第3話 さんかいめ


「おーい、僚哉?」

「ん、ああ、ゴメン。」


 やはり、夢だった。ホームルームが終わり、二人が話しかけてきたこのタイミング。

 今回はなんとなく覚悟ができていたからか、二回目だからか。意識の覚醒が圧倒的に早かった。そして今回は、やるべき事がある。

 二周回った夢。いや、予知夢と言っていいだろう。『二周回った』というだけで夢落ちだってあり得るし、『これが三週目の夢』という事もあり得る。だがここで今まで通り遊ぶか帰るかして後悔するのはまっぴらごめんだ。


「ごめ。今日は予定あっから無理。二人で遊んで。じゃなっ」


 それだけ言葉を残して俺は一人教室を出る。だが今回はネガティブな意味じゃあない。

 善は急げだ。これも夢落ちだとかはいっそ忘れてしまえ。ここはひとつ、民草を救ってやろうじゃないか。


「ちょ、おい……」

「あーばよー」




「……さて。」


 さて。

 勢いで学校帰りにそのまま渋谷に来たのだが、本当に勢いだけだった。何にも計画がねえ……。

 分かっている事と言えばスクランブル交差点という現場と六時三十分の時間のみ。トラックのナンバーも所在も分からない。これでどうしろというのか、俺自身に聞きたいくらいだ。


「くっそ、きりねえ……」


 取り敢えず手当たり次第に散策するが、キリがない。当然だ。これだけ人の集まる都市で大型トラックが一台だけのはずなかろう。そもそも今現在近くにいる確証すらない。

 だがだからといって六時半までそこらをほっつき歩くのも勿体ない。『どうせ夢だ。』いっそ開き直ろう。

 まず盗難車の可能性を考え『盗難車情報』で検索してみるが、これといったものは見つからない。そもそも機能しているかも分からないようなサイトしか出てこなかった。


「あのう、すみません……」

「おや、どうかしましたか?」


 俺の次なる手。開き直ってこその一手。交番凸だ。警察から直接情報を引き出せれば一番良いと思ったのだが。


「最近盗難車か危険運転なんかのトラックってありませんでしたか?」

「ええと、トラック……?目立ったのは無いと思うけど……」


 交番には若いお兄ちゃんとおっさんの二人のお巡りさん。後者のおっさんが優しく声をかけてくれたからその勢いで話してくれないかと聞いてみる。

のだが、にしても聞き方が悪かったか。いや、そもそも警察から情報を引き出すなんてどう聞けば良いと言うのだ。

 案の定彼は返事は歯切れが悪く、それどころかなにやら疑念の表情でこちらを見る。うむ、完全に会話の選択肢を間違えたか。そもそも最初から詰んでいたか。


「………えと、そうですか。ありがとうございました。」

「あ、君!ちょっと!」


 面倒な話になる前に速足で交番を出る。きっとこれ以上は話ても無駄だ。「予知夢を見ました。今日トラックが暴走します。」と言って信じて貰えればどんなに楽なだろうか。しかしそれでは頭がちょいとイっちまってると思われるだけ。それだけなら構わないが万が一拘束されて親へ連絡、という展開にでもなってしまえば事件を指くわえて眺めるだけになってしまう。それだけは避けたかった。

 全く、俺は大馬鹿物だ。

 何が後悔はしたくない、だ。いっちょ前にかっこいい台詞だけ吐いておいて、実際には何の情報も持たずに行き当たりばったりでやってきただけ。今だってトラック探しとは名ばかりのただの散歩をしているだけ。早速後悔しているではないか。

結局事件を止める事など、俺一人には到底できないのだろうか。



 現在午後六時。ごった返す人々。雑踏の中、俺は一人ふらふらとさ迷っていた。何をすればいいか。何をすれば救えるのか。全く分からない。

 あれ以降俺はこの辺りをぐるぐると回るだけで無為に時間を浪費していた。歩行者信号が青へと切り替わる。停車する車を見渡せば、いくつかトラックはある。だがどれが目的のトラックなのかわからない。ニュースで見た車両には荷台に青っぽいロゴがあったのを覚えている。が、それらしいロゴのトラックを見つけても残念ながらピンとはこない。

 そんなこんなでトラックが視界に入るたびにびくびくと脅え、それが普通に発進するのを見て安堵を繰り返していたのだ。


「……ん?あれ……」


 そんな時だった。大量の歩行者が行きかう中、おとなしく停車する数々の車両。その一角で前から三台目に止まる一台のトラック。それはなんだか、さっきも見たような気がした。少し気になってそのトラックの行く方向へ軽く先回り。信号が切り替わるとそれは発進のスピードも車間距離も問題なく。そのまますぐに角を曲がって見えなくなってしまう。

 気のせいだっただろうか。少し追いかけるがすぐに見えなくなってしまう。

 が。一分くらい経ったころだろうか。俺の中に芽生えた小さな疑念は、ほぼ確信へと変わった。

 先のトラックがまたも交差点へきたのだ。間違いない。このトラックは俺と同じように、しかし俺とは全く違う逆の目的のためにここをぐるぐる回っているのだ。

 最前列で停車するためか、はたまた迷っているのか。真意はわからないが、今はこのトラックへ集中しよう。荷台のロゴは食品会社のもの。青を基調としたものだ。流石に走って追いかけるのは不可能。俺はただひたすらそのトラックを目で追った。時間は刻一刻と進む。次第に俺は心臓が誰かに鷲掴みにされているように息苦しくなる。

 周りの人間から見たら俺の様子は異様だったかもしれない。が、周りの目を気にする余裕などとうに失っていた。


 そして、午後六時二十七分。現在、歩行者信号は赤。あと数分で、惨劇が起きる。実際に流れた時間はほんの数分。だが俺にはそれが数時間にも感じられた。

やがて、信号が切り替わる。次に例のトラックが来る場所はわかっていたから、あらかじめその目の前に来ていた。例のトラックは予想通り俺のすぐ目の前に停車する。恐る恐る運転席を覗くと、自分の考えが真の意味で確信へと変わる。

 三十代半ばだろうか、男の目は血走っていて、呼吸も荒い。明らかに様子がおかしい。それはきっと間近で声をかけても全く耳に入らないであろう、そんな程に。

 ……と、おい、俺。このトラックが、奴が犯人だと分かったところで、だ。どうやって止めるのだ?

 まずい。まずいまずいまずい。馬鹿、馬鹿馬鹿馬鹿!!犯人を追いかけることに夢中で何も考えちゃいなかった。どうする、どうすれば俺の身一つで被害を最小に抑えられる?

 半狂乱で叫びながら飛び出せば皆気持ち悪がって引いてくれるだろうか?否、それでは奴が時間をずらすだけだ。

 考えろ、考えろ考えろ、考えろ!

 焦るうちにも無慈悲に時間は進む。そして遂に、歩行者信号が青に。何も知らない人々は一斉に歩を進める。

 待て、待ってくれ。

 信号が青になっても歩き出さない俺を迷惑そうに周りの人間は睨みつけ、若干ど突きながら追い越していく。やめろ、待ってくれ。待ってくれよ。

 ただあれを止める術がないからではない。俺は、恐怖で足が竦んで動けなかった。

 こちらから渡った人と反対側から渡ってきた人とがぶつかる頃。

 きっと誰も気付かないであろう。


 トラックの運転手は、車内で一人狂気的な笑みを浮かべた。


 そして同時、急発進する。トラックは鈍い音をたてながら次々に人間をなぎ倒す。人間が、只の肉の塊に変わる音。日常が壊される音。人は動揺する余裕すらなく、無慈悲にも、無残にも轢き潰される。


「──っ……ぁ……」


 言葉が、出なかった。俺は只その場にへたり込んで、それを眺める事しかできなかった。

 俺は、無力だ。民草を救ってやろう、だなんて大口をたたいておいて、いざとなったら怖くて足がいう事を聞きませんでした、だと。あほかと。

 今目の前でひき殺されている人々。彼らは俺が殺したようなものだ、とは言わない。殺したのはあの運転手だ。しかし、俺なら、俺ならばどうにか救えるかもしれない命だった。所詮は救える『かもしれない』だけだったのか。



「……あ!君!」


 どれほど時がたったのか分からない。周りの人間がどこかへ消えても、パトカーや救急車が来ても、俺はその場で呆然と座り込んでいた。そんな俺を遠めに見つけて走ってくる一人の男。どこか聞き覚えのある声の中年の男。先ほど交番で話した警官だった。


「大丈夫か!?」

「……うっ……」


 もう、何も見たくない。俺は両手で顔を覆って視界を遮った。

 大丈夫なものか。俺は、俺は何の役にも立たない屑だ。あの予知夢は神が俺に与えたとでもいうのだろうか?ならばさぞやがっかりしていることだろう。


「すいません……俺、俺、わかってたのに何にも、何にも出来なかった…。本当に、俺…俺……!」

「……!?君は……」


 さっき一瞬会話した、ただそれだけの仲。しかし見たことのある顔を見た、それだけでなんだか涙が溢れて止まらなかった。彼も何かを察したのか否か、分からない。が、何も言わずに只背中をさすってくれた。

 信じて貰えるかはわからない。が、彼にはすべてを話してみよう。

 背をさする大きな手がとても心地よく、俺は子供のように泣き疲れたのか急な睡魔に襲われて──


「おい!君!大丈夫か!?おぃ……!」


 薄れゆく意識の中。周りの喧騒もサイレンも聞こえず、彼の声だけが俺の中で木霊していた。








「おーい僚哉?どうしたー?聞こえてっか?」


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