第17話 ひきのばし
「あのあの」
「はいはい」
くりかえしの再開地点が更新され、その翌日。の、放課後。
俺と麗華は一応連絡先を交換はしているが、昨日別れて以降は連絡をとっていない。しかし、帰りに会う事になるのはお互いわかっていたようだ。
「取り敢えず帰りましょうか。」
「おう。」
前回と同じように麗華は今日も部活をサボるようだ。
靴を履き替え、駅に向かって歩きながら麗華は問うてくる。
「これからどうするつもりですか」
「どうする、ねぇ……」
これからどうするか。さっぱりわからない。
テロという不特定多数に向けられた悪意の横から割って入って妨害する術は、案外簡単に思いついた。その悪意自体は決して自分には向けられていないからだ。
しかし自分や家族といった特定の個人に直接向けられた悪意にはどう対応したものか、さっぱりわからない。
時間や凶器がはっきりしているしていないの違いもあるが。
「わっかんねぇよ。一晩考えても思いつかなかったよ。」
「えと、そうじゃなくて……いや、確かにそれもなんですけど。」
麗華は足を止め、つられてそっちを見た俺の目をまっすぐに見つめて。
「犯人たちを、どうするつもりですか。」
「どうってそりゃ……まぁ、落とし前つけなきゃな。」
あまり直接的に言うのはなんだか憚るから、少し濁す。
家族を殺されたんだ。こちらには同じ事をする理由も権利もあるだろう。犯人の目的も犯行理由も知ったことか。生かしておく必要性を感じない。
「やめて、下さい。そんな事、しないで下さい。」
「……は?もしかして復讐は誰も喜ばないとか頭悪い事言うつもり?」
「そうじゃないです。そもそも現時点では誰も殺されてないから復讐になりません。私はただ、僚哉君に罪を背負ってほしくないんです。」
現時点では家族が生きているから復讐にはならない。まぁ、それもそうだ。
だが復讐という理由を抜きにしても、人殺しを野放しにする理由もない。どう足掻いても犯人と対峙する事になるのなら、そこで潰しておくべきだ。
もし俺に犯人を殺さず無力化する技術があれば話は別かもしれないが、生憎そんな力はない。抵抗虚しく殺されるか勢い余って殺してしまうかのどちらかだ。
「いざ犯人とご対面って時に加減して殺されちゃ世話ないだろ。」
「そういう場合なら仕方ないですけど…でも、でも率先して殺そうとしたりは、絶対しないで下さい。そんな僚哉君、見たくないです。」
「………。」
それは、どうだろうか。
もしも『勢い余ってしまう』チャンスがあれば、そうするかもしれない。それで正当防衛を謳えるのならば、そうすべきだと思っている。
しかし女の子に『あなたに罪を背負って欲しくない』なんて言われてしまえば、ちょろい俺はコロッと丸くなるんだろうな。
「わかったよ。まぁ、その余裕があればな。」
「約束ですからね!」
前回のここ数日間俺を連れ回していた理由はもうはっきりしたから、麗華も今回までそれをするつもりは無い。だから最寄りに着けばそこでおわかれの筈なのだが。
「……?あれ、僚哉君買い物ですか?」
「ん、まぁね」
「……私もついてきます」
最寄りについてドラッグストアに寄ろうとすると、なにやらこちらを怪しむ目で麗華がついてくる。別に、ここには銃とか売ってる訳じゃないんですが。
俺が買うのはただのゴキブリ用殺虫スプレー。生命力の塊であるゴキブリを数秒で死に至らしめる最強の兵器だ。ほぼ食わずでも一ヶ月生きるとも言われるアレを数秒で殺すなんて兵器が果たして市販されてて問題がないのかと少し心配になる。
「殺虫剤、ですか?」
「おう、ちょっと殺したい虫ケラがいてな。スプレー家に残ってるか不安だし」
「あの!さっきの話聞いてましたか!?真面目顔で話すの少し恥ずかしかったんですが!!」
「わーってるわーってるって」
とは言っても、実際殺虫スプレーというのはそこまで人体に影響は無いらしい。それでも体に良くはないだろうし臭いし、まぁ相手の隙を作る程度には使えるだろう。
そして続いて隣のスーパーに移動。ここで安物なまくらの包丁を──
「あのあの!ほんとに話聞いてましたか!?」
「わーってるわーってるって。家のナイフ一個消えてたら親が気付くだろ?相手だってナイフ持ってんだから、必要だろって。」
「んむぅ……」
麗華はまだ何か言いたげだったが、しかし反論も浮かばないらしくそれ以上は何も言わない。
「じゃ、買い物終わり。また明日な」
「………。」
買うもの買って外に出ると、麗華はまだ名残惜しそうにこちらを見る。
まぁないとは思う万万が一の話だが、これが最後の別れになる可能性だってあるっちゃある。だから心配してくれる気持ちだってわかってる。
そして麗華も、俺が麗華を連れ回したくない理由だってわかっているはずだ。
麗華とはそこで別れ、やはり今日も遠回りをして家に帰り。
結局そのまま三日間何か起こる事は無く、俺は何も変わらず何もわからずのまま金曜日を迎えた。
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