引っ張って歩いていると、それを振り払うように止められる。

 そっか。ちょっと焦り過ぎかな。でもこのままだと僚哉君が危ないんだし、焦っても当然だと思うんだけど。というか僚哉君こそ冷静すぎない?

 僚哉君は私の肩を引いて立ち止まると。


「いきなり何?ほんと、意味不明なんだけど。マジで、急に何なの?」

「えっ……」


 彼は怒っているとかそういう風ではなく、本当に困惑した顔で言ってくる。

 何って、それこそなに!?

 急にって、全然急じゃないよ!なんでそんなに能天気なのさ!


「何か約束してたっけ?俺が忘れてるんだったらゴメン。」

「え、え……そうじゃなくて……」


 そうじゃ、なくて。


「だって、僚哉君──」


 もしかして。

 覚えて、ないの?

 死んじゃったら、その間の記憶はなくなっちゃうの?

 ……そっか。

 そういう事だったんだ。

 私が無くした記憶を、彼は『思い出さない方がいい事』と言った。私は、その時に死んだんだ。死ぬ記憶なんて思い出さない方がいいに決まっている。

 それを思い出させないように、これ以上巻き込まないように僚哉君は私を突き放したんだ。

 最初に話しかけてきたくせに妙に私の事をさけようとして、変な人だと思った。

 同じ時間を繰り返していた事を知ってからはマシになったけど、それでもどこか避けられているような気がした。

 私は、僚哉君にずっと守られていたんだ。

 でも今、このまま帰させたら僚哉君は殺されてしまう。


 今度は、私が守る番だ。


「あのですね、どっか寄り道しよ!と思いまして。」



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