第9話 ようやっと



「僚哉?どした?」

「あーーー……」


 俺は思わず頭を抱えて机に突っ伏した。

 なんで。どうして。確かに完璧ではなかったが、折角うまく

いっていたのに。

 俺も松井も死なず、それ以外でも死者は恐らくいない。理想的な結果だったのに、何がいけなかったのか。

 このくりかえしのきっかけというか原因というか、スイッチとななる者が俺ではない事は確かだ。てっきりそれは松井なのだと思っていたが、違うのか?

 違うのならば、誰なのか。

 間違っていないのなら、何故なのか。


「ごめん。今日予定あるんだわ。また今度でよろ」

「あっそ。……本当に大丈夫?」


 二人の心配には「気にすんなー」とだけ言いながら手を振って教室を後にする。兎に角、まずは松井の様子を見てみよう。

 と、教室から時。


「あの、こんにちは」

「……。」


 (恐らく)当の迷惑千万の原因様が直々に俺を待ち構えていた。初対面のように、がちがちに固まっている。


「えと、突然びっくりしましたよね。ごめんなさい、中武君。これから渋谷に行くんですよね?知ってます。」


 ああ、そうか。

 『今の松井麗華』にとってこの巻き戻しは初の体験。当然戸惑っているだろうし、俺が同じく『かつての未来』の記憶を有している事を知らない。

 んー、でもどうしよう。

 松井にあれこれ思い出させない為に動くのなら、ここで白化くれるべきだ。松井は俺の『人違いだった』という供述をどうも疑っている節があったが、そもそも俺が『人違い』をしたのは今まさにこの時間。だから今『人違い』をしなければ、その疑いも少しは減らせるかもしれない。

 しかし、もしコイツがついてくる、なんて言い出したら。

 トラックを止めるための装備を買うところを見られてしまう。そうすれば言い訳のしようがない。俺も同じく繰り返している事まで、感付かれてしまうかもしれない。

 ……てか、問答無用で置いてけばいいのか。


「何それ?別に行かねえけど…マジ何?てか誰」

「あっ……え、えと」


 なんやコイツ、きも。という目で松井を見下ろす。スマンな。ついてこられちゃ困るんだよ。ってか、困るというか傷つくのはお前なんだけど。

 俺の冷たい反応が予想外だったのか、松井は動転してあたふたする。やがて言い訳が見つからなかったのかその場で俯き、すっかり静かになってしまった。目にうっすら浮かぶ涙が、先まで頑張って出していたナゾの女オーラを台無しにする。

 最悪。こんなことさせんなよ。


「は?急に泣くの?意味わかんネ」


 俺はそれだけ言って松井を置き去りにし、げた箱へ向かう。少し振り返ってみると、松井は変わらずその場に立ち尽くしていた。ついてこないうちに、振り払おう。

 角を曲がった瞬間に歩きを小走りに切り替え、俺はさっさと駅に向かった。


 全くもって嬉しくない話だが、この一連の流れに若干慣れつつあった。

 前回と同じように着替え、同じように装備を揃え、余った時間を適当に潰す。そうしていれば事件の起こる時間まで、あっという間だった。

 ここまで来ると、緊張すらしない。

 男が背筋を伸ばしたタイミングで火薬銃を打ち鳴らし、スマホに夢中の人々の意識を覚醒させる。続いてタイヤが回転を始める前にローションをぶちまける。

 前回よりもうまくいった、と言っていいのかはわからないがトラックは前回よりも鋭角に回り、数人にぶつかったものの大した被害はないままに縁石に乗り上げて停止する。

 しかし、ここで気を抜いてはならない。次の局面は先手必勝だ。

 運転席の側まで急いで走ると、犯人は案の定トラックから出てくる。すかさず手を思い切り引っ張って地面に叩きつけると、やはりその左手にはナイフが握られていた。

 頭を一回踏んでおとなしくさせた後、ナイフを持つ手を踏みつけて、踏みつけて、踏みつけて。

 凶器がその手から離れたら蹴飛ばして、もう一回頭を踏み潰す。多分、鼻の骨くらいは折れたと思う。

 おし、今回は冷静だぞ、俺。完璧!この後犯人が起き上がって数人刺される、なんて事が起こるかもしれないが、それはもう知ったこっちゃない。そこまで介護してやる義理はない。

 あまり人の注意を引きすぎる前に、バケツと紙袋を持って退散する。それでもやっぱり注目は集めていたが、しかし人の多さが功を奏した。人ごみに紛れれば、もう只の一市民だ。

 まあ、元からただの一市民なんだけど。

 よし。

 よしよしよしよし!

 やった。やってやった!今回は完璧だろ!これで後顧の憂いなし!今日は早く帰ってゲームしよう。自分への御褒美だ。…いや、本来この時間俺は友達やら弟やらと遊んでたんだよな。クソ、その時間取られたのか。クソ、俺の楽しい時間潰してくれやがって。

 あークソ。もう、最高の気分だ!

 ルンルン気分の鼻歌交じりで駅までたどり着いた時。その俺のテンションは一気に叩き落された。


「やっぱり、来たじゃないですか」

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