第16話 つかのまの
「たでーまー」
「おかえりー」
さて。
ちゃんと回り道をして家に着けば、弟の返事が聞こえる。母親はまだ帰っていないようだ。
翔太はリビングのソファで溶けたように横になりながらアイスを食っていた。ちゃんと喋るし息もあるし、体に穴も空いてない。
こうでなくちゃならない。あんな有様、認められない。
「……?どうかした?」
「んーいや、別に」
顔をまじまじと見すぎたのか、翔太は横になったまま眉をひそめる。
この幸せを、平和を、手放したくない。そして勿論その平和には、麗華も無事で居て欲しい。
「あってかこれ一緒に見よう言ってた奴じゃん」
「ごめんごめん。つけたばっかだし始めからにするよー。」
ふと翔太の視線の先を見ると、テレビには最近録画した映画が流れていた。地上波初放送のアクション映画だ。一人で勝手に見やがって。
俺も、こんな映画のアクションシーンみたいに戦えればなぁ、と思う。犯人を殺してやるったって、刃物持った人間相手にどうすればいいんだかさっぱりわからない。
「兄ちゃん、兄ちゃーん」
「ん、なに?」
「なんていうか……どうかした?ぼーっとしてるし、ポテチ食わないし」
映画見てるときなんてそんなもんだろ。と、思ったけどポテチに手を付けてないのは確かに俺にしては異常だ。あまり心配はかけるものじゃない。
「別に。彼女の事考えてただけだよ」
「あっそシネ」
全く、シネだなんて冗談にしても笑えないな。
うまく誤魔化す事が出来ました。それほど嘘でもないですし。
実際、麗華だって例外ではない。折角やり直せるチャンス、あいつだってハッピーエンドに居てくれなくては困る。麗華はもう既に、俺の中でそういう存在になっている。
「ってかお前はそういうのないんか?お?」
「は?」
「彼女とか好きな娘とかおらんのけって聞いとんのや」
「なんだその話し方ムカつくな」
今まで家族にこの手の話をしてなかった俺も大概なのだが、というか『付き合ってるフリ』なんてしてる俺の方がアレなんだが、翔太からはどうも浮いた話を聞かない。それどころか女友達の存在すら確認されていない。
兄貴としては、少々心配なのだ。
「……別になんもねーよ」
「お?」
……むむ?
翔太はムスッと唇をへの字に曲げてそっぽを向く。
「図星だぞぉー?何だかっこつけてっけどまだまだだなぁ?」
「う、うるせぇ!気が散るからやめろ!」
「アクション映画なんて気が散っても構わねえだろ」
「酷い偏見だ!じゃあ兄ちゃん何で見てんだよ!」
普段から随分達観したような雰囲気を出している翔太だが、やっぱりまだ中学生のクソガキだったようで。この程度で赤面するとはかわいいもんだ。
「もうこっちのポテチも俺一人で食うー!」
「アァ……?テメェ……サワークリームオニオンは許されねぇだろぉ……?殺すぞ……?」
殺すぞ、なんて洒落にならないんだけど、ね。
変な話だが、殺すぞとか軽い気持ちで言える世界が懐かしく羨ましい。いつから俺は、その世界から外れてしまったのだろうか。
「大丈夫、ちゃんと回り道すっから。」
そう言って背を向ける背中から、私は目を離せなかった。これ以上しつこくくっついても鬱陶しい。でも鬱陶しいとかしつこいとか、そんな簡単な話じゃないのに。
その背中が家の方向と少し違う、例えば少し離れたコンビニに向かうような方向の道に曲がったのが見えて、少し安堵する。前回と同じ道を辿るなら、きっと今日は大丈夫だ。
でも今日は大丈夫でも、明日は?また付きまとうのか?
「ん〜〜〜………。」
もうどうすればいいのかわからなくて、苦しくて、泣きそうになる。
そんな自分が、嫌になる。
前回殺されたのは彼の家族。彼の方が辛い筈なのに、私の方が取り乱して宥められてしまった。
私の方がちゃんと覚悟していたのに、情けない。彼は都内でのテロの時、一体どうやってこれを乗り越えたのだろう。
唯一の理解者だったであろう私が記憶を失った時、どれ程辛かったのだろう。
「んぅぅ〜……」
また泣きそうになって、それを堪えて変な声が出る。
都内での事件の時、彼はどうしても私を離そうとした。きっと私を守ろうとしてくれていたんだと思う。
そして今回危ないのは彼。
だったら今度は、私が彼を守らなきゃ。それが精一杯の、恩返し。
「おかえり。……どうしたの?」
「ん。別に、なんでも……。」
家に帰ると、丁度リビングにいた母親が心配そうにこっちを見る。どうやら私は、相変わらず泣きそうな顔のままらしい。
手洗いうがいのついでに顔を洗って気持ちを入れ替える。これからどう動くか、作戦会議だ!ひとりだけど。
まず。僚哉君はきっと犯人を殺したいだろう。でも彼を殺人犯にさせるわけには行かない。彼にそんなふうになってほしくないし、そもそも犯人と殺し合いなんて危険すぎる。
となると、やはり警察に頼るのが一番。僚哉君のした事が明るみになるかもしれないけど、命には代えられない。
しかし、まだ起きていない事件の捜査や防止なんて出来る筈もないから、事件のその場に呼ばなくちゃならない。
「んん〜〜〜………」
一番確実なのは三日間同じように動き、金曜日には早く家に帰って僚哉君の家族を連れ出すか、人を入れないように見張るか。
それでも犯人がどう侵入したのかはわからないし、家にも入れないなら入れないで犯人を逮捕させるのはきっと難しい。
「んん゛〜〜〜………」
そもそも僚哉君が私の考えた作戦に乗ってくれるか。その作戦の出来や勝算の話じゃなくて、心情的に。
彼は冷静に見えても内心では絶対に穏やかじゃない。
都内でのテロの時、今の私が覚えている一回目。あの時の心情に近いのかもしれない。いや、きっとそれ以上に怒っている。
「ん゛ん゛〜〜〜………」
「麗華?」
正当防衛が認められればまだいいけれど、僚哉君を殺人犯にはしたくない。
僚哉君の家族にだって、元気でいてほしい。
犯人はしっかりと牢屋にぶちこみたい。
たった三つの目標が、どうしてこんなにも難しいんだろう。
「ん゛ん゛〜〜〜!!」
「麗華ー?」
何も浮かばない。
こうならったらいっそ私の正直な思いを伝えるのはどうだろう。「あなたに殺人犯になんてなってほしくない」と心からお願いすれば、彼の事だから多少はグラッとくるかもしれない。
ちょっと卑怯な、考え方だけど。
「あ゛ーっ!あ゛ーーっ!!」
「うるせぇ!」
「!?」
いつの間にか扉を開けていた母親の一喝で我に返る。
確かに考え事をしていたけど、年頃の女の子の部屋にいきなり入ってくるなんて。
「ノックくらいしてほしいんだけど」
「ノックもしたし何回も呼んだよ。」
「なんと」
そんなに集中していただろうか。集中しても結局成果は何一つ無いのだけれど。
母は苦笑いする私に眉をひそめる。
「あんまり相談とかしにくい話なのかもしれないけど、何か悩みとかあるなら遠慮なく相談してね。」
「ああ、うん。……そうだね。」
相談なんて、出来るわけない。心の病だと思われて終わりだ。寧ろこんな話信じたら引く。
そして、信じられたら余計に困る。
多少の知識は増えるかもだけど、守らなきゃならない対象が増えるだけだ。
「別に大したことじゃないから大丈夫。」
「……そう。」
私の拙い頭じゃ何もいい案が浮かばない。ここは大人しく僚哉君に気持ちを伝えよう。
今度は私が守らなきゃ、なんて言っておきながらそんな甘えた考えしか、私には出来なかった。
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