第13話 なんでまた



「えっ……と、は?」


 松井、改め麗華は俺の胸に飛び込むや否やしがみついて離れない。全く、意味が分からない。いつの間にそんなフラグ建ってたの?

 周りからは「フー!」とか「外でやれー」とかはやし立てられる。

 暫くすると落ち着いたのか、松井は「ごめん」と一言だけ言って俺から離れる。その手からはもう震えが消えていた。


「ど、どうしようか……」


 自分のした事を冷静に思い返したのか顔が真っ赤だが、会話を試みる事でそれを誤魔化したいようだ。俺だって皆に注目されての抱擁なんてしたくはなかったんだけどー。

 てか、どうしようかって。意味わからんよ。どうしよう、というか先ずどうしたんだよ。と、聞きたいところだったがどうも注目を集めたままでは話しにくい。

 ちょっと二人になりたいんだけど……と思って本来共に帰る筈だった二人に視線を送ると、二人はわかってますからと言わんばかりに大げさに首を縦に振って。


「あーあー皆まで言うな」

「はいはい、男二人で遊びますよーだ」


 それだけ言って返事も待たずに帰ってしまう。察しがよくて気が利いて、非常に助かる。今度お礼に感謝の言葉でもあげよう。

 今日麗華は部活の筈だが、「いいからいいから」と手を引かれて下駄箱まで向かう。


「え、お、ちょ、おい!」

「あ、ごめんなさい。焦りすぎですよね。」

「いや……」


 引かれている反対の手で逆に麗華の肩を引くと、ようやく足を止めて話を聞く姿勢に切り替わる。


「いきなり何?ほんと、意味不明なんだけど。マジで、急に何なの?」

「えっ……」


 別に怒っているわけじゃなく、純粋に疑問。放課後いきなりやってきたと思ったら飛びつかれ、急げ急げと手を引かれて。


「何か約束してたっけ?俺が忘れてるんだったらゴメン。」

「え、え……そうじゃなくて……」


 麗華は何かを言いかけて、言葉を詰まらせる。そして少し視線を落としたまま、暫く停止。

 その目が再び俺に向けられた時、先まで顔に貼りついていた不安とも心配とも言い難い感情はすっかり消え失せていた。


「あのですね、どっか寄り道しよ!と思いまして。」

「……はぁ?」


 麗華は仰々しく咳ばらいをして続ける。


「佳純に『一緒に出掛けたりしないの?いいの?』て言われましてね、心配になってしまったのです。もしかして僚哉君私に飽きちゃったんじゃ……って。」

「いや……」


 何言ってんだ?こいつ。飽きちゃったも何もそもそもハマってないし、それはお互い様だろ。もしかして麗華の方はいつのまにか俺にハマっていたのだろうか。だったらそれは嬉しくはあるけども。


「実際付き合ってるんじゃねえし、いいだろ……」

「良くないです!そんなんで周りにバレちゃったらどうするんですか!」


 確かに俺と麗華は昼飯と多少の下校は共にしていてもそれ以外では一切、ない。一緒にどこか出かけたことも、ない。とは言ってもそもそも付き合ってる『フリ』なんだし、そこまで凝る必要はないと思うんだけど…。


「甘いです!その気の緩みが危険ですよ!」

「お前は何と戦ってるんだよ……」

「なんですか!私とはそんなに一緒にいたくないんですか!」

「そういう事じゃねえけど……」


 実際そういう意味は全くないから、そうまで押し切られると断れない。

 まあ、麗華がそうまでして俺と遊びたいと思ってる、とでも思えば悪い気はしない。今日はこのまま押し切られるとするか。




「おーうま」

「バスケ部ですから。」

「サボってるじゃねえか」


 遊びに行くったって、どこに?という問いの答えとして、ボーリング場へ連れてこられた。麗華は出だしからスペア、ストライク、スペアと一本も逃していない。因みに俺はストライク、1ピン残し、続いて2本残しのスピリットと平々凡々の成績。

 俺の称賛に麗華は満面のドヤ笑みで答える。バスケとボーリングに何の関係があるのか、と誰しも思うだろう。


「ほら、早く投げて下さい!」

「んな急かすなって」


 ボールは13ポンド。正直、いまだにボールの適切な重さがわからない。重い気もするし軽い気もする。あとカーブのやり方もいまいちわからない。厳密にいえばやり方はわかるし一応できるけど、わざわざやるだけの効果が見込めない。

 で、結局ど真ん中に投げれば案の定左右に分かれた二つのピンが残る。


「へたくそー!」

「うるせー」


 俺が二投目で着実に片方のピンだけを倒せば、次は麗華の番。二人だから当たり前だけど。満を持しての登場である。二人だから当たり前だけど。

 使う球の重さは10ポンド。女子にしては重い方だろう。しかしその選択は彼女の投げ方に起因していた。

 麗華はそれを胸の前に両手で構え、数歩の助走をつけ─


 ─チェストパスの形で、それを投擲する……!!


「あーほかっつの」


 しかしどういうわけか意味不明な投げ方をされたボールは、地面と激突して絶叫するように煩い音をたてた後十本すべてのピンをなぎ倒す。ボールが申し訳なさそうにしている気さえしてきた。

 麗華は振り向くとまた気持ちのいいどや顔で。


「どうだ、こうやるんですよ!」

「やらねえよ」


 そんなんお店の人に怒られるぞ。と、思ったがなぜかそんなことはなく、麗華は無事五ゲーム丸々その投法を貫いたのだった。




「なんだかんだ普通に楽しかったわ。じゃ、方向逆だよね。」

「あっ……待って」


 三ゲームでも十分疲れるのに五ゲームもやればもう指先の感覚が無い。俺まだ若いのに。

 それだけやればもう結構いい時間だから今日は帰宅。最寄りが同じだから必然的にそこまでは一緒だ。そうして駅までつけばそこからはお互い家は反対方向。ここでバイバイのつもりで帰ろうとすると、麗華に止められる。


「プロマにいきたいのです。一番くじ、やりたいのです。」

「……そうですか。」


 プロフィンマート、通称プロマ。全国展開しているコンビニチェーンだ。現在そのコンビニチェーンではアイドルアニメの一番くじが開催されている。麗華がそれに興味あったとは、意外だ。意外な一面を、知った。


「じゃあ、いってらっさい」

「つーめーたーいー。ついてきてくれてもいいじゃないですかぁ~」

「えー面倒臭い……」


 別に俺は一番くじとか引く気無いし、そもそもそのコンビニ、結構歩くのだ。

 上空から見て大雑把に中心を駅、右に十五分で松井家、左に十分で我が家とすると、そのコンビニは下の若干うち寄りに十五分といった程度。結構遠回りだ。


「遠いし……」


 俺は心底面倒臭そうに言うと、麗華は俺の胸元にすり寄ってきてわざとらしく上目遣いでこちらを見上げる。


「ねぇ……私がわざわざ言い訳つけてもう少し一緒にいたいって言ってのに……ダメ?」


 あざとい。あざとくてかわいい。

 ウザイ。かわいいのがまたウザイ。腹立つ。イラっとする。ムカつく。なめてんのか。そんなんで俺が釣られると思ってんのか。


「わーったそういう事にしといてやるよ」

「わーい!」


 ふ。

 俺はそこまで甘くない。こうして平静を保ってマウントを取っている。色目を使っても大したこと無いな、麗華!





「ねぇおかしくない?おかしくない!?」

「まあ、確かにそれはうーんって感じだな。」


 俺は、いつの間にか麗華に連れられてコンビニに寄っていた。……何故だ?まいいや。

 麗華が手に下げる袋には、二つの景品。二回くじを引いた麗華は、片方はE賞だったもののもう片方でなんとS賞を引いたのだ。A賞の上、ラストワン賞は別枠として最上の賞。しかし、当の麗華は怒りに震えている。


「なんで!なんで一番上なのに!A賞B賞がフィギュアでその上のS賞はポスターなのさ!」


 確かに、それはおかしいと俺も思う。それならいっそハズレが出た方が嬉しいかもしれない。その怒りは真っ当だろう。

 と、それは別として。


「麗華さん?どこまでついてくんの?」

「ん?折角だから僚哉君のおうちを見ておこうかと思いまして。」

「んー……」


 前述の通り、件のコンビニから互いの家は逆方向。そして俺の家の方が近い。麗華は、買い物が終わって出てからも俺についてきていた。

 まあ別に家見られても困ることはないし、構わないけど。


「なんで男が送ってもらってるんだよ…」

「何?僚哉君私をうちまで送ってくれるんですか?」

「やだよめんどくせえ……」


 とか言いつつ、お願いされたらまたほいほい行っちゃうんだろうけどね。俺ちょろ。

 しかし、今度の麗華はあざとくねだる事もなく「だよねー」と軽く笑うだけだった。


「ん、あれだよ」

「ほう、普通の一軒家ですね。」

「何か期待してた?」


 家が見えたから指さすと、この反応。周りの家との違いなんてしいて言えばソーラーパネルが付いている事くらいだ。豪邸でも期待されていたのだろうか?もしかして俺、いいとこの子供みたいなオーラ出てた?だとしたら全然嬉しくないんだけど。

 家の前まで来るとさすがにそれ以上踏み入る気はないのか麗華は一歩下がる。ここまで来れば上がってってもいいのに。……ってもなんもする事ないか。


「じゃあ、私はこれにて帰りますね。」

「本当に送られて終わるのはなんか後時悪いっつーか恥ずかしいんだけど……」

「大丈夫です!私は恥ずかしくないので!」

「そりゃそうだろうね!」


 意味わかんねえよ。何にも大丈夫じゃねえよ。女子に家まで送られる、というのがこうも不思議に恥ずかしいとは、知らなかった。知りたくもなかった。


「や、やっぱ送るよ。それなりに遅いし。」

「いいですいいですから!部活の時だって遅いですし!」


 本来今日部活の時何だけどね。お前、サボりすぎな。バスケ部は緩いからサボりも別に叱られないらしい。なんか部活ってよりサークルみたいだ。


「いいですからじゃなくて!俺が嫌なんだって!」

「じゃあ私も嫌です!送られるのいーやーでーすー!」

「テンメェ……人にやられて嫌なことはやっちゃいけませんってママに──」


 俺らが玄関先で押し問答をしていると、その声が響いていたのかガチャリと扉の開く音がした。


「兄ちゃん、帰ったならはよ………………………………。」


 我が弟だった。翔太は停止した俺と麗華を交互に眺め、やがて納得したように頷くと扉から顔を引っこめる。そして十秒経つかどうかくらいの速度で母親を携えてかえってくる。


「あなたが!僚哉の彼女さん!?あらあらあらあら!か~わ~い~。晩御飯でも食べていかない?」





「ご馳走様でした!とっても美味しかったです!」

「いえいえ。普通のご飯でごめんなさいねえ。次来るときは御馳走用意するから!」


 てっきり断るものと思っていたら、麗華は普通に家に連絡して普通にうちで晩御飯を食った。

 母の言葉に麗華は「楽しみにしてます!」と元気よく返事をする。付き合っている相手の親と会う、なんてイベントは、本当に女側の方が気楽にできていいよなぁ。

 てか、うちのお母さんはこんなにババアっぽかったっけ?なんというか言動が一気に老け込んで見える。俺が彼女(もしくはそういう事になってる人物)を家に連れてきたのは初めてだから、嬉しいんだろう。連れてくる気はなかったんだけど。


「私そろそろお暇しますね。」

「あら!もっとゆっくりしてけばいいのにぃ~……と言いたいけど時間も時間だし、そうね。おうち近いんでしょ?車で送るよ。」

「いいんですか?ありがとうございます!」


 んー?

 俺が家まで送るよ、ったのは随分拒否った癖に、ここではすんなり送られるの?よくわからんな。車だから?

 どうでもいいか。車で送るなら俺も一緒に──


「あんたは家で待ってなさいよ。」

「「え?」」


 予想外の言葉に、俺と麗華の動揺がシンクロする。


「麗華ちゃんからはいろいろ聞きたいからね~。それに親がいたら二人で話しにくいでしょ?」

「それは、そうだけど……」

「じゃ、いこっか麗華ちゃーん。遅くなると親御さんにも悪いしね~」

「あっ、お、お許しを……っ!!」


 にっこにっこの母に連れられ、麗華は玄関へと消えていった。

 その帰り道が本来の所要時間よりもずっと長くなった事は、言うまでも無い。


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