第14話 こんなはず


「今日は、何処にいきましょうか!」

「んー……」


 麗華とボーリングに行った日。帰りはうちの親からあれやこれや聞かれたらしく、口裏合わせが大変だった。しかもコイツ言い訳下手くそだから尚更。

 そして今日はあれから三日経った金曜日。どういう事か、一昨日昨日と麗華に放課後連れ回され、そして今日もまた連れ回しにやってきた。「付き合ってる(フリしてる)んですから!」という事らしいが。


「さすがにさぁ、そんな毎日はよくない?」

「ダメです。ダメったらだめです!」


 実際に付き合ってるんじゃないんだから。それに友人に忠告された途端に露骨にベタベタし始めたら……怪しまれはしないか。むしろ『もう、焦っちゃって』くらいにニヤニヤしているかもしれない。

 コイツ、本当に付き合ってたらめちゃめちゃ束縛厳しかったりするのかな。おーこわ。

 しかし、麗華がこうも連続で来るお陰で恭太と勇正はそれを察して放課後俺に帰りの誘いをしなくなってしまった。気を遣わせて申し訳ない。


「まぁ……別にいいけどさ」

「やた!」


 麗華と出掛けること自体苦ではないから了承すると、彼女はニシシと歯を見せて笑う。

 こいつ、本当に俺の事……?いや、いや!いや待て俺!その考えは危険だ!女はいつもそうだ。思わせぶりにしておいて『脈アリか?』と思ってるうちに気が付いたら他の誰かと付き合ってやがる!

 落ち着け、落ち着け俺。……よし、落ち着いた。


「で、今日はどうすんの?そういえばカラオケ行ったことなかったな」

「……ぅ」


 すると麗華は俺の言葉に反応して先までのキラキラ煌めいていた表情を濁らせる。

 厳密には、『カラオケ』という単語に対して。

 ほう、なるほど。そういう事か?少し、からかってやるか。


「ん?麗華?どした?」

「いやちょっと、カラオケは恥ず─」

「恥ずかしいとか言うやつ?ふーん、教室で人に抱き着いてくる人でもカラオケは恥ずかしいのかぁ。よぅわからんなぁ。」

「お、思い出させないで下さい!」


 あの突然の抱擁はやっぱり麗華としても冷静じゃなかったが故の行為だったから、揉み消したい過去らしい。

 しかしそれにしても、照れて肩パンしてくるのはいいがうまくツボに入ったらしく結構痛いんですけど。

 ま、別に嫌なら嫌で構わない。だったら今日はなにすっかなー。と、思っていたのだが麗華は意を決して此方を見据え。


「いいですよ、行ってやりますよ……!」

「や、そんな無理せんでも」

「無理じゃあない!」


 意地が強いというかプライドが高いと言うべきか、麗華は結構面倒臭い性格のようだ。




 からかっておいて言うのはなんだが、音痴とカラオケに行くというのは少々空気が重くなる。相手が音痴を自覚して開き直っているなら別だが、気にしているなら尚更だ。

 だから麗華が行くと言って聞かなくなって少し後悔したのだが、結果から言うとそれは無要の後悔だった。


「それでまた貴方に会えるのなら〜…………〜〜〜〜〜!!」


 うまくも下手でもない俺が一曲目を歌った後、麗華はバラードを投入。歌唱力はというと、まぁそれなりだった。うまいんじゃね、くらい。どうやら歌うのが恥ずかしいだけらしい。

 というか、というか、だ。

 歌うのが恥ずかしい。そのせいで麗華は終始顔を赤くして歌っていた。はい、もうかわいい。更に、恥ずかしいからってずっと目を瞑り、そのせいで歌詞とか間違えてる。はいかわいい。

 もう、ところどころあざとくてイラッとする。イラッとしたから、腹いせにもっと歌わせよう。決してもっと見たい聞きたいわけでは、無い。


「もう無理です!出ましょう!」

「おいおいまだ始まったばかりだぜぇ?」


 とはいえ二人なのに一人に歌わせるのもおかしい。交互に曲を入れ、結局三時間歌いきった。麗華も麗華で強く断ったりは出来ない性格なのかもな。




「おい、起きろ。起きろーっ」

「…くぅ……」

「ちょい。ちょっと、おい!」

『発車致します。駆け込み乗車はおやめください。』


 たった数駅で眠りこけた麗華とそれに付き合う俺を嘲笑うように無慈悲にもドアは閉まり、電車は動きを再開する。


「あー……」

「っ?んぁ?」


 大した距離じゃないのにどうして寝るのか。お陰でひと駅行って折り返さなければならない。余分に時間を食う。


「ぁ、乗り過ごしぃ……」

「おめのせいだよ」


 はぁ、とため息が漏れる。

 俺はこいつと、何をしているんだろう。

 付き合ってもいないどころか、そもそも俺らは友達と言えるのだろうか?俺らの関係性を表すなら、何と言うべきだろう?

 タイムリープとかいう不思議減少に巻き込まれた者同士。しかし麗華の方は大半の記憶を失っている。

 一緒に遊ぶ分にはそれなりに楽しいから友達と考えていいのだろうか。しかし最近妙につきまとってくるこいつは、どう思っているんだろうか。


「僚哉君、着きましたよ!」

「お、おう」


 麗華に言われて電車が停止した事に気付く。今度は俺の方がぼーっとしていた。

 電車を降り、反対方向のホームに向かおうとすると麗華に服を引っ張られてそれを止められる。


「折角ですし、ひと駅歩いて帰りませんか?」

「えー……」


 なんやコイツ、また面倒な事を言い出す。確かにこの駅から隣、俺らの最寄り駅までの距離は他に比べて少し短い。そして俺の家はこちら側だから実際そこまで負担では無いが。


「麗華は尚更遠いじゃん。」

「いいんです。気分転換です。それにいい運動にもなりますし!」

「お前、運動なら部活サボんなよ……」


 支離滅裂な事を仰る。しかし、わかっている。これは何を言っても聞かないパターンだ。一体彼女の何がそうさせるのだろう。もう、振り回されっぱなしっすよ。


「…………。」

「わーかーりーまーしーたーよー」

「やた!」


 一つ奥の駅で降りるせいで無駄に電車賃がかかる。勿体無い。駅を出ると、麗華は少し小走りになって俺の前に出る。


「少し歩きたい気分なのです!」


 振り返った麗華はそう言って、またニカッと歯を見せて笑う。本当に、よくわからない奴だ。俺はそんな気分じゃねぇっつの。


「そういえば麗華、うちで飯食った時家になんて連絡したんだ?」


 特に話すこともなかったから、なんとなく気になった事を聞いてみる。うちの親と車で話した事は口裏合わせも兼ねて聞いたが、これは聞いていなかった。


「彼氏の家でご飯食べて帰るって。」

「……え?」


 前を歩く麗華は振り返ってあっけらかんと言う。そんな、はっきり言っちゃったの?隠す相手、わざわざ増やすの?


「どんな反応でしたか……?」

「お母さんはへーって。お父さんはねー、何も言わずに夜中まで一人でお酒飲んでた。」


 ……おう。

 きっと御父上はお酒に呑まれたかったのだろう。嘘なのにそこまで気を病ませてしまって申し訳ない。

 しかし、よくよく聞けば母親同士は直接話してたそうで。そうなるとちゃんとあっちの親にもそう説明して正解だったようだ。


「僚哉君」


 お互い暫く黙っていると、今度は麗華の方から話題を振られる。


「私が忘れた時間の事、話してくれませんか?」

「………。」


 わざわざひと駅分も歩くのは、この話をする為か。残念だが、ひと駅歩く程度の時間では話し足りない。そしてそれ以上に、簡単に話せる事ではない。


「悪いけど、それを話す気はねーわ。今のお前にゃ分かんねぇだろうけど俺に押し付けて全部忘れた癖に教えろ、とか腹立つ」

「そんなに辛い事ですか。思い出さない方が、いいですか。」

「……あー、そうだよ、もう。思い出さない方がいいから、この話はするな。」


 どうやら、下手くそな誤魔化しでは聞いてくれないらしい。仕方ないから認めるが、寧ろ積極的に認めて話を打ち切らせる。

 その作戦はどうやら成功のようで、麗華はそれ以上踏み込んでは来なかった。しかし、ある程度察しはついてしまったかも知れない。それでも本当に思い出すよりはいいだろう。

 本来の麗華を知って、あんなヒステリックな壊れた彼女をもう見たくない、と思うようになった。麗華が記憶を失ったときはショックだったが、こうして出会いからやり直せた事を考えれば良かったのかもしれない。


「……で、また俺が家まで送ってもらうんですか。」

「そうなりますね!」


 先に言った通り、一つ奥の駅から歩けば俺の家の方が近い。必然的にそちらに先に着く事になる。そうするとまた女の子に家まで送られる、と情けない現場の完成だ。


「どする、また晩飯食ってく?」

「うーん……」


 俺は半分冗談で言ったのだが、どうやら麗華は本気で悩んでいるようだ。

 半分冗談という事は残りの半分は本気。家にあげれば最後はきっと母親がまた麗華を車で送ってくれるからだ。家まで着いてこさせて帰りは一人にするのはどうも気後れするが、なんか知らんけどこいつ俺には家まで来てほしくないらしいし。


「お前俺が家までついてくの嫌なんだろ?あがってきゃうちのハッハが車で送ってくれるし。」

「だから遠慮してるんだけど。」

「まあまあ、うちの親を喜ばすと思って頼むよ」


 うーんうーんと唸る麗華が鬱陶しいから半ば無理矢理に押し切る。嫌がっているなら無理強いはしないが、そういう様子ではないようだ。


「じゃあ、お母さんに悪くなければお呼ばれされます。」

「うし。」


 これで後味悪くない。でも今日送る時は俺も車に同乗しよう。これ以上掘り返されて、その穴を麗華の下手くそな言い訳で埋められても困る。

 そう思いながら鍵穴に鍵を挿すと。


「あれ、開けっぱかよ」


 玄関の鍵は開けっ放しになっていた。この時間なら母親も弟も帰ってきているだろうし、まぁ問題は無いだろうが。

 なんて、呑気に考えながらドアを開けると、それは視界に飛び込んできた。


「たでーま……ぉ、母さん……?」


 家に這入ると。

 それは、玄関の目の前で横たわっていた。

 何かから逃げるように家の中へと向かう、その背後を襲われたのだろう。背中に何かで刺されたような穴が空いている。その穴からはもう血液が出きったのだろう、辺りは血溜まりとなっている。

 片方だけサンダルを履いた足はたたきに取り残され、その無念を感じさせる。


「何、どうしたの──ひっ……」


 後ろからは麗華の息が詰まったような小さな悲鳴が聞こえる。

 背の穴を塞いで止血する必要はない。もう、出血は止まっている。止まっているというよりは出る分が出終わっただけ、だが。


「り、僚哉、君……」


 まだだ。

 父はきっとまだ帰っていないだろう。だが、弟は帰ってきているはずだ。

 死体を跨いで、明かりがついたままのリビングに向かう。扉は、半開き。恐る恐るそれを押すと──


「あ、あぁ……あああ………」


 やはりそれも、血溜まりの中にうずくまるようにして倒れていた。

 ひっくり返して腹の側を見てみると、それは母よりも酷い状態だった。

 きっと抵抗したのだろう、手や腕には無数の切り傷。しかし男といえど所詮普通の中学生。凶器を持った相手を制圧する術なんて持っていない。

 相手も抵抗されて必死だったのだろうか、翔太は母と違って腹や胸などに複数の刺し傷がある。

 こちらも、もう息はしていない。


「なんで……」


 どうして。

 誰が。

 何の為に。

 どれくらい経っただろうか、震える足でようやっとついてきた麗華が崩れ落ちる音が聞こえた。


「そ、そんな……わ、私が、私がもっと……」

「……あ?」


 麗華は頭を抱えて何かブツブツと言い始める。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

「いや、お前は何も」


 麗華は何度も、何度も、何度も何度も謝る。誤り続ける。

 次第に意識がぼーっとしてきて、その謝罪の声が段々と遠くなっていく。

 そうだ、これでいい。でかした。

 またやり直して、犯人を──


 殺してやる。






 やがて、周囲が先の静かな空間から喧騒に包まれた空間へと移り変わる。


「帰ったら通信しよーぜ」

「おけまる」

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