第2話 くりかえし
「ん、あ、え?」
「どした?狂った?」
ここは、教室。なぜか教室。おかしい。俺はこいつらとカラオケに行き、二時間遊んで帰り。そして一時頃に寝落ちした。はずだった。つまりこれは夢?
ふと、痒く感じたこめかみを掻く。スッキリする。首や指の関節を鳴らす。スッキリする。目の前で左右に揺れている恭太に肩パンをする。スッキリする。この感覚はきっと、夢では無い。
では遊びに行って、夜には寝落ちした、というのが俺の妄想なのだろうか。
「いってぇ!何すんだよ!?」
「おい、本当に大丈夫?」
「ん、ああ……ゴメン。行くか!」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべる二人を引っ張るように教室を出る。きっと俺は立ったまま夢でも見ていたのだろう。いつまでも考え込んだって仕方ない。時間の無駄だ。この事はさっさと忘れて遊びに行こう。
「今日は98点取るわ」
「どうせ演歌だろ」
便宜上、例の件は夢としておこう。俺はやっぱり夢の事が忘れられずに黙り込んでいた。その間も電車で恭太と勇正の二人は記憶にある会話を続ける。二人での会話は夢の通り。しかし夢の中で俺が参加していた会話で俺が黙っていると多少内容は変わっていた。
「ドアの横に座ってた人めっちゃかわいかったな。超タイプだった。」
「マジ?言えよ」
やはり、殆ど夢と同じ。同じ電車の同じ車両に乗り、夢と変わらず遅延も起きずに到着する。
気持ち悪い。意味が分からない。兎に角、気持ち悪い。
「なぁ、大丈夫か?」
俺の顔色が悪いことに気が付いたのか、勇正が俺の目を覗く。遊びモードだった恭太もその言葉につられてこちらを窺う。よく気付いたな。…いや、当たり前か。俺は学校を出て以降、殆ど口を開いていなかった。明らかに様子がおかしかったのだろう。
「んー…ごめ、俺先帰るわ。お前らは遊んで帰りなよ。」
「あ、ちょ、おい!」
大丈夫、と言って無理に一緒にいても仕方ないだろう。二人に気を遣わせるのも申し訳ない。そう思い一言だけ残して俺は踵を返す。
背後から呼び止める声が聞こえるが、振り返らずに駅へと向かう。きっと疲れがたまっているのだろう。
いくら若いとはいえ育ち盛りが毎日二時過ぎまで遊ぶのはまずかったか。今日は早めに寝よう。
「お、おかえりー。兄ちゃん早かったね。マルチしようぜ!」
家に着くと弟だけが帰っていた。母親はまだ仕事から帰っていないらしい。弟は俺が帰るやいなや協力プレイのスマホゲームに誘ってくる。
「ん…いや今日は……」
これも夢だったらやるだけ無駄ではないか、と思って言葉を失う。何だよ、これも夢って。そんな事あるはず無かろう。それよりもこのお誘いは夢では無かったイベントだ。気分転換にでも楽しむべきだろう。
「やるか。手洗ってくるから待っとけ!」
「お、やばいやばい死ぬ死ぬ!兄ちゃんへルプ!」
「もうちょい耐えて」
弟とスマホゲームのマルチモードをやって二時間近くたっただろうか。母親も帰ってきて夕飯の支度も始まった頃、つけっぱなしになっていたテレビの画面が突然切り替わり、一人のキャスターが映し出される。
俺は思わずスマホを手から落とし、その画面にくぎ付けになった。
『速報です。先ほど午後六時三十分頃、渋谷のスクランブル交差点で大型のトラックが暴走。死傷者など具体的な数はまだ分かっていません。現場に繋ぎます。』
夢、じゃあ、無かった。さすがに偶然とも言い切れない。夢だとしたら最早予知夢とすら言えるだろう。
「兄ちゃん?おーい、兄ちゃん!」
「!……っ…ぁ、ああ、悪い。」
「もー死んじゃったじゃーん。てか何これ、凄いな」
速報を見て弟は気の抜けた声を漏らす。それは、確かに俺の記憶、便宜上『夢』としていたものの中に確かに存在する出来事。まさか、突然に俺の頭に浮かんだ妄想が予知夢だったというのだろうか…!?もし、そうだとするのならば。予知夢だったのならば俺はこの事件の被害者百人以上の命を救うことが出来たのだろうか。だがそれも今となっては手遅れだ。
「二人共ご飯だよ。準備しなー。」
台所から掛けられる母親の声が、ずっと遠くに感じた。周りの音を気に掛ける余裕なんて、無かった。
「ごめん、ちょっと食欲無い。」
俺はそれだけ言うとふらふらと自分の部屋へ向かう。後ろから俺を追う声に構う余裕なんて、無かった。今日はもう寝よう。風呂にも入らず、歯も磨かず。一日くらい大丈夫だろう。そして明日の朝早起きして済ませれば良いのだ。そう考えて制服を脱ぎ捨ててベッドに潜る。
勿論眠れるはずも無かった。大して疲れてもいないからそもそも眠れる時間でもないのに、この精神状態で眠れるワケがない。
俺は、どうするべきだったのか。『夢』で片付けずに自分の記憶を信じて渋谷へ向かうべきだったのか?俺は多分正常な脳の持ち主だ。そんな判断が下せるはずは無い。
では、でも、ならば。
意味も生産性もない罪悪感に苛まれる。気を紛らわそうとスマホを開いても、俺の感覚では進めたはずのデータが存在しない。それを見てゲームすらもやる気をなくす。普段やりたくもない勉強をやろうかとも考えたが、事件の、夢のことで頭がいっぱいで集中できないだろう。
ベッドで横になったまま悶々と天井のシミを数えたりしていると、ふいに大きな欠伸が漏れる。そしてそれを追うように強烈な睡魔。『夢』の中であったのと全く同じだ。覚えのある睡魔につられ、時計を見る。時間は、やはり一時前。こんな時間までただただ天井を眺めていたのか。無為に時間を過ごしたなあ。
だが、同時にこうも思う。
再び来た突然の睡魔。夢と同じ。もしかしたら今、この状況も夢なのだろうか。
ならば、だとしたら。
亡くなったはずの人々を救う事が出来るのかもしれない、と。
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