第6話 あとすこし
「ほけんいーんの松井さーん、いますかー!」
教室に入ってすぐ、無駄にデカイ声を出す。クラスの注目は俺に、続いて「松井さん」に集まる。目当ての人物、前回ぶつかった彼女で間違いない。
彼女は鳩が豆鉄砲を食ったように驚き、目を見開いてこちらに釘付けになっていた。理由は明白。前回の俺と同じだ。今まで起きたことの無かったイベントが、突然に起きたからであろう。
言葉を失って唖然としていた彼女がハッと意識を取り戻したのを確認して歩み寄ったその時。その間に割って入るように一つの影が邪魔をした。
「よぅ!僚哉!保険委員をお呼びか?なら俺もだな!てかお前こそ保険委員だったっけ?」
それは、同じ中学出身の戸村海人。
大誤算だった。各クラス保険委員は二人。このクラスのもうひとりは、コヤツだったのだ。その辺は有耶無耶にしていこうと思ったのに。
「にしても随分急だな。この委員会名ばかりで殆ど仕事無いんだけど。で、どんな仕事?」
「……。」
クソッ…コイツ……!……いや、戸村は悪くない。いつも空気が読めないというか、タイミングが悪いというか。だけど憎めない、そんな男なのだ。だが、すまない。お前からしたら理不尽だろうが、今のお前は物凄く憎たらしい。
「許せ……っ!」
「ぐえっっ!?」
俺は戸村の横をすり抜けると軽く…否。思い切り、渾身の力を込めて首筋に手刀を入れた。それで気絶してくれるのが正しいシナリオだったのだが、そこまでは上手くいかなかった。が、戸村は変な声、というより音を出しながら机を薙ぎ倒して転ぶ。その隙に俺は「松井さん」の鞄と手を掴んで、教室から引っ張り出した。
「ちょ、ちょっと!止まってよ!」
「ん?おお、スマンスマン」
勢いで手を引いたまま下駄箱の手前辺りまで走った頃。その手の主に頼まれて足を止める。鞄を渡すと「どうも……」と不本意そうに、一応礼を言われる。
「ハァ…ハァ…なん、なの……説、明…して」
かなりのスピードで来たお陰で、そうとう疲れたようだ。彼女は息絶え絶えになんとか声を絞り出す。
「そか。いきなりごめん。俺は中武僚哉。隣のクラスの保険委員では無い人です。」
「……松井、麗華です………」
俺に合わせて彼女も自己紹介をしてくれる。これもまた不本意ながら、という感じだが。彼女はその雰囲気のまま質問を投げ掛けて、というより投げつけてくる。
「何、何なのいきなり!私たち初対面だよね!?嘘までついて呼び出して、無理やり引っ張って、新手のナンパ?私やらなきゃいけない事が──」
「初対面、かな?今日、てか前回の今日。廊下でぶつかった仲だろ?」
「!!」
またも若干ヒステリックになっていたが、ひとつ鎌をかけると分かりやすく反応する。ビンゴだ。「前回の今日」なんて言い回しに反応するという事は。
彼女も、「くりかえし」ているのだ。
ずっと、ひとりだった。ずっとと言っても精々数回。だがそれでも俺にとってはかなり精神的にキツかった。やっと、仲間に会えた。喜びに浸りたい所だが、そんな余裕は無い。
「まぁ、とりあえず移動しながら話そうぜ。」
「移動?」
「うん。渋谷に決まってんだろ」
「──。」
すると。彼女の表情は途端に恐怖に染まる。まるで封印していたトラウマでも掘り返されたかのように。そしてその場にしゃがみこみ、頭を抱える。
「何で、どうして、もう…いやだよ…!ムリだよ、只の高校生にどうにかできる事じゃないよ……!!」
「え、ちょと」
「私が悪いんだ。せめて私が死ねば、きっと時間は進む……あれ、あんたが生きてたらどうなるの……?ねえ、ねえ!」
「……。」
彼女は半狂乱で俺に掴みかかってくる。首でも絞めようというつもりか。
あーあ。
ようやく、恐らく唯一の理解者を見つけたと思ったのにもう壊れかけではないか。あー、あー腹立つ。大体、こちとら前回はめちゃめちゃやる気だったのに水差してくれやがって。
俺はこちらの首を絞めてくる彼女の頬を、思い切り、それはもう本当に思い切り平手打ちした。そしてよろめく彼女の胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「……ッ」
「こっちはよ、本気で何とかしようとしてんの。お前が諦めるのは勝手だけどさ、お前が死んだらまたやり直しになるってこともあるかもしれないだろ?だから邪魔すんな。大人しくしてろ」
言ってしまえば、事件を阻止したところでこのループが終わる保証もない。が、やるだけの価値はある。無駄に自殺されてループの回数を積まれるのは迷惑だ。
「中武ー、痴話喧嘩かぁ?女に手をあげるとはなぁ。」
と、睨み合っているとき。どこから見ていたのかしらないが担任の鮫島がニヤニヤしながら近寄ってきた。
うーん、面倒だ。このまま捕まってやる程こちらは暇ではない。暇ではないから……
「おい!来るならさっさと靴履け!」
「えっ……」
「おいこらー」
それだけ吐き捨て、彼女を置いて逃げるように学校を飛び出した。
「結局来んのな」
「……ここで何買うのさ。」
あの後。コイツも鮫島から逃げるように走って俺を追いかけてきて、結局ずっとついてきている。今回はまず百均でお買い物だ。
「マジで俺のウキウキ買い物タイム遮ってくれやがって、ふざけんなよ」
「知らないよ……。」
このループの間。お互いに何をしてきたか、とかは話していない。それ以前に電車でも殆ど口を聞いていない。ほぼ初対面で首を絞められ、思い切りビンタした仲だ。結構気まずい。
お互い黙ったまま。俺が物色しているのを彼女は隣で見ている。と、沈黙が重かったのか彼女が先に口を開いた。
「中武……君。何買うの?てかそれでどうするの?」
「呼び捨てでいいよ。俺もそうするから」
「松井」に、初めて名前で呼ばれた。呼び捨てでいい、と言うと松井はうん、と不機嫌そうに頷く。
いきなり喧嘩をしてしまったが、俺たちはきっと唯一無二の理解者。なるべく仲良くやっていきたい。
ところで、今回はなぜ場所を変えたのか。それは作戦を変えた、というよりあれだけルンルンしていた俺の作戦が阿呆だった。
前回は手製のスパイクベルト、保険に図太い釘でタイヤをパンクさせよう、というものだった。今更考えればまあ、アホかと。釘でトラックのタイヤをパンクさせようものなら空気圧で指くらい吹き飛ぶかもしれないし、ガキんちょお手製のスパイクベルトでどうにかなるとも思えない。
で、今回。百均はなるべく大きめのバケツと、それの入る紙袋。あとは時間を潰す為のお菓子だけ。
「ね、本当にトラックなんて止められるの?」
「さあ。」
松井の疑問をきっぱりと切り捨てると、彼女は口を開いて絶句する。
そりゃあ、言い切れはしない。だが。
「取り敢えずなんか、やんなきゃだろ。車もナンバーもわかってっからな。」
「えっ……そこまでわかってるなら早く行って止めた方が……」
「あーいやいや」
手を振って松井の言葉を遮る。
今回の目的は事件を止める事ではなく、被害者を減らす、あわよくばゼロにすることだ。事件を事前に止めてしまえば、奴は日程をずらして同じことをする可能性がある。それでは意味もキリも無い。犯人には一度事を起こしてもらい、そのうえで法的に拘束しなければならない。
そのためにはまず、買い物だ。
「………。。。」
「どしたよ」
松井は俺と少し距離を置いて歩く。その頬は小さく膨らんでいた。
「……男に連れられて大量のローションを買わされるとはね。」
「おいおいおいおい、人聞きの悪い言い方はやめてくれぇ?」
そんな羞恥プレイの被害者みたいな面されても困る。外で待ってていいと俺は言ったのだ。
百均の後。俺たちはとある激安の殿堂にて大量のローションを購入した。勿論18禁の方だ。思いっきり制服なのだが、店員のイケメンお兄さんはにっこり笑ってレジを通してくれた。ここまで大量となると一周回ってオーケーなのかな。文化祭の買い出しか何かと思われたのかもしれない。ローション使う文化祭ってなんだよ。
何はともあれ問題なく買い物は終わり、渋谷に着いた頃にはもう六時手前になっていた。
交差点に着くと、ちょうど例のトラックが通り過ぎる。ごく普通に、何の異常性も無く。俺はそれが最終的に来る方向、時間。指さしてそれらを松井に説明する。
「ほら、あれだよあれ。」
「あ……確かにあんなだったかも……」
それを聞いた彼女は納得したように頷く。コイツ、まさか最初に事件が起きた時にまさにこの場にいたのだろうか?というか、学校でのあの様子から察するにそうなのだろう。
だがその疑問は声には出さなかった。思い出したくないだろう。
やがてタイムリミットまで十分を切る頃、お互い配置につく。アホらしい作戦だが、やるしかない。
歩行者の信号が、『危険』を示す赤から『安全』を示す青へと変わり、待ちくたびれたように人々は一斉に足を進める。だが、本当は『安全』などではない。俺と松井だけが、それを知っている。
歩行者の集団、その前線同士がぶつかろうとする、その時。
──男は目を見開いて、にたりと笑う。
男の猫背が少しだけ伸びた、その瞬間。俺は引き金を引いた。百均にて購入したおもちゃの銃。引き金を引くと爆音が鳴るだけの、おもちゃのリボルバー。
辺りに鋭い爆音が響き、ぼーっとしていた人が、スマホを眺めていた人が、友人と駄弁っていた人が、唐突に頬をはたかれたように、一斉にこちらに注目する。
「避けろぉぉぉ!!」
俺は恥も惜しまずに大声を上げる。同時、大型のトラックの、さながら獣の唸り声のようなエンジン音が響く。奴の耳には届いていないのか、はたまた正気など失っているのか。男はこちらに目もくれず、車を急発進させる。本来なら、このまま大量の人を轢き殺していたトラック。しかし、そうはいかなかった。
左の前輪が粘性の強い液体に取られ、その影響で左に旋回したのだ。ロクにスピードも出ないトラックにぶつかる人間はいなかった。人々はさながら天敵を避ける鯖の群れのように道を開き、トラックは木に衝突して停止する。
誰一人轢かれることなく、トラックは停止したのだ。
やった。やってやった。
「ぃよっしゃぁぁぁ!!」
俺はまたしても羞恥心を忘れて一人叫んだ。ざまぁ見ろ。あのムカつくイカれ面に一発ぶちこんでやった気分だ。そんな高揚感と達成感で一杯で、
──完全に、浮かれていた。
歓喜に舞う俺を他所に、男はよろめきながらトラックを降りた。その手には、鋭く光る何か。それを握りしめて向かう先、そこには、腰が抜けたのか地べたにへたり込んで動かない少女。彼女は、旋回したトラックを避ける時に周りの人間と共に結構走ったらしく、俺からは遠く、奴からはそれなりに近い位置にいた。
つまりは俺が走っても間に合わず。
「待て待て待て待て──っ!!」
松井は、予期せぬ展開に身動きが取れず、しかしそんな彼女を庇ってくれる人間はいなく。
男の手に握られていた光は、彼女の腹へとねじ込まれる。引き抜かれたそれは、今度は赤黒く輝いていた。男はまたもそれを彼女の腹へ突き刺し、引き抜き、突き刺す。
数回繰り返した後、抵抗する力の弱まった松井に興味を失ったように立ち上がり、手当たり次第に周囲の人間に切りかかった。
「──おぃっ……!!」
俺は駆け寄って彼女の体を抱き寄せる。己が瞬間移動出来ない事をこれほどまでに呪ったことがあるか。腹に空いた複数の穴からは絶えず鮮血が流れ続ける。ブレザーを脱いで押し付けるが、止まる気配は無い。
焦る俺があまりにも滑稽だったのか、松井は弱々しく笑った。
「ちょ……まだ、あいつが……」
「るせ。黙ってろ。喋んな。」
犯人がまだ暴れているのか、はたまた一般市民にでも取り押さえられたのか、ちらとそちらを確認する気にもならなかった。彼女から目を離せば、その隙に死んでしまうのではなかろうか、恐ろしかった。
「あは、なんで、そん、な……必死、なのさ……」
なんで。当たり前だろう。同じ時間を「くりかえす」。思い返せば数回だが、一介の高校生にはとんでもない体験だった。そしてその気持ちを、経験を共有できる唯一の存在は、お前一人なのだから。
まだ初めて言葉を交わしてから二時間程度。だが俺にとってそんなに浅い存在ではない。そしてその存在を、失うのが怖い。
「これで、いいんだよ。かなり、マシ、に、なったし、私が死ねば、時間も……あれ、中武が生きてる……どう、なるのかな……」
「黙ってろっつってんだろ!」
どうやら犯人は周りの一般男性に取り押さえられたらしい。事件は、解決だ。だが、無事ではない。ダメだ。こんな結末、看過できない。
その身を犠牲にしてでも事件を解決したから良いとでも?自己犠牲など、知ったことか。んなこと、あってたまるか。
俺の腕の中で弱々しく刻まれる鼓動がだんだんと弱くなり、僅かに聞こえていた呼吸も少しずつ浅くなる。そして彼女の生命活動が弱まるのと反比例するように、俺を襲う睡魔が、強くなる。
そうだ、それでいい。ここまできてこんな最後は、俺は認めない。やり直す。完璧に満足できる結果が出るまで、やり直してやる。お前が死なない未来を、死にたくないと思える未来を、掴んでやる。
鼓動の聞こえなくなった彼女の胸に俺は頭をもたげ、意識を手放した。
「おーい、僚哉?」
……うん。
「ごめん、俺今日予定あるんだ。二人で遊んで。」
「そっか、わかった。」
「じゃまた今度お前も来いよ!」
ちゃんと、帰ってこれた。
俺はさっさと教室を出て、廊下沿いの窓から隣の教室を覗く。良かった。ちゃんと、生きている。
黒に近い赤髪の彼女は、見たことの無いほど明るい笑顔を振り撒いていた。相手は、前回俺が乱入したときにも一緒にいた女子。
やはり、ああは言っても生きて友人と会えたことはきっと心底嬉しいのだろう。様子から察するに、前回、前々回と荒れていたのも忘れさせるような明るさ。なにか、良い意味で吹っ切れたのかもしれない。
だが、今回俺は、彼女をつれては行かない。
最初からそれで良かったのだ。一人で出来る事だし、そうすればアイツは死なずに済む。付き合いは浅いとはいえ知った人間の無惨な姿というのは、知らない人間が挽き肉にされるよりも辛かった。だから、お前はもう来るな、俺が一人でやると伝えようと思ったのだが。
「おせぇ」
松井の奴、友達といつまでもべちゃくちゃ喋ってて出てこない。あいつ、状況わかってんのか!?それとも行く気ないの!?だったら早く言いに来いよ!
そして十五分ほど経ち、彼女はようやっと教室から出てきた。ずっと話していた友人を連れて。
「ちょいちょいちょい、待てよ待てよ。」
「……??」
……??じゃねえよ。
「松井お前、その友達まで連れてく気なの!?」
さも当たり前のように友人と出てきた松井。お前、あの場に更に友人連れてくとか、正気か!?前回の反省、にしても人手に問題は無かっただろ!
が、当の彼女の返事は俺の質問の意図を解した物では全く無く、それ以前のものだった。松井は、不審者へ向けるような目を俺に向け、そして今度はそのまま隣の友人に向き、一言、言ったのだ。
「えっ……と…誰?佳純、知り合い……?」
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