第30話 彼女の恐ろしい秘密
一人の少女が願った時、一人の少年が公園に掛け込んで来て状況を見るなり激怒した。
「ああやっぱりマッチョ神父の他にもいたんだ。僕の見通しが甘かった。もっと警戒すべきだったのに」
悔いたように一度俯き、何かの決意に染まった顔を上げるや助走を付けて有無を言わさずの跳び蹴り……というか中国映画のような長距離をものともしない脅威の文字通りの「飛び」蹴りが黒服男の横っ面に炸裂した。
「ブぐあッ」
不意打ちにも似た衝撃に少女から手を離した黒づくめA。
彼はアクション映画の敵役よろしく見事に吹っ飛ばされた。
一見して普通の少年のどこにそんな超人的な身体能力が眠っていたのか。
唖然とする追っ手のもう片方、黒づくめB。
だが、少女は違っていた。
両手の指を組んで「嗚呼っまさに神ってます……っ」とか頬を染め目をこの上なく輝かせている。
悪漢から自分を助けてくれた英雄に惚れるのはテンプレだが、ハッキリ言って直前までの緊張感やら危機感がすっかりなかったかのようだ。彼女はアイドルのコンサートに来ていてテンションが最高潮なのだと言われても違和感のない高揚っぷりだった。
「私、こういうのにずっと憧れていました……!」
無事な黒づくめBが慄きと呆れが
「く、空気を読まない所はさすが宗像家。血は争えないものですね」
ともかく、少年によって連れ戻しは阻止された。
僕は脇目も振らずに公園へと向かい、そこで怒り任せの蹴りをお見舞いしてサクラを救った。
彼女を背に庇うと黒づくめたちを睨むようにする。
「いててて……もしや、その少年が一緒に暮らしているという者なんですか?」
顔を押さえて身を起こした男がやや怯んだように問い掛けてくる。
「ええ、そうです」
「何てことだまだ若いのに……!」
そう悲嘆だか驚嘆したのはもう一人の方だ。何事だろ。
「そ、そこの少年、本当に体に大事はないのか?」
「え? はいまあいつも通りですけど?」
「強がりは良くないぞ?」
「いえ、真面目に平気です」
「そうか、そうなのか、本当に?」
「嘘言ってどうするんですか」
まだ疑う男達だけれど、彼らはどう見ても僕を心配していた。
僕は相手がよくも邪魔立てしたな小僧とかブチ切れて殺伐とした、或いは切迫した状況になるかと思っていたからとんだ肩透かしを食らった気分。
「そ、そうか。ではこれより君に一つ重要な質問をする」
サングラス越しにでもわかる程、男達の鋭い気迫が伝わって来た。
「え、ええどうぞ……?」
僕は雰囲気に呑まれたようにごくりと咽を鳴らす。
一体何を訊いて来るって言うんだろう。
「……今ここに物凄く好みな表紙のエッチな本が落ちていたとして、君ならどうする?」
「――ソッコー
「そ、そんなっ信じられない! 即答だと!? 宗像様のお傍は心底本当に心地が良いだろう!?」
「へ? ええとまあ、そうですね。和みます」
「だろうっそうだろうっ! 当然だ。この方の纏う神聖な空気により我々の煩悩や雑念は常に浄化されるのだからな。それなのに即答だと!?」
「……僕の即答はともかく、いいじゃないですか雑念浄化能力」
へえ、サクラにはそんな癒し系の力があるんだ。
道理でリラックスできたはずだよ。
男たちはブルリと震えたようだった。
「とんでもない。聖気を抑える結界もアイテムもなく一週間もご一緒しようものなら、人間あらゆる煩悩が浄化されて出家してしまうんだよ。つまり、性欲もきれいさっぱりなくなる。子孫繁栄など考えなくなる」
「…………え?」
何それ何それ何それ何その恐ろしい地球生物の進化に塩ぶっかけて喧嘩売るみたいな能力。
僕は「じ、冗談だよね?」と衝撃の面持ちでサクラを見た。
彼女は少し申し訳なさそうな顔になった。あと話題的に少し恥ずかしそうにも。
な、何てこった、真実らしい……!
「ん、でも今のところ僕は何ともないんだけど……? 普通にサクラのこと可愛いなって思うし」
「かかか神代君!?」
「それが信じられないのだよ。まあともかく、考えてみてくれ。皆が清廉潔白で喜ばしいかと思うだろう、だが、子供を作らない」
「そうだ。そうなれば種の存続に関わる。我々が彼女を連れ戻そうとする一番の理由はそれだ」
「た、確かにそれはよくないとは思いますけど、用意なく長期間一緒にいたらでしょう? そうやって彼女の自由や選択の幅を狭めるのは賛同できません」
僕は改めて彼らに向かって睨みを利かせる。
「だから彼女の同意なく連れ戻そうとするなら僕はどこまでも邪魔します」
「うぐぐ……また飛び蹴りを食らうのは嫌だな」
「なあこれは応援を呼んだ方が良いんじゃないのか? 説得の得意な者を。彼はおそらく我々の正体も宗像様の正体も知らないはずだ。冷静に話せばわかってくれるだろう」
応援、それはまずい。
話し合いをしたいなら応じてもいいけれど、その間のサクラの処遇を思うと懸念しかない。やっぱり浄化パワーはある意味危険だとどこかに連れて行かれるんじゃないの?
「サクラ、一人で逃げれるよね?」
声を落として確認すると彼女は首を横に振った。
「あなたを盾にしてまで逃げる気はありません」
「サクラッ」
「いいえ、それにきっともう私は大丈夫だと思うのです」
大丈夫?
いやいやこの状況じゃ全っ然平気じゃないよ。
僕の言葉じゃ彼女の翻意は誘えないのだろうか。彼女の真意がわからない。
こうなったらもう僕が彼女を引っ張ってでも逃げるしかないと思い直していると、頭上彼方から大きな羽音が聞こえた。
「あらあら予想以上に大人数でしたね。でもこれで詰みでしょう」
「そうだね。少しの間だっただけでもう神気は消えちゃってるけど、気配の元に居たってことはやっぱりサクラちゃんだったんだあああ! これで僕の勝ち、ガブリエルちゃんとデート! デート!」
夜空に突如、二体の天使が降臨した。
追っ手の男たちは両方ともポカンと口を大きく開ける。
わからないでもない。
件の天使たちは僕の見知った二人だった。
「ああ、あなたもいらしたんですね」
「あー急いでたから
天使の翼を出している二人は僕を見て何だか気まずそうな顔をする。
「どうしましょうか。そっちの黒い二人も」
「うーん。裁量はサクラちゃん。つまり神様に任せようよ」
「そうですね」
白く輝く両翼をバサリとはためかせ、僕達の眼前に天界屈指の大天使たちが舞い降りる。ガブリエルさんなんかは爪先から音も立てずに綺麗に降りた。ミカエル君は踵からトン、だ。
ライトもないのに彼ら自身が薄ら光っているので、普通の存在じゃないのは一目瞭然。
黒づくめ二人は
「き、奇跡が今ここに……!」
「ああ……主よ、これは夢なのでしょうか……?」
「ええとしっかりして下さい。これは現実ですから」
僕はどうしたもんかと頭を悩ませながら二人を宥めに掛かる。
「如何しますか?」
ガブリエルさんがサクラの傍に歩み寄って訊ねた。
「口止めとか夢落ちとか、あっ昇天させてもいいし、記憶の
ニコニコしながらミカエル君が顔に似合わず物騒な事を口走る。
昇天ってまさか……?
二人に囲まれたサクラは、とても困惑して申し訳なさそうに頬に片手を当てた。
「ごめんなさい。――――私は神様ではありません」
きっと僕はその時の天使たちの顔を永久に忘れられない。
……ああ、笑い的な意味でね。
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