第32話 ミカエルハッピー

 天使ズは神様を捜しているらしい。

 けれどそうだと思っていたサクラは外れ。

 だったら神様は一体どこに?





「ほえ……? ガブリエルちゃんそれって、それって……!?」


 頬を紅潮させるミカエル君は、ふらふらと大好きな彼女の元へと寄って行く。


「ええ」


 ガブリエルさんが深く頷いた。


「やったあああ! じゃあじゃあ僕と付き合って下さいガブリエルちゃん!!」


「――今は誰ともお付き合いするつもりはありません」


「ほわああああいッ!? この流れでその返事いいい!?」


 突っ込んだのは、僕だ。

 サクラは口に手を当て、凄惨な事件現場を目の当たりにしたかのような顔付きになっている。


 へたり込んだミカエル君は燃えかすや魂の抜け殻のように白くなっていた。


 これはさすがに僕でも手を付けられないレベル……。


 一瞬で別物体になった同僚へとしゃがみ込み、天使のはずのガブリエルさんは悪魔のようににっこりとした。


「それでも私の事を好きでいると言うのでしたら、考えてもいいですけれど?」


 ティラリラリーン!!

 見る間に、勇者ミカエルは復活した。


「うんずっと大好きだよ!」


 うわぁ…………生殺し。


 僕は何とも言えない沈痛な面持ちで俯くしかできなかった。

 サクラも。黒づくめ達も。


 思考回路がミカエル君だったからこんなハッピー展開っぽくなってるんだよねこれ。

 でもどうしよう。

 突っ込むのも野暮だし。


「でもそれには神様を見つけるのが先ですが」

「ぴゃッ!? そうだよおおおお! どうじよおおおお~!!」


 今度はうずくまって打ちひしがれる美少年天使。


「どこにいるんだよおお神様ああああーッ! 第一秘書の僕がいつでもどこでも付いて回ってたから嫌になったのかな、ねえガブリエルちゃんそうだったのかな僕のせいだったのかなあああ!?」

「……そ、そんな事はないかと思い、ま……せんね」

「どっちいいい!? びえええええんやっぱり僕のせいだよねうあああん~ッ!」


 ガブリエルさんがボソリと「ウザい…」って呟いたのを僕は聞いてしまった。

 ミカエル君が不憫過ぎて頬が引き攣る。

 誰かを不憫に思って頬が引き攣ったのは初めての経験だった……。

 慰めるべきなんだろうか、男同士僕が。

 いやでもなあ……面倒。

 そろそろガブリエルさんもブチ切れそうだ。

 僕が密かに葛藤していると、ババーンと横のサクラが颯爽と前に出た。ああこっちが本当の勇者だったのか。勇者サクラ。


「ミカエル君、泣かないで下さい」


 女神のような微笑みでサクラは彼の気落ちした肩に手を置く。


「ぐすぐすっ、サクラちゃん……?」

「私実はサクラであってサクラってだけじゃないんですよ?」

「ふえ?」


 キョトンとするミカエル君を余所にガブリエルさんが眼光を窄めた。


「ミカエル君と私は、いつもよく愚痴を聞いたり聞かせたりしている仲だったじゃないですか」

「へ? 愚痴?」


「この声、お忘れですか? ――ミカちゃん?」


「「ミカちゃんんん!?」」


 僕とガブリエルさんの困惑声がハモッた。

 二人はつまり愛称で呼ぶ程の親密さって事?

 ああちょっとジェラシー。


「僕を、ミカちゃん……?」


 ミカエル君がじっとサクラを見つめる。

 彼女は微笑むと僕に向き直った。


「神代君、携帯電話をお持ちでしょうか? であれば貸して頂いてもよろしいですか?」

「ああうんいいよ」


 快く貸し出したものの、僕は彼女が一体何をするのか皆目見当もつかない。

 それは僕以外も同じだった。

 戸惑うミカエル君の前でサクラは携帯電話を胸の前に持った。

 そしてそれへと祈るように静かに両目を閉じる。


 ――がらりと、周囲の空気が変わった。


 前に部屋で見かけたきらきら輝く無数の燐光が出現し(ハウスダストじゃなかった!)彼女を取り巻き、次から次へと流れるように生まれては消えて行く。


 その光はさながら聖なる光のようで――――……って聖なる光じゃけえええっ!


「この力、やはりあなたは……」


 ガブリエルさんが小さく呟く。


 携帯にその光の粒が集まっていき、壊れやしないだろうかと精密機器の心配をする僕を余所に、ついには光の直方体と化した。

 と同時に携帯の画面に発信先が表示される。


 ――ミカエル、と。


「えっまた?」


 まああの時は向こうから掛かって来たのだったけれど。


「ひょあっ!? ななななななな!?」


 と、ミカエル君が大きく目を見開き、どうしたのか急に辺りを見回して何かを探す素振りを見せた。

 そしてサクラと目が合う。


「ほあああっまさかそのオーラって!?」


 彼女は笑みを深くすると、携帯を耳に当て、


「ええ。少しだけ御無沙汰しております。ミカちゃん」


 通話の相手へ、そう語りかける。


 赤い虹彩を持つ天使の眼がこの上なく見開かれた。


「姿は見た事無かったけど、え? え? この頭に転送されて来る知ってる声、サクラちゃんが――聖女ちゃんだったのおおお!?」

「はい」


 聖女!?

 マジか。現代にもいるなんて知らなかった。


「ではミカエルがいつも愚痴っていたという地上の女性は聖女のあなただったのですね」


 ガブリエルさんが、どこかホッとしたようにしている。


「はい。よくお話をさせて頂いています」


 携帯を切ったサクラは、慈愛に満ちた微笑みをそのままに頷いて見せた。

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