第34話 桜の宣戦布告
黒づくめ達が落ち着かなさそうなので僕は瞳を黒に戻していた。彼らは「なるほどだから聖女様の浄化能力が効かなかったのですか」としみじみとして頷いていた。
臨機応変に適応できるのか、僕の事も割とあっさり神認識しているみたいだし。うん、えーとね、その傾倒しまくったキラキラお目目はやめてね?
僕は神だけどただの男子高校生なんだよ。強面のおっさんから崇められてもそんなに嬉しくない。
「そう言えばどうして聖女ちゃんは僕たちにまで聖女って隠してたの?」
ミカエルが不思議そうと言うよりは、ちょっと拗ねたようにした。
「それは……神様を庇ってと申しますか。神の能力や超感覚、気配を断ってらっしゃるようでしたし、何かワケあって地上人に身をやつしているのだろうと思いましたから。……聖女の私が一緒に居ると知られれば、神代君の正体への疑念を抱かれてしまいます。まさかやつしていたのではなくて人間そのものだとは思いもよりませんでしたけれど。区別もできなかったなんて私もまだまだ未熟ですね」
「あーっそっか。聖女ちゃんが普通の男の人と暮らしてるわけないもんね。性欲失くして出家しちゃうから」
「ミカエルあけすけ過ぎますよ。言葉を選びなさい、言葉を」
「だよね、女の子の前なんだしね」
ガブリエルは冷ややかに、僕がやや呆れると彼は「言葉?」と自覚なし。こういう天然は要らないよミカエル。後でガブリエルに教育的指導してもらわないとね。
そこはともかく、いつまでも夜の公園で立ち話もなんだ。天使が一般の人に視認できるかは別として、見える面子の組み合わせが不審しか与えない。
僕、桜、黒づくめ二人。
少年少女が怪しい人達に襲われてますって通報されないうちに退散しないとね。
「皆あのさ、狭いけど一旦アパートに戻――」
僕は言葉を止めて黒づくめの男たちを一瞥しそして、公園の入口に目を向けた。
強烈な天使や聖女の気を感じて大慌てでやってきたんだろう。
たった今到着したばかりの男――宗像神父がそこにはいた。
「――るのはもう少しだけ遅くなりそうだね」
オールバックに法衣にサングラス。
高身長の彼は広い肩で荒い呼吸を繰り返している。
「あら、叔父様」
誰よりも先に桜が呟いた。
え、おじ? 父親じゃなくておじさんだったんだ。
まあでも桜を大切に思う気持ちにどっちなんて関係ないけれど。
「良かったね桜。大急ぎで来てくれたみたいだよ。君が思ってる以上に君を大事に思ってる人が」
地位も上の方なのか、黒づくめたちが彼を見て畏まっている。
へえ、組織でも持て余してる厄介な問題児じゃなかったんだね……。
「桜! 強い気を感じて何事かと思って来てみれば、やはり教会に見つかってたのか!」
宗像神父は桜の姿を見るや一直線に走り寄って来て、がしりと彼女の両肩を掴むや、
「いなくなったって聞いて心配したんだぞおおお! 聖女が嫌なら叔父さんと一緒に普通の放浪生活してもいいから、勝手にどこかにいなくなったりしないでくれよおおお!」
……大号泣した。あと僕は普通の放浪生活なんて聞いた事ないや。大多数の日本人は放浪生活を普通とは捉えないよね。
彼は傍に顕現している天使達には目もくれない。あ、まさかの見えてない系?
「ん? おおっ、これはこれはお初にお目にかかります天使様方」
あー、見えてはいるんだ。でも何か本当に天使って思ってるの? 本格的なコスプレイヤーとか思っていそう。
「叔父さんはっ、叔父さんはなっ、兄貴たちの忘れ形見を失ったら生きていけないからなあああっ!」
「ち、ちょっともう叔父様ってば、この時間だとご近所迷惑になりますから泣き止んで下さいっ」
ふう、何だか思った以上に暑苦しい再会だ。
けれど、おーいおいおいと姪っ子に抱き付いて男泣きする神父に桜は済まなそうな気まずそうな、それでいて照れ臭そうな顔になっている。
「大丈夫です。聖女は続けますから」
「そうか? 本当に大丈夫か? 世を儚んだりしないな!?」
「はい。大丈夫です。意義を見つけられそうな気がするんです私。……ああいえ、もうほとんど見つけているのかもしれません」
そうして彼女は僕を見る。
「立派に聖女として天寿を全うすれば、きっと天界で私の意義にお目にかかれるでしょうから」
神父は不思議そうな様子だ。
「私、聖女なのでヴァージン喪失で力を失うのは避けなければなりませんよね。よくよく教会の聖女教育でもそう言われてきました。ですから、聖女の間は貞操を守るのに努めます。……まあ失敗するかもしれませんが」
桜は僕をじいーっと見つめてくる。え? 何?
「とにかく、そんなわけで私は現世の殿方にではなく――天界の殿方になら堂々と恋をしてもいいのですよね?」
「桜、それはどういう意味だ? 叔父さんにはさっぱりなんだが? 天界の殿方とは?」
「ふふっ、叔父様には内緒です」
桜は意味深な微笑を湛えると、わざわざ僕の正面にやって来る。
「私決めました。このまま皆と教会に戻ります。神代君には随分とお世話になりました。諸々をありがとうございました。後日改めてご挨拶はさせて頂くつもりです」
「ええと、本当にもういいの?」
「はい。聖女を頑張りますね。そしていつか、ずっと先かもしれませんけれど必ず――」
「……?」
「――――あなたを落としに掛かります」
花が、最高に美しく綻んだ瞬間だった。
彼女の顔が近付いて、離れる。
「――っ!?」
一瞬の出来事だった。
不意打ちで、頬にキス。
真っ赤になる僕と同様彼女の方も頬を赤くしている。お互いがお互いの反応に余計に照れて赤くなる。
宗像神父と黒づくめたちが
でも、さっきも少し思ったけれど、彼女の心からの笑顔はどんな爆弾よりもヤバい。
何って破壊力。
この笑顔を普段からしていたら教会の風紀はエライ事になっていただろう。彼女の煩悩浄化力も追い付くかどうか。
……もしかして彼女が控えめな笑い方をするのって、聖女としての品格とか慈愛というよりむしろそっちのせい? なんてアハハそんなわけないか。
「ひとまずはこれでお別れです」
「え、あ、うん。元気でね、桜」
「はい。ミカちゃんとガブリエルさんもそのうちお電話致しますね」
「待ってる~」
「お待ちしてます」
天使は地上に天の声を届け、また地上の声を受け取れる。
いいなあ……。
神は余程でない限り基本地上の事象に直接関与しないからなあ。
「こほん、来て下さってありがとうございます、宗像神父。さてと帰りましょうか」
桜は態度を全体的にパリッとしたものに改めると、叔父に向かって微笑んでみせた。
「宗像神父……って他人行儀っ。さっきみたいに叔父様って呼んでくれていいんだぞ~?」
「いいえ。教会職員たちの目もありますし、外ではきちんと立場は弁えて下さいね? そこの彼らも人の耳を気にして聖女ではなくきちんと宗像呼びでしたよ?」
強制的にそう呼ばせたとは言わない。
「見習えってか? ……相変わらず手厳しいな。まあ半分は俺のせいってところもあるから立腹されるのは仕方がないが。だがまさか電話から位置割り出されて人を派遣するとかそこまでしてくるとは思わなかった。俺に信用がないのはわかるが、位置情報駄々漏れじゃないかよなあっ! 人送ったって連絡来てマジ焦った。俺のプライバシーどこ!?って思ったよ。ホントにすまん桜!」
「いいえ。事の発端は私自身です。見つかっても誰かを責められる立場にはありません。……私こそ、皆さんにご迷惑をお掛けしましたもの」
聖女が深々と頭を下げた事で黒づくめたちはすっかり恐縮してしまった。強そうな見た目に反し、
「いえいえっそんな滅相もない。宗像様がこうしてご無事なら望外の喜びですっ」
「先程の強引な拘束をお許し下さいっ」
首を左右に激しく振って肩身を小さくしている。
その台詞に神父が「強引な拘束?」と険呑さを表情に載せ一歩を踏み出したけれど、桜がやんわりと押しとどめた。
「宗像神父こそ、見つかっちゃいましたけれどいいのですか?」
「ああまあ。……これからはいつでも可愛い姪っ子の悩みを聞ける所に居ようかと、な」
「まあ……」
彼女は嬉しそうに口元を緩めると、もう一度だけ僕を見た。
「それでは本当にここで失礼致します。――忘れないで下さい、私の心はいつまでもあなたのものですからね?」
「はいい!?」
さっきから連続した殺し文句に僕の顔は赤くなりっぱなしだ。
長い髪を夜闇に靡かせ、桜が名残惜しそうに背を向けた。
黒づくめ達を引き連れる、夜桜のような凛とした幽玄さが漂う後ろ姿に僕は些か見惚れたよ。
「……おい少年、どこの誰かは知らないが本っ当に何もしてないんだよな?」
宗像神父が猜疑心の塊のような目で僕を見てくる。
「してませんて……むしろ、されましたし」
頬を押さえて気恥ずかしい思いに耐えながら、しばし無言で視線を突き合わせる僕と神父。僕が神だって会話までは聞いていなかったのは良かった。因みに、夢枕にでも立ってあの黒づくめたちには口止めしようと思う。
「……わかった、その言葉を信じよう。それと――あの子をありがとうな」
仄かに微笑む最後は叔父の顔。
彼は僕に頭を下げると桜の後を追って行く。僕はホッと胸を撫で下ろした。
大変な子に好意を持たれちゃったよなあ。
彼らが見えなくなるまで見送った後、寂しさを紛らわせるように夜空を見上げ気持ちをニュートラルにする。待機していた天使達へと振り返った。
「色々地上のことを整理したら一旦戻るから、先に天界に戻ってて?」
すると今まで我慢していたのか二人が僕の両腕を捕まえる。
「一旦とは何ですか一旦とは! きっとまた逃げる気でしょう!? ああでもしつこいようですが改めて本当に神様なのですね。無礼な態度もあったかもしれませんがどうか寛容な御心でご容赦ください」
「ガブリエルちゃんはホント律儀だよね。でもでも姿だって全然違うしまさかだったよ~。ううう見つかって良かったあああ!」
「わ、悪かったってば。うわっ汚っ、ミカエル鼻水付けないでよー!」
掴むというよりタコのように腕に巻き付いてくるミカエルを引っぺがす。
「あのね心配しすぎ。これまでも時々こうしてこっそり地上に生きて息抜きしてたの知らなかった? ま~あ~、今回はたまたま死にそうだった僕を見つけたせいで、だいぶ予定が狂ったけどね。必然、滞在が長くなった」
苦笑しつつ「でもまあ」と二人をにやりとして見つめる。
「デート成立おめでとう」
「「!」」
「本当に逃げないから安心して。早速二人でデート予定とか立ててみたら? もう一度言うけど逃げないから」
僕は微笑ましい気持ちでミカエルをじっと見つめる。
「う~んとお~……うんっ信じる!」
彼のこういう素直なところは好ましい。
けど……たまにチョロイ。
「……わかりました。そのお言葉を信用します」
僕の提案に目を輝かせるミカエルのために、渋い顔をしながらもガブリエルは受け入れたようだ。
それはそれで好ましい。
「楽しみだねガブリエルちゃん!」
「それは、まあ…………期待していますよ?」
僕はまだ完全には天界へ帰れない。
神代アヤトになった時点で長期滞在は覚悟していた。
とりあえずはこの人生一回をきっちり生きてから天界には戻る。
ミカエルとガブリエルは不承不承ではあったけれど、天界の皆にそう報告してくれるそうだ。そんな彼らはありふれたこの地上の景色をもうしばらくと、もう数日間だけ滞在したのち天に帰って行ったのだった。
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