第12話 おおげさに
『─容疑者は新興宗教〈崇輝教〉の一員である事が関係者への取材で──』
「怖いね、これ」
「そだねー」
「……。」
母と弟、俺の三人で食卓を囲む。テレビから流れるのは例によって例の事件のニュース。死者が出なかったとはいえ都内のド中心でのテロ。連日ニュースはこればかりだ。あそこ、定点カメラもあるし。
そして一躍有名になった新興宗教〈崇輝教〉。今まで聞いたことのなかった名前だが、最近急激に勢力を拡大させているまだ生まれたての宗教だという。しかしもし事件がその集団の指示であれば、終わりも近いだろう。
そのニュースを見た母親の感想に素直に同意すると、弟は無言で俺を睨む。どうしたんだろね。反抗期かな?
「渋谷っつったらお母さんの職場も遠くないでしょ?」
「いや、日本橋だから別に近くないよ…」
「んー、そうなん?」
一時間かそこらでいける距離とはいえ、普段いかない都内の事なんてさっぱりわからない。そもそも行きたいとも思わないうえに最近何回か行ったからもうお腹いっぱいだ。
「ごちそうさまでした」
「あら、もういいの?」
「うん。満足。」
弟はそういうとさっさと食器を片して二階の自室に上がってしまう。
何で不機嫌なんだろう。お兄ちゃんさっぱりわかんないや。
その後俺も晩飯を食い終わり、さっさと上に上がって弟の部屋をノックする。なんだか呼ばれている気がした。
「兄ちゃんのこと友達に自慢したりしてねえだろうな」
「開口一番それかよ。した事ねえよ。」
んー?過去にはした事あってもいいんじゃないかな?にしてもなんて反抗的な態度。まあお年頃だから仕方ないね。
俺のため息に腹をたてたのか、弟、翔太は機嫌悪そうに。
「何であそこにいたのかとか、何であんなことしたのかとか全然聞いてないんだけど。」
「あー?何ででもいいだろそんなん。」
「良くないよ!本当に危ないだろあんなん!刺されたりしたらどうすんだよ!そもそも何であんな所にいたんだよ!」
危なくなんて、ないんだよ。
危なくなんてない。何回もやり直したんだから。最早、ただの作業だったんだから。
でもまあ確かに俺が都内まで出てたのは不思議に思うわな。よし、ここは少し自慢してやろう。
「いやね、彼女が行きたいって言ったから、行ったんだよ。」
「……は!?」
予想外の回答に翔太は目を白黒させる。そりゃまあ、最近そんな雰囲気は全く出していなかったから驚くのも当然だろう。俺も驚いたし。
しかしまあ、『付き合ってる事にする』って事はあいつも俺のことそんなに好きじゃないんだな。当たり前か。
「いつの間に!写真見せろよ!」
「いつかの間に。写真はまあ……そのうちな。」
なんという事でしょう。先までの不機嫌が嘘のよう。今では寧ろテンションマックスです。何がそこまでうれしいのやら。
しかし、「えーなんでよー」とか「いいじゃんかよー」とか俺に擦り寄ってきた翔太は、何かに気がついてピタリと停止する。
そう、あれだけ馬鹿にしておいて俺は、松井と同じ轍を踏んだのだ。
「あれ……確かトラックを止めたのは大量のローション……。何でデートでそんなもん……?」
君のような勘のいいガキは嫌いだよ。
まあでも、いいか……。言いふらすような事はしないだろう。
「それはその彼女とちょっと、な。これ以上はガキには早いぞ。」
「何に使ったんだクソ野郎!」
こうして事件のことから話を逸らせる事ができる辺り、松井が出したこの選択は案外妙案だったのかもしれない。
「松井さ、これでいいの?」
「何がですか?」
松井と俺が付き合っているらしい、という噂は互いの友人知り合いにすっかり浸透し、早一週間。あのくりかえしは無事に脱して時は順調に進んでいる。日々交通事故や殺人事件は絶えず起きているが、いつもどおりの平和な日常。
「何って、俺と付き合ってる事にしちゃったからって毎昼休みこうして一緒に飯食ってるし……それが、いいの?って。」
「私から言い出したんですから、嫌なはずないじゃないですか。」
「お、おう……ならいいけど」
付き合っているのに昼も一緒にいないのはおかしい!という事で毎日こうして昼休み、俺が松井のクラスまで来て飯を一緒に食っている。
元々は本来一緒に渋谷にも来ていた友人、佳澄と共にしていたらしいが、俺と松井の噂を聞いて以降満面の笑みで『私他の友達と食べるから!気にしないで!』らしい。
因みに、『他の友達』とは一緒にいるものの同じ教室。昼休み中、めっちゃこっち見てる。今だってあまり聞かれるわけにいかない話をしているから顔を近づけているのだが、そういう度に歓声が上がる。鬱陶しい。
松井といるのは、昼だけではない。最寄が同じこともあって松井の部活がない時やサボるときは一緒に帰っている。ここまで一緒にいると、そのせいで本当に松井のこと好きになっちゃったりして。
因みにこれもまた恭太と勇正は嬉々として譲る。楽しそうで何よりです。何故彼ら彼女らは人の幸せをそうも喜ぶんだろうね。
まあ、その分には害はないからいいんだけど、多少は面倒なこともある。
「お二人さん、邪魔して悪いね、ちょっと、ちょっとだけ。」
「佳澄、どうしたの?」
たとえば、こんな風に。
「お二人さんさ、付き合ってるのに苗字呼びなの?麗華は敬語だし。ね?」
「あー……」
いや、俺は別に何でも構わんけど、松井の方はどうなんだか。と思って松井を見ると。
「僚哉君」
「麗華」
「くはぁーーーっ!ごちそうさまです!」
そうして山下佳純は風のように去っていく。求められるような初々しさとか恥じらいとか、そういうものは正直お互いに全くなかったんだけど……今ので良かったんだ。よくわからんな。
「ところで僚哉君」
「あ、続けるの?」
「だめですか?」
「いや、構わねえけど。」
しかし女子に名前で呼ばれるのはやはり、そういう気が無くても嬉しいもんだ。心なしか距離が縮んだ気もするし。
敬語は相変わらず、そのままなんだけど。
「で、何?」
「や、カップルなんだし?下らない話でもしませんか?」
時間は少し過ぎて、ホームルーム後。掃除の為に皆が机を下げ、各々帰り支度や部活へ向かう中、恭太と勇正といつものように三人で集まる。
別に寄り道する気はなくとも方向が同じだから自然とこうなる。
「今日帰ったら通信しよーぜ」
「おけまる」
この二人とはよくゲームでも遊んでいる。家庭用ゲーム機でパーティを組んで遊ぶ時間は実に週に十時間はあるだろう。…たいしたことないな。
兎に角、今日は帰りどこかに寄ったりせず帰って一緒にゲームしよう、という事で話が決まった時。
何かが物凄い勢いで教室に飛び込んできた。
それは二秒ほど教室を見回し、俺を見つけると音速にも到達しそうな速度で俺に飛び込んでくる。
「あ……よ、かった……!」
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