第31話 予期せぬ発言 予期した発言

 整った容貌の彼らだからこその衝撃の変顔だった。



 やっぱり容姿の美醜にかかわらず、変顔をすると皆変なんだね!

 ……と、僕はどうでもいい知識を習得した。


「へ? 神様じゃない……? え、冗談だよね?」


 ミカエル君が歪な笑みで固まったままサクラに最後の希望を託すような目を向ける。


「何度問われても、違いますとしか……」

「向こうで情報を整理しましょうミカエル」

「う、うん」


 さすがに冷静なガブリエルさんがベンチを促した。

 いや、すぐそこのベンチまで行く途中でらしくなくズッコケてたからあながち冷静とも言い切れない。


 天使たちがベンチに座って数分。


 黒づくめたちはその場でひたすら祈りを捧げている。

 よくまああんな夫婦漫才やるような天使を疑問なく崇めてられるなあ。

 僕なら改宗しそうだよ。


「そうだサクラ。君は今日が三日の期限だと思ってたでしょ」

「ええ。後でご挨拶をしようと思っていたのですけれど、ふふっこんなことになってしまいましたね」


 彼女はこのドタバタをどこか楽しんでいるように微笑んだ。


「期限の話だけど、僕は明日だと思ってて、静さんから君が物を返しに来たって言われた時は焦ったよ」

「え? 明日……とは?」


 僕が簡単に説明すると彼女は理解して苦笑い。


「事前に確認していませんでしたものね。仕方がないと申しますか」

「ごめんね? 気を揉ませちゃったんじゃない?」

「いいえ、神代君が謝られる必要なんてありません。でも、良かった」

「え?」


「あと一日でも、あなたと長く一緒に過ごせるのですね」


「サクラ……」


 ああ誤解しそう……とは思いつつ、予期せぬ発言に単なる凡人の僕の胸は最高にドキッとした。





 一方ベンチ組は……。


「わけがわからないよお~。確かにここから神様の気配がしたのに。あの黒メガネ二人は聖職者の域を出ないし男の子からは全く何も感じないし、消去法から言ってもサクラちゃんしかいないのに」

「そうですね確かに」

「……もしかしてガブリエルちゃんとデートしたいって念じ過ぎて、僕の察知能力がおかしくなっちゃったのかなあ……?」


 であれば天使としての一大事だと涙ぐむミカエル。


「それはないと思いますが」

「でもさ、神様じゃないならそもそもサクラちゃんは何者?」

「……何となく、見当は付いていますが」

「え? そうなの!? 凄いねガブリエルちゃん!!」


 無邪気に称賛するミカエルはいつもの調子でガブリエルの手を取った。


「――ミカエル」


 ガブリエルはふと真顔で同僚を見つめた。

 そのいつになく真摯しんしな青色の瞳に、涙目のミカエルは電撃が走ったかのようにハッとなる。


「ガ、ガブリエルちゃん……っ」


 これはまさかのムーディー展開なのか、と。

 現に彼女はにこりと微笑んだ。


「ミカエル」

「ガ、ガブリエルちゃん……!」


「――鼻水」


「へあ?」

「鼻水」

「う」

「鼻水どうしましょうね?」


 気付けばガブリエルの黒いパンツスーツにべったりと鼻水がくっ付いている。

 鼻垂れ小僧ミカエルは蒼白になった。


「と言うわけで、さっさと彼女に事の次第を訊いてらっしゃい!!」


 尻を蹴られたミカエルは泣く泣く少年少女たちの元へと駆け寄るのだった。






「ミカエル君もうお話はよろしいのですか?」


 一人戻ってと言うか戻されたミカエル君へとサクラが優しく話し掛けた。

 彼は聖母でも見たように瞳をうるうるさせた。


「あうあうあうう、サクラひゃんは本当の本当の本当に神しゃまじゃないのお?」

「ええ、本当の本当の本当に違います」

「本当の本当の本当の本当の本当の本当の本当の本当に?」

「ええ、本当の本当の本当の本当の本当の本当の本当の本当の本当の本当の本当の本当の本当に」

「しょんなああ~~~~っ、これじゃあ振り出しだよお」


 ああどうしようミカエル君が絶望の余りスライムのように溶けて行く。


「ねえサクラ、そっちの二人みたいに驚いてないし、もしかして君、彼らが天使だって知ってたの?」

「ええ。知っていました」


 僕がこそっと耳打ちすると彼女はあっさり認めた。


「えッいつから?」

「昨日の昼間に公園でお見かけした時に」


 へえ、そんな事があったんだ。

 でも天使の知り合いってどういう知り合いなんだろう?

 普通は知り合えないと思うんだけど……?


「君の追っ手って天使?」

「いいえ? あそこの方々です。ミカエル君たちは私を別の方と勘違いしておられるだけですよ、神代君」


 意味深に微笑まれて僕は一瞬息を詰めてしまった。


 ……この子は何をどこまで感付いてるんだろうか。


「じゃあさ、今だから訊くけど、君は何者?」

「あらそれを言うなら……って、ふふっ私は誰でしょうか?」

「いやわからないから訊いてるんだよ」


 珍しくお茶目。

 こう言う彼女も悪くないなんて思っていると、


「うわあああん神様が見つからなかったらガブリエルちゃんとのデートがあああッ」


 ミカエル君が本格的に大泣きし始めた。

 この大音声、夜も遅いしさすがにご近所迷惑になるよね。


「え、ええとミカエル君、デートって?」

「こ、この地上派遣で神様を見つけたら、ガブリエルちゃんが僕と結婚してくれるって約そ」

「――していませんよ、そこまでは」


 ひんやりとした空気を背後に感じて、僕のうなじに鳥肌が立つ。

 直視していたミカエル君の方は「あわわわひえええ」とか何故か穀物的な動揺を口から垂れ流しながらガタガタと震え出した。恐怖で逆に涙も止まったらしい。

 僕はあわひえ入れてたまにはヘルシーに雑穀ごはんにするのもいいかもなんて関係ない事を考えた。

 

「勝手にねつ造して広めないでくれますか、バカエル?」

「ご、ごごごごごめんなさい」

「デートはして差し上げるとは約束しました。そうですね?」

「ひゃいッ」

「結婚なんてのは、楽しいお付き合いの先にあるイベントでしょう。なのにその至福の期間を素っ飛ばしてくんですかあなたは、え?」

「うう……」

「私を何だと思っているんです、えッ?」

「マ、マイハニー」


 僕は二人からそっと後ずさる。

 ああこの流れって……。

 ていうか二人ってまだ付き合ってすらなかったんだ。

 僕はてっきりもう出来上がってるもんだとばかり。

 でも正直、角砂糖を百個入れたコーヒーくらい甘ったる過ぎて直視に耐えない。


 ……常日頃から顔を合わせている二人だったからこそ。


「――ミカエル、まずは付き合って下さいが本当でしょう?」


 果たして僕の予想通り、ガブリエルさんが真面目な顔でそう言った。

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